あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

明日は零下になるそうだ。 - 2005.03.29(日記)
はる 1380
 今日は寒いな。明日は零下になるそうだ。

 朝の散歩の途中、桜のつぼみを見ればもう明日にでも咲きそうだったのに、この寒さでまた二三日のびるだろうな。

 今日は来客でした。ではまた明日。



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ビッグ フィッシュ - 2005.03.28(日記)
はる 1379
 今日は一日雨だった。夕方まで何処にもでかけなっかたけれど、借りていたビデオが今日までだったので、仕方なくレンタルやさんまで出掛ける。

 昨日観た「ビッグ フィッシュ」はなかなか面白かった。ビッグ フィッシュという意味もしらなかったのだけれど、ほら日本でもよく逃がした魚の話は尾ひれがついて大きくなるじゃない?まぁそれから来たのかよくは知らないけれど、「ほらふき」「大風呂敷」みたいな意味があるらしいな。

 はじめの頃はそういったバカバカしいほら話に嫌気がさしていたのだけれど、嘘もまじめにつきとおせばロマンティックに変化する。こいつはなかなかお薦めの映画だ。☆☆☆☆

 ホンじゃまた。



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胃けいれん - 2005.03.27(日記)
はる 1378
 四十過ぎまで私は大した病気も無く、まぁ言えば自由に気ままに暮らしてきた。お酒は飲めなかったけれど、珈琲、タバコは飲みたいだけ。生活のパターンは日中はうつらうつらして、夜零時過ぎたころから仕事をはじめ、乗ってくれば明け方までと言うのは日常のことだった。まぁ今でも夜のほうが集中できる気がするけれどね。

 唯一と言うのか持病というのか、親兄弟親戚をみても母方は消化器系が弱い。だから大体が痩せている。ご多分に漏れず私も胃腸が弱かった。

 これには随分と歴史がある。振り返ってみると、小学校の高学年のころから胃痛持ちだった。だから胃が痛むのは当たり前で大して気にもしていなかった。胃が痛むと市販のキャベジンとか牛乳を飲んで何となくごまかしてそこそこ暮らせてはいた。

 学校を卒業して一年経ったころ、強烈な胃の痛みに耐えかねて夜中に病院に駆け込んだことがある。これはやったことが無い人には説明するのが難しいのだけれど、胃を取り出して雑巾を絞るようにねじ切るような痛さなんだ。胃がコブラががえりをおこしたようなといった表現でわかるだろうか。息も絶えだえ、耐えてると脂汗が出てくる。これがまぁ俗に言う「胃痙攣」だそうだ。

 そんなことがあったけれど、それ以外には大きな病気などなく多分このままゆくのだろうと安穏に考えていた。

 今私にはその痛む胃が無い。40年近くその存在を主張していた胃がなくなって、ある意味本当に楽になったことは確かだな。

 こんな話面白いかな?ではでは。 



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今日は何もしなかった. - 2005.03.26(日記)
はる 1377
 一日強い風が吹いていた。今日は何もしなかったなぁ・・反省。まぁこんな日があってもいいか。ではまた。



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でこれからまさに桃源郷となる. - 2005.03.25(日記)
はる 1376
 家の小さな庭のぶんご梅が満開だ。まだ寒い時期に花をつける梅もいいけれど、こうやって春を告げる梅もなかなかいいもんだ。特にこいつは大きな実をつける。今年は梅干に初挑戦するかな。

 ここは果樹王国でこれからまさに桃源郷となる。新宿から中央線で勝沼を抜けると、視界がフワッとひろがる。長年住んでいる私たちでも結構感動する。是非一度来てみてくださいな。

 今日はこれから来客です。ではでは。



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CTを撮る - 2005.03.24(日記)
はる 1375
 二三日前の定期検診でガリュウムシンチ(濃度の薄い放射性元素のガリュウムを注射して二三日後にフィルムに焼き付ける、具合の悪いところにガリュウムが集積して黒く見える)に少し疑わしいところがあるので、ねんのためCTを撮るということで、朝9:30からかみさんと出掛ける。

いつものように外来の待合室はごった返している。私の様な年齢はまだ若い方の部類に入るようだ。延々と待たされて11:30頃にやっと私の番になる。この間一応電話で検査結果は聞いているので、すぐにCTになるのかと思ったけれど、連絡ミスで予約が取れていないとのこと。がっくりとくる。12:00

