はる 1596
まぁ、又あとで書ければ。
はる 1595
久しぶりにどこにも出かけず一日家にいた。といって絵を描いていたのかといえば、サボっていました。後悔・・。こういうときに本を読みたくなるのはどうしてだろう。昼真っからアトリエでごろごろと本を読んでいた。まぁけっこう幸せな気分。いつもいつもやってられるか!って誰にいってるんだか?
ちょうど昨日、もう四冊目(噂のひと)になる、伊吹知佐子さんの新しい御本が送られてきた。彼女との付き合いももう長くなったけれど、最初はたまたま銀座の個展に審美社のNさんが来たところから始まった。もう10年もまえになる。
伊吹さんの処女出版(花の宴 )の挿絵と表紙絵を描いたのが始まりだ。それからこの十年のあいだに彼女は「扉の前 」「出逢いの風景」で今回の「噂のひと」と四冊もの本をものにした。全ての表紙絵に私の作品を使ってもらている。これも一つのご縁だでしょう。
確かに自費出版ではあるけれど、その間に旦那さんを亡くしたり、また自ら大病をして入退院を繰り返していたということを考えれば、まぁ並みの精神力ではないでしょう。書きたい、書き残しておきたいという切実な思いがそうさせるのだと思います。
生意気な感想を言わせてもらえば、四冊の御本の中では今回の作品が一番いいように思いました。というのも自らの老境と病のこと、そんなことが淡々と表現されており、無理なくそれでも暗くなく,「充分に生き切った」といった心境が切実な言葉として訴えてくるものがありました。
まぁ私自身がそこそこ年老いて、どういった締めくくりがいいのか、かっこいい老い様を摸索している段階だからかもしれません。
よく言われるのは、死期を悟った動物はじたばたせず、ろうそくの炎が静かに消えて行くように、この世からいなくなってゆくそうです。同じ生物でありながら人だけが何だかバタバタと見苦しく未練たらたらでかっこ悪い気がします。
まぁ、おいおいそういったことも考えなきゃという気になりました。
ネットでその一部(病む足)を読むことができます 。読んでみてください。で気に入りましたら購入してくださいなよろしく。
ではまた。
「噂のひと」
著者・伊吹知佐子
発行者・菁柿堂
03-3325-9064
はる 1594
いや、けっこうハードなスケジュールです。一日め一杯疲れましたね。
そうそう、明日から市内の三彩洞っていう画廊で「裸婦デッサン展」をやってます。11/3までですので美術館にでも用事がある方は寄ってみてください。あの月に一度の裸婦クロッキーのメンバーが集まっての展示です。
画廊・三彩洞
甲府市貢川1-1-12
055-226-8393
美術館では同じく11/3まで県展ですね。
以上事務報告ではでは。
はる 1592
生徒がiPoDをもっていた。色んなメディアでその形態はしっていたけれど、実物を触って音を聴いたのは初めてだった。凄いというのがその第一の感想だ。あんな小さな物の中に何百、やり方によれば何千もの音楽を入れることが可能だという。こういったものの進化ははるかに人の意識を超えている。何故かこれも危ういなぁという気持ちがした。
宇宙的な時間の流れの中では、この満天の空に輝く星たちでさえ進化しているという。我々が見ているのは遠い昔の星の瞬きらしい。
生物の進化はそれに比べればはるかにはやい。この地球の海に意味ある有機物が誕生して、宇宙的な時間からすれば瞬く間に自らをコーピーしながら増殖して行く、多細胞生物まで進化した。そこまでくれば人類の誕生までのカウントダウンははやかったに違いない。
今のこの進化は、爆発寸前の臨界点だ。あやういなぁ。
閑話休題
子供の頃、ゲルマニュームラジオの音をイヤーホーンからではなく、スピーカーから実際の音として出したかった。電気的に増幅することはアンプが必要なことは理解していたけれど、それを購入するだけの小遣いはもらっていなかった。
考えたのは拡声器の原理だった。あのよく知っている拡声器の形はどうなっているのか、考えたことはありますか?単に二等辺三角形ではありませんね。実はあの真中に突き出ている突起が最少の二等辺三角形の部分なのですよ。(言葉でいうのはなかなか苦労します)
まぁ結果的には上手くはいかなかったのだけれど、音を自分の思い通りにするのは大変なことなんだということを学習した。
ところで、iPoDはどうやって音が鳴っているのですか?
