あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

2004-8 - 2004.08.01(日記)
2004 8月 8月31日 (火)


はる 1170
 さて、今日は朝から出稼ぎです。さっき帰って来ました。約二ヶ月ぶりに仕事にでると疲れます。この「いやだ」というのは一体どこから来るのだろうか。よくわからないなぁ。肉体的に体が疲れるというのもあるけれど、それ以外のことのように思う。

 このいつもアクセル踏みながらブレーキを掛けつづけているような生き方は非常に効率が悪い。同じことならまったく止まってしまうか、それとも全速力で駆け抜けてしまえばいいのに・・と我ながら煮え切らない性格に腹が立つ。

 どこかに「人は生きてきたようにしか、死ねない」と書かれていた。若い頃はそのことが実感として分からなったけれど、そういうことかと最近は理解した。

 この「いやだけれどやらなければならない」という気持ちが、私の人生の多くを支配しているセオリーだった。これからもこのルールを破ることは私には出来ないのだろうな、分かってはいるのだけれどね。

 さてさて、今日も一日終わりました。感謝しましょう。ではでは。
 


更新時間 : 23:57:53


8月30日 (月)


はる 1169
  ゴザンスライターへ50の質問

 1.お名前(PN、HNなど)、ゴザンスライターページやブログ、
   運営ウェブサイトのURLをおしえてください。

あそびべのはる、といいます。

   ゴザンス あそびをせんと http://writer.gozans.com/writer/1914/
運営サイト   http://www2.journey-k.com/~enami/topindex.html

 2.名前の由来などあれば教えてください
   漢字で書くと「遊部」となります。これから分かるように、元々の意味は、古い日本の役職の部署名であったようです。古語の「あそぶ」が「かみあそび」を指していたということから、「あそびべ」の仕事は、唄ったり踊ったりして魂を鎮める、そういった今で言うところの「癒し」の仕事をしていたようです。私の仕事も「たましいのしごと」として少しでも役に立てばと思い、「あそびべ」としました。

 3.ゴザンスライターに登録したのはいつ?
   2004年4月ごろ

 4.ゴザンスライターに登録したキッカケは?
   書いたものを多くの人に読んでもらいたいと思ったから。

 5.血液型と星座
   0型 おひつじ?

 6.好きな男性作家
   特にいない、何でも読む。今は藤沢周平を読んでます。

 7.好きな女性作家
   特にいない、小川洋子の「・・数式」は面白かった。

 8.よく読む新聞、雑誌
   朝日新聞 雑誌は「美実の窓」「銀花」とかあらゆる美術雑誌を立ち読みします。
   建築関係の雑誌も立ち読みします。「ちるちんびと」「住む」とか

 9.好きな映画
   いっぱいあるけれど、一つだけというなら「ニューシネマ・パラダイス」

10.好きな音楽
   これもめちゃくちゃある。死んだ時にかけるとすれば
   「ビルエバンス・Portreit in jazz」
   「バッハ 無伴奏チェロ組曲」カザルス
   「マイ・フェバルト・シングズ」ジョン・コルトレーン
   
11.好きな有名人(作家以外)
   アインシュタイン 時間と空間の話はいつも新鮮だ。

12.パソコンの前にいる時間、1日だいたいどのくらい?
   1時間ぐらい

*13.小説の中の「登場人物」で好きな人はいますか?
   
*14.小説の中の「台詞」などで心に残るものはありますか?
   

*15.もしなれるとしたら、「この小説」の「この人」になってみたい!
   

16.愛読書ってありますか?
   ナイトキャップという意味で
   古今亭志ん朝の「落語全集」は面白かったな。
   今は藤沢周平・池波正太郎にはまってます。
   
17.最近読んだ本でオススメのベスト3(タイトルと著者)
   「蝉時雨」藤沢周平
   「剣客商売」池波正太郎
   「博士の愛した数式」小川洋子

18.まだ読んでないけど、読みたい本教えてください(5冊まで)
    「ダビンチ・コード」ダン・ブラウン
    「家族狩り」天童荒太

19.世間の評価ほど「よくなかった」本、教えてください(5冊まで)
   「海辺のカフカ」村上春樹
   「カンバセイションピース」保坂和志 よく分からんかった。
   
