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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

「タイガー&ドラゴン」 - 2005.06.02(日記)
はる 1445
 テレビの番組で「タイガー&ドラゴン」が面白いとかみさんが騒いでいる。私はさわりに部分だけチラリと見ただけだから何とも言えないのだけれどね。

 新聞などで聞いたところによると元ネタは古典落語から来ているそうだ。「まんじゅう怖い」とか「明け烏」他にも有名な話が下敷きになっているらしい。

 落語のネタはそれこそ音楽で言えばクラッシクで、だれそれの「三年目」が聴きたいだとか、「猫の皿」を演じてくれだとか、演者によって見所が変わってくる。どれだけその演目を自分の物にしたかが問われる、そうとう高等なお笑い芸だと思う。その場のギャグや駄洒落でごまかすテレビ芸とはちと違うでしょうな。

 寄席や歌舞伎は元来庶民のものだったはずだ。人情話や落とし噺にしてもそのほとんどが庶民の生活を舞台にしている。そこがいわゆる支配者階級の間で教養としてはやった能とか舞などと違うように思う。

 そういった落語や寄席の歴史を詳しく調べたわけでもないあやふやな知識で書いているので、間違っていたらお許しを願います。

 例えばこの間、何かの時にしゃべったのだけれど、イタリアのルネサンスのころに「モナリザ」のダビンチにしろ「ダビデ」のミケランジェロにしろ美の巨人がキラボシのごとく出てきたけれど、彼らは天才だったから当然でてきたと言うのではない。

 というのはいくら天才であったとしても時代がまだそこまで成熟していなければ認められることもなかった。ここが大事なところだが、その時代の大衆がその天才を認めるだけの文化的な教養の成熟があったということだろう。けっして彼らだけが突出して天才だったわけではない。

 少し話が大げさになりつつあるのだけれど、江戸時代大衆の文化的な成熟度合いというのはある意味15世紀のイタリアルネサンスのころのフィレンツェの爛熟と似ているのではないかなと思う。でなければ浮世絵とか、この話の最初の落語とか歌舞伎、浄瑠璃など、他に類を見ない文化を説明することができない。


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とりあえずは落ち着きました。 - 2005.06.01(日記)

はる 1444

 六月です。  体力が落ちると、色んなところに不具合が起きるものだ。今日の仕事はどうしても休むわけにはゆかず、その帰りに病院に行き、とりあえずは落ち着きました。


 とりあえず報告まで。又明日。



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