はる 1591
昨日の続きみたいな話だけれど、昔伝説的な「ガロ」という漫画があった。まぁ私自身はそんなにのめり込んだ方ではないけれど、どこか頭の後ろのあたりで気にはなっていた雑誌だった。
どちらかと言えば詩のような作品が多くて、好きな人にはたまらない魅力があったんだと想う。絵はどちらかと言えば「へたうま」の線で、メジャーな漫画からみれば「なんじゃー」という感じかな。
誰の作品だったかおぼえていないけれど、こんな漫画があった。
未来の話で、高度に機械化された社会は、そろそろ人間そのものを機械の中に取り込むことを考えていた。「不老不死」というのは、人類の永遠の願望だけれど、生身の人間では生物学的にむりがある。
人が体験ということを、論理的にかんがえれば、ある意味電気的な刺激の蓄積であって、コンピュータの最もとくいとする分野だ。経験という最も大切な学習を単にコンピュータのソフトに置き換えて、例えば「さかあがり」とか「うんてい」などという学習が売り出されるようになったらどうだろう。
その漫画が出版された頃には、コンピュータなどなく、単に機械という事になっていたけれど、現代の電脳空間、バーチャルな体験ソフトというのはそれに近い感じがする。
村松さんの昨日のブログに書かれていたことは、パソコンをやりすぎると脳の内容がパソコンに吸い取られるというようなことがかかれていた。確かに案外このキーボードだけの世界と言うのは危ないかもしれない。
はる 1587
毎年個展を開催するようになって、もう何年になるだろうか。よく続きますねとはたまに言われるけれど、まぁ仕事ですからと逃げてはいるけれど、いいかげんにしろよ、と言う意味を含んでいるのだろうか。
個展は小品を描く事から始まる。まぁ小さい作品を描かないですむ大家は別にして、ほとんどの場合大きな作品は自分のところに残っている。なさけないことにね。
絵のテーマとして、何が多いか?と聞かれるけれど、まぁわりと色々描いている方じゃないかな。観るほうの立場になって展覧会を眺めた場合、同じような作品が壁一面に並んでいるような個展は、あまり楽しくないね。出来たら自分なりの風景や人物、静物が描けたらいい。なかなか難しいけれどね。
例えば、花や風景の三岸節子は観たことがあるけれど、初期の人物は別にして油ののっている頃の人物画はほとんどない。彼女があの例のタッチで人物を描いたらどうだったのだろう?観てみたいという気になる。
少し傾向が違うけれど、山口薫や、脇田和のようにオールマイティーにいい作品を残している作家もいるな。
そういう大御所と比べるのはおこがましいけれど、気持ちだけは大家でいたいな。
ではまた明日。
はる 番外
今年の神戸の個展のときに、中学一年の担任の先生がみえた話を書いた。今日その先生が亡くなったという知らせを受けた。ご冥福をお祈りします。
その時の日記を転載しておきます。
2005 7/26
はる 1500
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あとは、昨日どこかの親父さんから、電話がかかってきて、「えなみさんというのは、歌敷山中学のあのえなみさんですか?」と聞かれた。まぁ詳しいことはここでは省略しますけれど、実は私の中学1年のときの担任の先生だった。
中学に入って最初の担任が美術の先生だったというのも、今から考えると何か遠い縁があったのかなぁと思う。図画工作ではなく、はっきり美術を意識したのはここらあたりからかもしれないな。
それにしても、そうさしたる特徴のあった生徒でもなかったわたしのことを、40年まえの一生徒のことをよく覚えていてくれたものだ。そして、新聞の小さな記事を見つけ電話をかけてきてくれた。そのことに感謝する。そして今日お会いしました。その感想はいずれまた書きましょう。とにかく有難うございました。
甲府の個展のDMが出来ました。メールにて「DM希望」と要請されたし。
はる 1582
昨日は相模原の文化会館で文楽の公演があるというので出かけた。一日雨という予報のため荷物になったが傘をもって出かけた。ところが電車に乗ったとたん日が差してきて、青い空がちらちらと見えた。買ったばかりの傘を忘れないようにしなければ。
文楽などほとんど興味もなかったのだが、この間たまたま野田秀樹の演出したコクーン歌舞伎を見たときに、舞台のそででうなっている義太夫たちの存在の面白さに気がついた。
我々は遠い国のオペラや演劇、バレエには言葉さえ良く理解しないのに大変興味を持つ。そのことに興味を持つことが文化的に優れているかのように勘違いしているところがあるな。