20.今まで読んだ本の中からマイベスト10作までを選ぶとしたら
   「ジャン・クリフトフ」ロマン・ロラン
   「クレーの日記」パウル・クレー  
   「贅沢貧乏」森茉莉
   「森の生活」ヘンリー・D・ソロー
   「地球の上に生きる」アリシア・ベイ=ローレル
   「花伝書」世阿弥
   「火の鳥」手塚治虫  
   「カムイ伝」白土三平
   「字統」ほか一連の著書・白川静
   
   
21.あなたが「書く」ということに興味をもったのはいつごろ?
   高校生の頃かな

22.「はじめての作品」はいつ書いたものですか?
   創作という意味ではゴザンスの800字で「むつきここのか」が最初かな

23.「はじめての作品」どんなストーリーですか?
   ゴザンスにあります。

24.「書く」アイデアが浮かぶのはどんな時?
   兎に角毎日何かしら書くことにしています。
   私にとって書く事は「描く」モチーフになっています。

25.「書く」アイデアが浮かばない時、どうします?
   「う」でも「い」でも「あ」」とでも書きます。

26.「書く」と「読む」どっちが好き?
    書くほうかな

27.「書く」のはだいたいいつの時間帯が多いですか?
    夜の十時頃

28.「書く」時に一番悩むのは<起承転結>のどの部分ですか?
    起の部分

29.「書く」時に一番楽しいのは<起承転結>のどの部分ですか?
    特にないけれど、結の部分につじつま合わせが難しいかな

30.あなたの作品はジャンルでいうとどんな分類ですか?
   日記 雑記 雑文 駄文 拙文

31.これから買いてみたいと思うのはどんなジャンルの作品ですか?
   物語がすらすら書けると楽しいだろうな。

32.絶対書けない(書きたくない)と思うのはどんなジャンルの作品ですか?
   うそっぽい話は書けない。

*33.こんな作品を書きたい!と思う既存の小説などがあれば
   
   タイトルを教えてください。

34.「書く」ようになってから「困った事」ありますか?
    特にないかな。

35.暇な時は何をしていますか?
   本を読むか、寝ている。

36.「書く」事以外ではまっていることありますか?
   読むこと

37.なるとしたらどっち?
   A:1冊だけ大ベストセラー作品を生み出す、一発屋作家
   B:賞やヒット作とは無縁だが作品を作り続ける、生涯一作家

   なれるのだったらAでしょう、Bはいずれそうなるということで。

38.なるとしたらどっち?
   A:芥川賞や直木賞の選考委員になるような、大御所作家
   B:芥川賞や直木賞の候補になるが選ばれない、無冠作家

   これもなるんだったらAでしょう、当然。Bは希望するものではない。

39.書くとしたらどっち?
   A:ある特定の読者から圧倒的な支持を受ける異色の作品
   B:老若男女を問わず幅広い読者から支持される正当派の作品

   Aですな。もともと作家とはそういうものでしょう。

40.死ぬ前に読むとしたらどっち?
   A:自分がこれまで書いてきた作品
   B:「最後の一冊」として選んだ作家の作品
   Bかな。Aはいつも読んでいるので。

41.あなたにとって「書く」というのはどんなこと?
   物を直接描かない私は、書くことで描くモチーフを探してきました。
   書くことは「自分の心の中を見る」ことです。
   これからもそういった絵を描いていきたいと思います。

42.あなたにとって「書かない」(「書けない」)というのはどんなこと?
   物理的に書けない状態ということかな。
   体が動かないとか、目が見えないとか、ぼけたとか。

43.あなたにとって「読む」というのはどんなこと?
   暇つぶしかな。

44.あなたにとって「読まない」(「読めない」)というのはどんなこと?
   忙しいということでしょう。

45.あなたにとって「ゴザンス」とは?
   自分がいいと思った文章でも、客観的にみる必要があることを教えられた。

46.ゴザンスライター仲間に一言。
   何かの縁です。これからも見ていますよ、書きつづけてください。

47.あなたが愛しているものは何ですか?
   家族、自分

48.最近泣いた事ありますか? それはどんなことですか?
   よく泣きます。年取ったということでしょう。内緒・・・

49.何か叫んでみてください。
   
   何とかならんか!