 Dr.Nとはもう五年の長い付き合いなので、そこはなんとか午後に予約を入れてもらう。今からまた3日も待たされては気が狂う。

 朝飯も昼飯も抜いたので点滴を一本するという。血管に造影剤を入れるので血液が濃くなった状態ではショックが起きるかもしれないと脅かされて、しぶしぶ点滴を200ccうつ。何時の間にか眠ってしまった。私はどこでも眠れる繊細な神経をしているようだ。2:00

 点滴が終わって、用意されていた検査用紙を持ってレントゲン室へ行く。撮影用の備え付けの検査服に着替える。半年に一回CTとガリュウシンチを撮っているので、単純にもう20回以上は多量の放射線をあびている。私の体はもうボロボロでしょう。

 大きなドーナツのような機械の穴の部分に寝かされる。そしていよいよ造影剤が私のからだの中に入って行く。レントゲン屋さんはマニアル通りの説明をするけれど、本当にこいつらはやったことがあるのだろうか、プロならせめてもう少しもっともらしい嘘はつけないのだろうか。演技不足。

 お酒が直接体の中に入った感じかな、ジヮーとへんに体が熱くなる。一瞬だけれど「このまま死ぬかも・・」と思う。

 機械が妙に冷たい言葉をかけてくる「イキヲスッテ、トメテクダサイ」「ラクニシテクダサイ」あんたに言われたくないと一人突っ込みを入れる。何かの手違いかいつもより多く撮影されたようなきがして、少々不安になる。「何かあったのかなぁ・・」これが終わったのが3:00過ぎ。

 元の外来の待合に帰って、それからまた先生の診断を延々と待つ。待つ。待つ。・・・。3:30

 やっと名前を呼ばれて診察室へ、「異常なし」4:00

 やったー。これでやっと五年クリアーだ。私の病名は悪性リンパ腫です。

(これまで病気の事は一切書きませんでしたが、五年クリアーしたことで一応一段落。これからは少しずつ書いてゆこうかなとおもっています。これも私の大切な一部ということで勘弁してくださいな)
 



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 こんばんは。 - 2005.03.23(日記)
 こんばんは。色んなブログがありますね。最近は物凄いブログブームで、ここもあっという間に10万を越えたと思ったらもうすでに15万です。

 ちょっと重いですね。

 はる 1374
 私の持っている腕時計は、もう兄貴も忘れているかもしれないが、出来の悪い弟が就職した祝いにともらったものだ。その就職先も情けないことに一年ほどで止めてしまうことになるのだが、まぁその時は、そんな結果になるとは思っていなかった。

 しかし実際の話この時計は一年程で故障してしまった。自動巻きが全盛の頃で、クオーツはまだもの珍しかった。修理に出すと安い腕時計なら2,3個買えるくらいの代金を請求された。

 修理して真面目に動いていたのは半年くらいで、また止まってしまった。前のことがあったのでなかなか修理に出すことも無く、長い間机の中の肥やしになっていた。

 そういったこともあるけれど、まぁ何となくデザインもオジサンくさいということもあったのかな。

 しかし、ここにきてそろそろそういった時計をしても恥ずかしくないというのか、自分の歳が時計にあってきたということなのか、修理して使う事にした。

 古い時計というのは、付き合いが難しい。修理そのものも時間がかかる。技術屋さんも少なくなったということがあるだろうな。

 まず、一週間ほど預けてると見積もりを立ててくれる。でその予算でも修理するということになってやっと取り掛かってくれるというわけだ。

 電池ももうすでに製造していない。というのは当時使っていたボタン式の電池は水銀電池といって今の環境基準では不適合だそうだ。代替電池を注文して何とか動くようにしてもらった。

 正確な時間を刻むというだけなら、デジタルなもっと安価な時計で充分だ。けれどこういった骨董的なモノは色々な自分の人生とリンクしている。手間はかかるけれど何かと代える訳にはいかないのだな。


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きみにつたえたい - 2005.03.22(日記)

1998 きみにつたえたい 162x162cm
 はる 1373
 前にも少し書いたけれど、電話の情報合戦が凄いなぁ。皆さんのところにはそういった類のDMはきているのでしょうか?

 競争は市場の原理で歓迎すべきことだとは思います。事実電電公社が独占していたころより料金が下がっているからね、それに色々なサービスもついているし、消費者としては大歓迎だ。

 そころがそのDMを読んでもいまひとつ理解できないことが多い。いろいろ書いてあるけれど、だからどちらがどう安いのか、便利なのか、得なのか、そこのところがニブイ頭じゃ分かりません。

 これって結局体質的に親方日の丸的なものがあるのじゃないかなどと勘ぐってしまいますね。結局本人たちはそれほど困っていないのだね、どちらでもいいという気分が感じられる。外国のスーパー電電みたいなものが出てくれば根こそぎアウトじゃないの?