そのことは例えば絵を描くといえば油絵を意味するようなもので、何となく水彩より油絵の方が高級なイメージが有りはしないかな。
まぁそれはいいや。教えてもらっていないのだから、興味をもてというのも無理というものだ。どうにかこうにか今ごろになって私もそういった日本古来の文化を知りたいなぁ、カッコいいなぁと思ってきたのだから、無理ないよな。
文楽とか猿楽 を調べてゆくと、私の生まれた淡路にも古い文楽(淡路人形)があったことを思い出した。たまたまネットで検索して行くと榎並猿楽 というのがあって驚いた。また義太夫の作者に榎並何某という人物もいたりして、何となく親近感を感じたということもある。(私はところは分家で榎並家の本流ではない)
もう一つはこの浄瑠璃語りの太夫という職業が面白い。泣く、笑う、喜ぶなど一人の人が演じ、物語の進行と同時に語り分けるわけで、この義太夫さんの表情を見ているだけでも充分楽しい。
西欧音楽ではありえないような唸りやかすれや独特のコブシのようなものもあり、一人前の恰幅のいい紳士が突然泣いたり笑ったり叫んだりする。そういった百面相も面白いけれど、その声の野太いこと、雄大なこと、なかなか感動的だ。
といったことを感じながら五時近くまで八王子にいた。その後友達の個展が大月であるというので、知り合いで集まる。
そのことはまた今度。帰りは大雨でした。傘を持ってでかけてよかった。んじゃ。
はる 1573
何だかブログに日記を書き出したら、調子が悪いそうだ。こういったものは借り物で、いずれにしろ何処がいけないのか、あなた任せなところがあって、こころもとないなぁ。電脳空間はあるようでないのを、今更のように実感する。
さて、昨日のめまいだが、一夜ぐっすりと眠ったら今日はなんともないようだ。まぁよかったな。
秋の展覧会シーズンにはいったのか、色んなところで展覧会が始まった。ばたばたと梯子をする。ところがとん馬なことに会期を間違えて画廊に入ったはいいけれど、出るに出られずゆっくり鑑賞している振りをしてすたこらと帰ってきた。
ということでまた明日。
はる 1570
言葉として「オリジナルなものは自分の内にある」と気付いたのは随分と昔のことだ。
けれど、それは単に言葉だけの話で、ほとんど深いところは理解していなかった。
今日か昨日の新聞の記事に村上春樹のインタビューが載っていたけれど、彼の話に「自分にあった穴を掘る」という比喩が何回も出てくる。
その例え話は、いつもそこそこ理解していたつもりだったけれど、この歳になっても尚新鮮な驚きがある。なかなか奥が深いおもむきのある言葉だ。
いろいろ書いたけれど、まとまらないので削除した。また明日だな。ではでは。
え~約一ヶ月ぶりの日記です。面白くもないイタリア滞在記読んでいただいた方ありがとうございました。続きはまだ書いてないのですよ。というのかもう10年も前の話で、今更かけなくなってしまいました。こういったものは臨場感のあるときに一気に書くべきですね。
さて、日記の復活です。これより以前の日記はバンクナンバーからどうぞ。
はる 1568
文章を書いていてすらすらと出てくる場合と、たった一行ですらなかなか出てこない場合がある。何と言うのか「いい文章」を書こうとか、何かしらこんたんが見え隠れ下場合、すらすらとは運ばない。
反対にこうやって何も考えずに、ぐだらぐだら書いているときは結構滑らかに筆が進む。まぁ読んでもらうには耐えられない軽さかもしれないけれどね。んなこたー知らない。
文章を書くことは苦手だった。読書感想文なんて宿題の中じゃ一番苦手だったな。ろくすっぽ本も読まないで、あらすじやあとがきを読んで適当にお茶を濁していた。嫌いだったな。
ただ三題話じゃないけれど、何かしらお題をいただいてお話を作るというのは好きだったね。皆が書けない何ていっているのが不思議だった。何でも書きゃいいのになんて思っていた。
この日記?なんかもよくネタが続きますねぇなどと感心されますが、まぁたいしたこと書いてないからということもあるけれど、ネタなんていくらでも有ると思うな。反対にネタなんか探して書いてない。疲れるからねえ。疲れることは続かない。適当でいいと思うな。
まぁ今日は適当話ですみません。明日はもう少し真面目に書きましょう。ではでは。
Author:あそびべのはる
画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館