50.近況や今後の予定、将来の夢など、なんでもどうぞ。

   私は絵描きです。今もこれからも変わらないと思います。
   死ぬまで描き続けることができればそれでOKです。
   機会があったら是非、直に観てください。
   

   ありがとうございました。





更新時間 : 22:19:41


8月29日 (日)


はる 1168
 今日はデッサン会だった。疲れました。

 若いお客さんが来ました。ということですみません。また明日です。

 


更新時間 : 22:38:37


8月28日 (土)


はる 1167
 今日も一日終わりましたね。また明日。


更新時間 : 23:41:55


8月27日 (金)


はる 1166
 ゴザンスという投稿サイトがあり、この四月頃から時々投稿していた。大体が文芸的な文章が多く、私の駄文とはセンスも洗練も違っていたのだけれど、時々お題をいただいて作文した。今まで創作した文章を発表したことがない私にとって、これはなかなか刺激的な遊びであった。

 というの一週間の投稿作からセレクトされてピックアップとしてトップページに載る。またそれとは別に一ヶ月の投稿作品からこれまたセレクトしてメールマガジンに掲載される。まぁこういった投稿というのは昔から色々な分野でやられていたことだけれど、この年になって初めての投稿、掲載、落選に一喜一憂した。

 もっとも私の文章の傾向は文芸的なものにはならなくて、没になる原稿が多かった。元来文学少年、青年ではなかったものだから仕方ないかなと思っている。

 ネットがこれだけ盛んになってくると多くの人が簡単に文章が発表できるようになってきた。この間書いたけれど、日記サイトのブログ化はそういった傾向に拍車をかけるだろう。だから編集者がいて彼(彼女)の独断と偏見でセレクトするこのゴザンスのシステムは面白かったのだけれど、残念なことにこの九月で閉じるらしい。いやシステムをかえるらしい。どういったことになるのかよくわからないけれど、多分多くのブログサイトと同じようになるのじゃないだろうか。まぁそれがネット的といえばそうなんだけれどね。残念です。

 暇ならば読んでやってくださいな。リンクのページから行けます。ではでは。


更新時間 : 23:18:28


8月26日 (木)


はる 1165
 昨日ネットで知り合ったetimaoさんの初めての東京の個展に顔を出した。それはなつかしい場所だった。

 というのは、彼が今回やっている福原画廊は、私が東京ではじめて個展をやった画廊と同じ場所にある。それも同じビルというだけではなく、まったく同じ二階のその場所だった。銀座には300とも400ともいわれる画廊がある。それに多くの画廊は年単位でかわってゆく。そのなかで何の関連もなく同じ場所を選ぶ確率はどのくらいなんだろう。多分何万分の一、いやもっとかもしれないな。

 etimaoさんの個展は28日までです。詳しいことはトップのリンクから見てください。


更新時間 : 22:08:09


8月25日 (水)


はる 1164
 今日は多分更新できないので、ごめんなさいな。
 ではまた明日。


更新時間 : 22:38:04


8月24日 (火)


はる 1163
 めったにないことだけれど、綺麗に晴れ上がって湿気が少ないと、見慣れた風景も違って見える。秋にはまだはやいけれど、時々空が思いっきり高くなって、ぽっかりと浮かんでいる雲を眺めていると、中世の画家たちが描いた牧歌的な雲も満更うそではなかったのだなぁ、と妙なことに感心する。

 17世紀イタリアにカラバッジョという画家がいる。この男は色々な逸話のある男で、決定的なのは女性問題で殺人事件をおこして国外追放になったとかなんとか。けれども彼の描く絵はドラマチックで、明暗がはっきりしていて分かりやすい、ということで現代でも充分に魅力的で多くのファンがいる。まぁ機会があったらどこかで観てくださいな。

 でそのこととは直接関係はないのだけれど、かれの明暗法というのはイタリアの乾燥した、美しい光の中でしか生まれなかっただろうなと思った。

 明治以降西欧の画法が入ってきて、それまで輪郭だけで物事を写し取っていた画家たちは、西欧の三次元的な明暗法のビックらした。横山大観などが提唱した「朦朧たい」などという描写法は、今から考えると西欧画的な日本画という解釈ではないかな。

 結論というわけではないけれど、面倒になってきたので言いたいことだけ言うと、どんなに西欧風なこしらえをしても自ずから匂ってくるものがある。それを風土というのだろう。カラバッジョは17世紀のイタリアにしか存在できなかっただろうし、大観は明治の日本にしか登場できなかった。