 たまにテレビを観るとコマーシャルが面白い。企業が一番力を入れているのはこの部門だからね、贅を尽くすというのか、スタッフに今一番力のある人を採用しているのだな。

 保険会社のCMを見ても、外国の会社は言うことが明確で分かりやすい。これとこれを見ている人に知ってもらう、伝えたいということが明確なコンセプトをもってつくられている。

 我々のやっている芸事と違うことも多いけれど共通していることも多い気がする。まして今はインターネットのおかげで誰でもが自己表現できる世の中になってきたからね、難しいな。





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老いたピエロ - 2005.03.21(日記)
はる 1372
 今日はお彼岸。というわけで午後からお墓参りを兼ねて出掛ける。このことに、そんなに律儀な方ではないが、まぁ年に何回かは線香をあげているだろう。私がと言うよりかみさんが気がすむようにということだろうか。

 その後、気になっていた展覧会を二つ観た。ついでと言うと叱られるけれど、そう言ってもわざわざ出掛けるのはなかなか面倒なのでね。DMが来た全ての展覧会に行ける訳ではないので、そこのところ勘弁してくださいな。

 一つは前の地元の美術協会の会長だったY先生の個展。二三年前に脳血栓で倒れて、奇跡的に一命を取り留めた。普通ならかなりの障害が残っても仕方が無いのにもかかわらず、何とほとんど分からないぐらいまで回復されていた。絵を描くということが、まぁリハビリになったのかもしれないが、人間の生きる力というのはなかなか凄いなと感心する。それも今日聞いた話では四度目だというから、超人的生命力と言わざるを得ない。

 全てからときはなされた「老いたピエロ」の自画像がよかった。もう失うものはなにもない、という潔い達観だろうか。人は何か失えばそれ以上の何かを得る。差し引きゼロなんだなとまたあらためて思った。



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今日は朝から大活躍だ。 - 2005.03.20(日記)
はる 1371
 さて、今日は朝から大活躍だ。7:00から河川清掃にかりだされ、その後月に一度のクロッキー会にでかける。というわけで日曜日なのに普段の日より忙しい一日だった。

 という訳で、今日はここまでです。ではでは。




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東京に出た。 - 2005.03.19(日記)
はる 1370
 東京に出た。これといった用事もなかったのだけれど、少し息抜き、情報を仕入れるため、まぁなんでもいいや。

 この間グループ展をやった日本橋のギャラリー汲美に預けてあった絵を取りにでかける。ちょうど前から観たかった横田海さんが個展を開催中、本人も在廊されていました。汲美独特の色感の作家さんで、ファンも多いようだ。24日までですので、近くを通りかかった方は是非どうぞ。(地図は展覧会情報をご覧下さい)その後銀座に回って二三のギャラリーをみてまわった。

 ということで、つかれました、また明日。




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夜はかなり冷えてきた。 - 2005.03.18(日記)
            2004 F0 バジル
はる 1369
 今日は一日風が強かった。夜はかなり冷えてきた。

 「方外」の方とは世間のことで、「医者と坊主と絵描きは方外」というのは、まぁ一般的に読めば、世間一般の常識=階級、身分の外にあるということらしいけれど、司馬遼太郎の「胡蝶の夢」を読むと、そんなに簡単ではなかったようだ。

 当時坊主になるというのは、一種の方便で世俗のしきたりから抜ける、自由になることを本来は意味していたようだけれど、意外にまだまだナマナマしい欲望を持ったおっさんが、政治的な戦略で坊主になったようだ。隠居とはきこえはいいけれど、裏にまわって権力だけ自分のものにする、世にいう院政だな、カイライ政権を敷く事も多かったようだ。

 で医者も一応名目は、病人が居れば治療するという風に今の我々の常識では考えるけれど、こういった考えは西欧の人権意識の考え方で、江戸時代にはなかったようだ。当時の医者には例えば将軍を診る医者、大名を診る医者・・と言う風に決まっていたようだな。