 で、今我々が立っている風土とは何なんだろう。根のない本当にあやふやなところに立っていないか。


更新時間 : 22:29:08


8月23日 (月)


はる 1162
 オリンピックの金メダリストにインタビューしていた。
「金メダルを取った時どんな気持ちだったですか?」
「・・・」
「メダルはあなたにとってどんな意味がありますか?」
「・・・」
 こんなありきたりな質問は小学生でも出来る。質問者はその問いかけで、選手に何を聞きたかったのだろう。

 前に絵が分からないという問いかけに「絵は鏡です。描かれているのはあなたの心の中ですよ」といった話をしたことがある。その手でいうならば、インタビューは相手にしているのではなく、自分に対してしているのだ。どこまで掘り下げた質問ができるかは、インタビュアーがどこまで自分を掘り下げているかということだろう。ありきたりな質問では、相手の本音を聞きだすことはできないのだ。

 散髪に行った。散髪屋の兄ちゃんは、何か話し掛けるのが営業だと心得ているのか盛んに質問してくる。私の個展にも来たことがあるお兄さんなので、初対面ではない。
 「絵で何を表現するのですか?」
 「何だと思う?」
 「ラブ・アンド・ピースみたいなことですか?」
 「・・・」

 まぁ違ってないこともないけれど、そうだともいえない。難しい質問だな。どう答える?


更新時間 : 22:35:41


8月22日 (日)


はる 1161
 銀行の関係者がこれを読んでいたら気分が悪いかとおもうのだけれど、まぁ私にはほとんど益もないだろうから書いてしまいます。

 大体手数料が高すぎる。このことは前にも書いたか。利用者の便利を一番に考えていない。近くに新しい地方銀行の支店ができたので行ってみると、やっぱりATMは二台しかなくその前には長蛇の列、窓口は一つしかない。要領の悪そうな女の子が一人、「整理番号を取ってお待ちください」だと。後ろには暇そうなおっさんやおばさんが沢山いるじゃないの。なぜそいつらが窓口に出てこないのだ。分担がきまってるの?お前らみんなくび。でその給料でATMをそろえて下さい。

 原発がまた事故をおこした。で納得いかないのはほとんどの場合被害を受けるのは下請けの企業だ。上の管理職の人はあたま下げるだけだな。彼らはきっと思っているだろうな「まぁなんと間が悪いのだろう。もう少し後だったらお役ごめんで済んだのに・・」

 この銀行の話と原発の話は、一見関係のないことのようにみえるけれど、根底では似たところがあるな。共産主義があっけなく崩壊したのは何年前だっけ、それらとも微妙に似ている。

 日常生活というのはマンネリと読む。ほとんどの場合新しいこともドキドキするような興味深いこともない。しごく淡々と過ぎてゆく。仕事は慣れるまでそれなりに楽しい。人は基本的にまじめで放っておいても自然に努力する。けれど悲しいかな慣れた仕事は、手を抜くようになる。いかに手抜きをするかそのことが興味の対象になってくる。

 創造的な仕事をしない限り、結局事なかれ主義の官僚的な無責任な仕事になってしまうのだ。これは人間が持っている本質的なサガじゃないだろうかね。悲しいけれどね。

 なんだかつまらんぼやきになった。ではまた明日。


更新時間 : 23:45:34


8月21日 (土)


はる 1160
 他のページのことは良く知らないのだけれど、こういったHPの面白いところは、日々更新されるコラムとか日記、もしくは誰でもが書き込める掲示板ぐらいじゃないだろうか。

 個人的に考えても利用するのは探しものをする時、ニュースを見る、台風情報をみる、後はいつもたずねるいくつかのHPぐらいのものだ。それもほとんどは日記、雑記、掲示板のたぐいだ。

 何日か前の新聞に、数あるホームページも次第に淘汰され日記サイトが特化したブログ(ウエブ+ログ)が多くなってきた、と書かれていた。そういえば例えば多くの企業や市町村がこれからはインターネットの時代だということで、ありきたりな絵や写真のページを作ってはいるけれど、誰も見ていないのじゃないだろうか。情報だけなら電話帳にも多くの情報が載っているわけだけれど、自分にとって必要な情報はただ一つなんだな。いくら暇だからといって電話帳を端から端まで読む人はいない。

 ブログはそういったインターネットの特徴をよくとらえたシステムだと思える。たぶんこらからの個人のHPはほとんどこういったブログスタイルになるのじゃないだろうか。ただそうなってくると、ますます玉石混合で面白いページを探すのは難しい。というのか不可能だな。

 まぁそれにしても、大きな力を持った者だけが、情報発信できるのではなく、力も金もない一個人が様々な表現手段をもつ事は悪いことではないでしょう。そういった時代になりつつあるということだ。

 ではまた明日。


更新時間 : 23:38:15


8月20日 (金)


はる 1159
 くっきりした日差しが、綺麗だったな、今日は。

 また後で書ければ書きましょう。ではでは


更新時間 : 23:42:22


8月19日 (木)


はる 1158
 さて、どんなもんじゃろか。今日も暑かったね、でもまぁ暑いのもそこまででしょう。

 クラシック音楽の演奏家の話はけっこう面白い。なぜ東洋人であるところの日本人がわざわざクラッシクを勉強するのか、ということはとりあえずは置いておいて、こんな話をしていた。

 フランスのドビッシーとかラベルの音楽が好きでフランスに留学していた彼女は、若い頃はドイツ人のベートーベンのピアノ曲が好きではなかった。少し乱暴な認識だけれど、我々の意識の中では西欧というのはほぼ一緒くたで、フランスもイタリアもドイツも同じように感じていた部分がある。

 そういわれてベートーベンの音楽を聴いてみると、確かに田舎くさい、無骨なものを感じる。そういえば、当時のヨーロッパのなかではドイツ人は少し田舎者とされていたらしい。有名な運命や第九なんかを聴いても、華麗な美しいといった評価は付かないだろう。我慢して、がんばって、がんばって、やがて明るい光が見えてくる、といった人間賛歌、人生の応援歌だともいえる。まぁそれだけドイツは自然環境が厳しかったということだろうな。

 で彼女の話に戻ると、帰国して大学で後輩たちに教えなければ鳴らなくなって、そこで仕方なくベートーベンを復習した。最初は義務からだった、ところがやり始めてみると俄然面白くなった。そこには若い時には気がつかなかった、大きな感動が隠されていたという。

 まぁ手前味噌になってしまうけれど、以前リルケの「マルテの手記」の話を書いた。そのことと共通する何かを感じる。生きることは素晴らしいことなんだ。そのことが分かっただけでもね。

 ではまた。


更新時間 : 22:28:57


8月18日 (水)


はる 1157
 さて、今日は久しぶりに暑かった。けれど空はもう秋の気分を映している。

 午後からは家にいると暑くて死んでしまうので、どこか涼しいとこに連れてゆけとかみさんがうるさい。まぁこのお盆休みもどこにも出かけてないということで、仕方なく昼飯を食ってからボロボロと出かけた。

 なにぶんここは田舎だから、少し山の中に入れば木陰は涼しい風が渡っている。山梨市からフルーツラインを通って、途中から山の中に入る。小高い丘の上からの眺めは、ちょうど午後の斜め45度ぐらいの光が盆地に濃い影を落として美しい。日本の風景も「夜目遠目」は綺麗に見える。

 適当な木陰を見つけてエンジンを止めて、持っていった本を読んでいると、サワサワと風が気持ちよくいつのまにか眠ってしまった。色んな不満があるけれど、こうやって好きな時に出かけられるのは結構幸せなのかもしれないなぁ。

 閑話休題

 例えばオリンピックの体操の選手をみて感じたことは、日本の選手もずいぶん変わったなぁということだ。彼らからは一種の品格めいたものを感じる。こんな言い方はややひんしゅくをかうかもしれないけれど、日本も貧しかった頃は例えば食べるためとか、国のためとそういった「何がなんでも」といったハングリーな動機が勝負に向かわせていた。それはそれでいいのだけれど、やぱり顔や態度からはまずしいものがにじみ出てくる。

 日本がバブリーな経済発展から自分たちの方向を見失って「どこに目標を持てばいいのか?」と右往左往しているあいだに、大人たちはずいぶん自信を無くしてしまった。もうこの国は二度と立ち上がれないのじゃないか、そんな危惧さえ感じられた。