 まぁそれでも医者と言うのは患者がいれば診るという理想もあって、医者は方外といったのかもしれない。

 最後の絵描きがなぜ方外かと考えると、多分こういうことだろう。

 例えばよくいわれる、旅の演劇集団とか職人、祭りの香具師とかてきや、またぎ、旅の芸人、宗教家、などなど定住しないで各地を旅することで生計を立てていた、いわゆる流れ者は身分制度の外で暮らしていた。

 江戸時代になって無理やり士農工商てきな身分制度の中に組み込もうとしたけれど、その実態さえ把握できなかったということだろう。

 ・・・・・・・

 だから何だというのだ。もう眠いまた明日。
 



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医者と坊主と絵描きは方外というらしい。 - 2005.03.17(日記)
はる 1368
 午前中は健康診断に出掛ける。

 非常勤の仕事は毎年更新なので、半強制的に健康診断書、履歴書、免許の写しなる三点セットを提出させられる。健康診断書は仕方ないとしても、後の二つは毎年同じものを出すわけだから、免除して欲しいものだ。そこらあたりが何とも融通が利かないお役所仕事だと思う。

 健康診断といってもほぼ定型の問診がある程度で、レントゲンを撮って他、色盲検査とか身長、体重など毎年やってもあまり意味ないものが多いな。何じゃろか?で五千円はちと高いなぁ。

 医者の話と言えば、今司馬遼太郎の「胡蝶の夢」を読んでいるのだけれど、これは幕末の蘭医学者の話で、この間の「竜馬が行く」とダブルところも多い。

 司馬遼といえば歴史小説の第一人者というきこえがたかいけれど、小説として「竜馬」ほど面白くないな。「竜馬」は人物そのものに魅力があったので、面白かったのかもしれない。「胡蝶」に関しては、ただ歴史的な事実をそれなりのエピソードを交えて追っているだけで、物語としての面白みに欠ける。なんて偉そうなことを書くとしかられるかな・・。エッセイ「街道を行く」とか「この国のかたち」は名著だけれどね。

 で話の中で、医者と坊主と絵描きは方外というのがでてくる。どういうことかと言えば、江戸時代というのはしっかりした身分制度の上に成り立っている社会で、例えば同じ身分、職業だとしても、けっして同じということはなく、その中でも年齢による上下とか、習熟度による区別とか、差別があったらしい。

 江戸幕府という封建制度そのものも、そういったがんじがらめの身分制度を世襲するということで、成り立っていた社会で、能力そのものはどうでもよく、どの階層に生まれたかによって生き方が決まってしまう、よく言えば至極安定した、悪く言えば停滞した社会だったらしい。

 話は飛ぶけれど、最近のライブドアの話なんかを見聞きしていると、そういった安穏とした、安定を貪り食っている世襲制度の大会社に挑む一匹狼のホリエモンが、幕末の坂本竜馬に見えてくるね。好悪をいえば好きじゃないけれど、今のていたらくのオヤジ頭には刺激になっていいかもしれないね。

 方外の話はまた明日だな。では



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少々くたびれた。 - 2005.03.16(日記)
はる 1367
 今年度分の仕事が終了した。こういった仕事(学校の時間講師)をしていると、一年が確実に年単位で過ぎて行く。それでまた新しい学生がはいってきて、同じ事を繰り返して行く。まぁどこまで付き合っていけるやら、少々くたびれた。

 ということでまた明日。

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ホリエモンさんに感じるのはこのクールさなんだな - 2005.03.15(日記)
    1989 私風景
はる 1366
 最近はテレビもラジオもほとんど聞かなくなった。新聞さえ読んだり読まなかったりだ。

 そういってももれてくるニュースというのがある。例えばホリエモンさんの話。朝起きる時にタイマーでラジオがかかる。そのときにニュースが聞けるわけだけれど、このところ連日彼の話がトップニュースだ。

 彼がやったことやろうとしていることの意味も意義も何も分からないけれど、好きにはなれないなぁ。

 たとえは悪いけれど、バブルの頃にマネーゲームで大もうけした人が居る。当時地道に額に汗水たらして働くのが馬鹿に見えた。多くの人がパソコンを買って投資にはしった。

 当時ニューヨークの一等地を日本人が買ったとか、老後を海外で暮らす人のためにツアーが組まれたとか、そんな景気のいい話であふれていた。

 ところがあっという間にバブルが崩壊して日本の成金趣味、世間知らずが暴露された。

 市場主義経済というのは最もしたたかだ。強い者が勝つ、弱い者、隙を見せた者、知識が無かったり、遅れをとったりしたものは、その本人の責任なのだ。当然だけれど、高い利益には高いリスク背負う。そのことに日本人は不慣れだった。というのかあまりにも世間知らずだった。

 アメリカという国はそういった市場経済で世界と戦ってきた。言葉は悪いけれどばくち経済の博徒なのだ。

 長々かいてきたけれど、ホリエモンさんに感じるのはこのクールさなんだな。お金には綺麗もきたなくもない。儲ければいいということだろうか。商売とはそういったものかもしれないけれどね。

 よくわかりません。
 



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そう我々は同じ時を生きている。 - 2005.03.14(日記)
はる 1365
 サイト内を少し変えた。変えたと大手を振って言えるような変化じゃないけれど、前から気になっていたaboutの文章を変えた。

 これが正しい、もう変えないということは無くてどんどん変わって行くものだとは思う。それがまぁこういったHPの面白さだろう。

 表現者の陥りやすい欠陥は、自己満足に一方的に情報を流して済ましてしまうところだ。どうも勘違いしていることが多い。というのはあまり大っぴらに表現されてはいないけれど、言外に「みせてあげているんだ、読ませてあげているんだ」といった傲慢さが見え隠れしているんだな。深く反省・・。

 考えてみるとよくわかるのだけれど、こういったページは一義的には作者側のためにある。作者は自分の考えたこと思ったことをどんどん書けばいい。最初はそれで満足する。そこのところは日記なんかとよく似ている。ところが日記と大きく違うところは、読者がいるということなんだな。

 長くやっていると書くのは自分のためということもあるけれど、読者、閲覧者がいるから書けるんだということが分かる。

 このHPのコンセプトだったのは、「同時代」ということだったんだけれど、今回はもっと身近に「同じ時を同じ目線で」ということにした。そう我々は同じ時を生きているのだからね。
 



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下山亮平セカンドアルバム・発売受付中 - 2005.03.13(日記)
 下山亮平セカンドアルバム・発売受付中↓
はる 1364
 また少し寒さが戻った。こうやって次第に春になってゆくのでしょう。

 午後から前から気になっていた個展が今日までなので、「白根桃源郷美術館」・飯野信二展に出掛けた。

 300号近くの抽象の大作が何点か、後は100号が30点ぐらいあったろうか。これだけの大きさになるとまさに体力勝負。今が一番油が乗っているかなと思った。

 油彩の大作は結構見る機会は多いのだけれど、テーブルの上に水彩のドローイングが何冊も置かれてあって、日常の仕事が垣間見られて興味深かった。


 昨日は下山君のライブだった。

 昨年の個展以来久しぶりに彼の生ギターを聴いた。若干22歳ながら、どうやってこれだけ美しい歌が出てくるのだろう。泣けてくるぞ、やっぱり「神が降りてきた」ようだったな。

 これから人生経験をつんで人間的に豊かになってくれば、もっと素晴らしい、末恐ろしいものになるだろう。期待したい。

 今回はセカンドアルバム発売記念ツアーの初日というわけで、若干緊張していたけれど、まぁあの年で堂々としたもんだね。

 自分がやりたいことを見つけて努力している者をみると、何とか応援したくなるね。まぁこれが同じ絵の道というなら心境複雑だけれど、なんとか頑張って欲しいね。

 下の方に紹介しておいたので、是非アルバムを予約してやってください。ではでは

http://r-shimoyama.guitarfreak.net/

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下山亮平さんのライブを聴いた。 - 2005.03.12(日記)
はる 1363
 下山亮平さんのライブとその打ち上げに付き合って今帰ってきたところ。

 ということで、その感想は後日書きましょう。



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以心伝心? - 2005.03.11(日記)
はる 1362
 昨日は地元のネット業者さんの取材を受ける。前にも書いたけれど、一年程前にNTTのダイアルアップ接続から今のケーブルネットの常備接続になった。

 ネットの環境というのも進化するもので、最初は皆さんも良くご存知のテレホーダイの契約だった。夜の11時が来るのを待ってピロピロピンと繋げていた。けれど普通は12時頃には寝てしまうのであまり役に立たなかったな。

 その次は何とか3000とかで、3000円分の通話料金でプロバイダー限定一箇所だけれど、倍近くつなげることが出来るというものだった。けれど、最初は良かったけれどだんだん超過することが多くなった。

 ということで手続きが面倒だけれど、今の環境になった。NTTのADSLやフレッツ、光ファイバーなど他のシステムのことを良く知らないので、比べようがないのだけれど、我々の様にHPを管理運営するだけの使い方であるなら、これくらいのスピードで充分な気がするな。これからのことはわからないけれど・・。

 で、昨日の取材はネットのことも含めて、まぁ基本的には私の仕事についてになんだけれど、なかなか上手くまとめてしゃべるのは難しいね。

 仕事柄というのか、人に自分の言いたいことを分かりやすく説明することは、昔に比べて上手くなった気もするのだけれど、どれだけ相手に伝わっただろうか、疑問だな。

 我々は昔からの習慣で以心伝心、オトコはくだらないことをぺらぺら言い訳するものじゃない、という習慣があって、そんなふうに育てられてきたところがある。

 表現者というのは絵なら絵でものをいうべきで、それを他者がどうとらえようと自由だという人も多いけれど、私はそれは無責任だなぁとちよっと思う。

 ある程度自分のメッセージなりいいたいこと、意図したことを伝えようと努力しなければならないと思う。でなければ表現の意味が無いよ。

 ただし、いつも言うことだけれど、こういった芸事は相対的なもので、観る方に見ようという意識が無ければ何も見えないんだな。どこまで観るほうの意識を喚起することができるか、そのためには言葉でもちゃんと説明できなければならないと思うのだ。

 どうだろう。ちょっと理屈こいた。また明日。



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少し花粉症気味なのかな。 - 2005.03.10(日記)
はる 1361
 少し花粉症気味なのかな。汚い話だけれど、くしゃみが続けて五回ぐらいでて、鼻水がでる。グスン。で何となく目がかゆい感じがする。風邪かな、とも思うのだけれど、よくわかりません。



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ナニワ金融などという球団ができるかもしれないな. - 2005.03.09(日記)
  プロフィール・明日 1990 55x45.5cm
はる 1360
 掲示板復活したようです。

 インターネットの広告というのはどの程度有効なんだろうか。いまひとつガッテンがゆかない。今盛んに話題になっているライブドアも良くは知らないけれど、楽天と同じようなバーチャル商店をやっているのかなな?単にプロバイダーだけならそんなに大きな商売にならないものね。

 そのライブドアのホリエさんはなかなかしたたかな人物ですね。つい一年前まではほとんどだれも知らなかったのですから。それがあの近鉄の球団買収の話から一気に話題沸騰、スポーツ欄から最近は一面に抜擢されている。

 うがった見方をすれば、それだけで宣伝効果は何億円にも匹敵するわけだから、笑いが止まらないでしょう。まぁ時代が彼の様な人物を求めていたのでしょう。

 球団のオーナーなどというものはその時代の寵児が担って行けばいいわけで、そのうちに武富士とかほのぼのレイクとかナニワ金融などという球団ができるかもしれないな。

 少しは楽しい話を書こうと思ってはじめたのだが、関西的な落ちで終わってしまった。ではまた明日。




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自分たちの首をしめているんだよな。 - 2005.03.08(日記)
はる 1359
 bbsがリニューアルしたのはいいのだけれど、非常に重くなっって入りにくくなった。さらに今日は全く入れなくなった。どないなってんねん!


 日本のつい最近までの田舎の風景というのは、家畜が必ずいて家族同様に同じ屋根の下で暮らしていた。家畜は無論、人力以上の労働をしてくれるということもあったけれど、田や畑の草を食べて掃除をし、またその糞を発酵させることで最高の有機肥料になった。

 まったく良く出来た循環システムだったんだな。まぁ田舎に暮らしていた訳ではないので、その実際の大変なところは良く知らないのだけれど。

 それでも両親の実家のある淡路島に行けば、田舎特有の肥料くさい臭いがしたものだ。最近はそんな匂いもしない。懐かしがっているわけではないよ。

 経済が豊かになるということは、考えてみればゴミが増えるということなんだな。なぜなら古いものを捨てない限り新しい物は売れないわけで、いってみれば果てしなくゴミを作っているということになる。

 何が言いたいのか良くわからなくなってきたけれど、たかだか二三十年前の話だよ。前はもっとシンプルな生活をしていた。何時の間にか、これだけのものに囲まれて生活するのが普通になってしまったな。

 まわりまわって自分たちの首をしめているんだよな・・。じゃどうすればいいのか?



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胡蝶の夢 - 2005.03.07(日記)
はる 1358
 司馬遼太郎の「胡蝶の夢」を読み始めた。幕末から維新の頃のドタバタをを蘭医学生の立場から書いたもので、この間の「竜馬がゆく」と対の作品だ。まだ読み始めたばかりで何ともいえないが。

 日本という国はある意味で非常に自由自在、ありとあらゆるものを吸収、消化、再生させてゆく特異な能力を持っているようだ。
 
 このことはまた書きましょう。ではまた明日。



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何だか遠くまできたものだ。 - 2005.03.06(日記)

 はる 1357
 
 我々の子供の頃はまだ封建的な家族の規則が生きていて、親父は絶対的な権力を持っていた。次に兄弟のなかでも歴然とした年功序列的な秩序がしっかりと出来上がっていて、私の様な五人兄弟の末っ子という立場は、家族の中では飼い犬の次ぐらいの地位しかなかった。

 親父は長男坊ではなかったけれど、幼い頃に上の兄貴がなくなって実質的には田舎の跡取息子になった。私の中のオトコのイメージは親父によって作られた。無論個人の性格にも寄るのだろうが、よく言えば豪放磊落で人情に厚く神経がこまやかだった。

 酒は底なしで自分では好きではないと始終言っていたけれど、それは疑問だなぁ。酔うと性格が一変して鬼のように赤くなって大声でわめき散らし下品になった。酒の上での失敗も多かったのじゃないかと思う。

 そんなバンカラな親父にもけっこうハイカラなところがあって、日曜日の朝は家族全員でパンにお茶ということがあった。こういえば神戸の御まちのハイカラな家を想像するけれど、それは大きく違う。

 台所に大きな長方形のちゃぶ台があって、家族全員がそこに正座して居並ぶ、山高パンのトーストにお茶は紅茶かココアだったな。砂糖を山盛り入れて甘ったるくして、それをパンをつけて食べるのだ。これが妙に上手かった。

 日曜日といえば、そんなうきうきした朝の雰囲気を思い出す。何だか遠くまできたものだ。




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「アレキサンダー」を観た - 2005.03.05(日記)
はる 1356
 さて映画「アレキサンダー」を観たのは少し前のことだ。その感想を書き忘れたのでひとこと書いておきましょう。

 はっきり言ってこういったハリウッドの大河ドラマ的超大作は苦手だ。ロマンティックな気分は理解できるのだけれど、基本的には西欧の歴史そのものに疎いと言うことがあるのだろうな。

 色々うんちくをたれるけれど、本音はセンチメンタルな叙情的な作品が好きなんだろう。ロマンティックとセンチメンタルは似ているけれど、全く違うことのように思う。いい悪いは別にしてね。

 ローマ帝国にしてもジンギスカンのモンゴル帝国にしても結局は世界帝国になるまえに滅んでしまった。そう考えると未だに世界を一つに統一した人物はいないことになる。

 アレキサンダーがヨーロッパから東へ東へと遠征して、結局はインドあたりでその無謀な試みの失敗に気付くのだが、それでもなお彼は旅することに憧れていたようだ。

 「見たい、聞きたい、知りたい」という人間の根源的な好奇心と「我は何処から来て何処へいくのか」といった本質的な問いかけは、どんな時代にも共通する人類のテーマなのかなと思った。歴史好きには大いに楽しめる作品だろう。☆☆☆半

 少し外れるけれど、あれほど栄華を誇った「西武王国」の堤さんも時代とともにやがて衰退、昨日は逮捕されてしまった。ダイエイの中内オーナーなんかもそうだけれど、栄枯盛衰は人間の常とは言え何かしら一抹の寂しさを感じるのは私だけだろうか。

 ではまたあした。



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映画・「きみに読む物語」を観た - 2005.03.04(日記)
    読みかけの本
はる 1355
 春の大雪になるという予報で、恐れをなしてお江戸に出るのを止めたら、雪はふったけれど大したことは無く、予定がくるってしまった。

 東京の画廊がどうもまたトラぶっている様子で、このままだと今年も東京で個展が出来ないかもしれない。詳しいことはまだかけないけれど色々と面倒だ。この際だから新しいところを探そうかなとちょっと考えている。

 というわけで時間が空いたので映画を観ることにした。いいことに夫婦のうちどちらかが50を超えていたら一人1000円という「夫婦割引」というのをご存知か。たぶん今年七月までの期間限定の割引なので、資格?のある人は今のうちにどんどん利用しましょう。


 「きみに読む物語」という老夫婦の話だけれど知ってます?この間新聞で紹介されていたので読んだ人も多いかも知れませんね。

 アルツハイマァーかな、段々に記憶も定かでなくなって行く老婦人に一人の老紳士が一つの物語を読んで聞かせるというストーリーだ。

 物語そのものは良くある話でそう新しくはないのだけれど、最初のタイトルバックに流れる音楽(バーバーのアダージョに似ている)や黄昏時を一艘のボートがゆっくりすすんでゆく映像がとても美しかったな。このシーンがこの映画の全てをあらわしているような気がした。☆☆☆



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元をただせばただの星屑だからね. - 2005.03.03(日記)
      ミモザ 45.5x35cm
はる 1354
 明日は三月にしては記録的な雪が降るという予報がでている。何だかあまりありがたくないな。久しぶりにお江戸にでて用事を済まそうかと思っていたのだけれど、ちょっとちゅうちょする。

 「ちょっとちゅうちょする」とひらがなばかりで書くと、「ち」と「ち」の間に小さな「ょ、ゅ、っ」が交互に来て面白いことを発見した。

 普通「躊躇」など漢字で書いてみろと言われて書けないくせに、パソコンだと簡単にかけてしまうから使いたがるのだけれど、どちらがいいのかな。

 ある時期からかけない漢字は使わないことにした。まぁこれもパソコンや携帯のメールの影響なんだろうけれど、最近難しい漢字が復活してきた気がするな。

 閑話休題

 今年になってかかりっきりになっていた、130号が大体目鼻がついてやれやれというところだ。この作品も二転三転してやっとここまでたどり着いた。

 考え方を言葉で表すのは難しいのだけれどやってみるか。基本的なモチーフになっていたのは、昨年からの続きで「おおいなるもの」の存在ということかな。神と言ってしまうと嘘っぽいというのか、まやかしっぽくなるので、やっぱり「おおいなるもの」だとする。

 普段はあまり意識しないのだけれど、何かの拍子にそういったものに守られていたり、あやつられている自分というものを感じる。それはまぁ元をただせばただの星屑だからね、われわれは。

 学生の頃静物画ばかり描いていた。まぁそれは一種の勉強の場としてそれでよかったのだけれど、ふと冷静になって考えて「これがいったいなんなの?」と疑問に思うことが多々あった。

 絵画には絵でしか伝えられない文法というものがある。音楽や文学もそうだろう。学生のうちはそういった文法を学んでいるのだけれど、明らかに今の自分の問題と離れていることを感じていたのだ。

 花が花らしく山が山らしく描けることと、自分が今ここに存在することの問いかけと何処でリンクしてくるのか、あまりににもかけ離れていすぎたので分からなかった。

 本当のところ大切なのはそこのところを問いかけることなんだということをだれも教えてくれなかった。

 学校の勉強というのはそういったことなんだと思う。それ以上期待されても困る。そこから以上は自分で考えてくれということなんだろう。だいたい公教育というのはそういうものだ。

 作家になっていや作家になろうとして、優等生が一番苦労するだろう。彼らは花を花として描く事に長けているだけがからだ。多くの展覧会でそういった絵を見かける。自分の事を棚に上げて言わせてもらえばね。

 さて、今日もくだらないことをぼやいてしまった。また明日。



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クィーンは泣ける。 - 2005.03.02(日記)
  糸の月 27.3x22cm
はる 1353
 昨日は何となく下弦の月に誘われて夜中のドライブということになってしまった。というわけで日記更新できませんでした。

 まぁそれもいいかなとは思っていますよ。こういうものって何となく毎日書いていると義務になってきてねぇ。ほらほら何かしらのネタを探している自分が見えたりすると、白々しくなってしまう。芸能人でもあるまいしねぇ。

 書くことが楽しくなきゃね。書けない時があってもがまんしてくんろ。ネタなんか一切探さない、蓄えない。その場その時感じたことを書くことにしょう!!

 で、真夜中の嫁とのドライブで、彼女が薦めたクィーンを聴いている。これがなかなか泣ける。エイズで亡くなったフレディの声がまた素晴らしい。ロックなどほとんど聴かない私ですがね。これはロックを超えてるねぇ。はっきり言ってこれは完全にオペラだ。

 この間ロッドスチャートがスタンダードを唄うという新聞広告がはいったので、あのセイリングの声でどうスタンダードをうたうのか、凄く楽しみに聴いたのだけど×だったな。まだまだ苦労が足りないな。薄っぺらだね。

 それに比べて断然クィーンはいいな。今ごろ言ってるのはおかしいけれどね。



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