 けれど、ハングリーなものが食べるために目標を持つのは凄く簡単なことなのだ。それは誰にでも理解できるもっとも安易な回答だろう。人がもし理想というものを求める動物であるならば、何かしらの新しい回答が欲しかった。

 俺たちが、おたおたとしている間に若い人はいい具合に育っていたのかもしれない。


更新時間 : 23:45:46


8月17日 (火)


はる 1156
 オリンピックの生放送はとても観ることが出来ないのだけれど、朝起きてパソコンを立ち上げるのが楽しみになった。まぁ元来がミーハーなんだろうな。

 団体競技、たとえば野球とかバスケット、バレーボールなどからっきしだめだった。球技といわれるもので唯一できたのがラグビーぐらいで、あれはボール持って走ればいいわけで、球技とはいえない。高校の球技大会はよくサボって屋上で昼寝していた。

 反対に出来たというわけではないけれど、個人競技は好きだった。だから柔道部なんかに入ったのかもしれないな。上級になったら知らないけれど、私のレベルでは特に運動神経を必要とする競技ではなかったように思う。

 器械体操も好きだった。二番目の兄貴が中学生の時に体操部だったということもあるけれど、当時東京オリンピックの影響で鉄棒や跳び箱が注目の遊び道具だった。自分たちで適当に技を工夫して友達と競って遊んだ。ウルトラCなどという言葉はここから出たものだ。

 今回の体操金メダルは感動したな。日本人の体操は、技が切れて美しいかたちになっていた。得点がどうだこうだというより、己に克った者だけが得られる余裕みたいなものが感じられた。各国の選手より一段上の仕事をしていたように思う。さて、個人種目もこのままいってほしい。


更新時間 : 23:26:57


8月16日 (月)


はる 1155
 平泳ぎの北島選手が三十何年かぶりにこの型で金メダルを取った。その昔覚えているのは田口選手のピッチ泳法っていうやつで、他の人より速い腕の回転で泳ぎきるという方法だったように思う。

 金メダルが期待されていてプレッシャーにつぶされることなく、期待通りに取ってしまうというのは、なかなか出来ないことだろう。特にいままでの日本人のメンタリティではほとんど無理だった。

 我々日本人の精神構造は建前とか秩序維持型だ。長い伝統的な封建社会がそういった精神構造を作ってきたのかもしれない。失敗しないようにと考えるのでどうしても守りに入ってしまって、積極的に攻めることが出来なくなってしまって、自滅してしまうケースが今までは多かった。

 北島選手の最初のインタビューのコメントが「めちゃ、きもちいい~」という言葉だった。他の柔道の選手たちが大方期待通りのコメントを残していたのに比べて、これは新しい日本人だと思った。また多分、こういったレースそのものを楽しめるそういった攻めの精神構造を持たなければ、こういった大きな大会では実力がだせないのかもしれない。

 いい悪いは即判断できることではないけれど、臆することなく世界という舞台で活躍できる人間が出てきたことは大いに喜ばしいことだ。反面古いかもしれないけれど、余計なことをあまりしゃべらず、あくまでも綺麗に一本を狙ってゆく柔道選手たちに古武士のようなある種のダンディズムを感じるのは私だけかな。

 話は変わって、不思議に思うのは自由形というのはどうしてクロールなんだろう。本来の意味はどんな泳法でもいいわけで、たまたま今の時点ではクロールが一番速いということなのかな?


更新時間 : 22:25:00


8月15日 (日)


はる 1154
 「祭りの翌日、タクシー、浴衣の女性」

 この間タクシーの運ちゃんと話をしていて、なかなか納得させられたことがあった。というのは、我々の心の中にあった祭りなど、もはや日本のどこにもないということだ。

 祭りというのは元来は「まつる」というところから来ているらしい。祀るような神がいなくなって、祭りはただの興行になってしまった。つい最近今住んでいるところの村祭りに参加したのだけれど、兎に角人の数が極端に少なくて縁日を出しても、踊りをしても、みこしを担いでも何だか盛り上がりに欠けたものだった。祭りの翌日の寂しさというものは、色んなものにたとえられるけれど、今や祭りそのものが寂しいのだ。

 知らず知らずのうちに我々は西欧的なものの考えをよしとするようになっていないか。祭りがフェスティバルになって神輿行列がパレードとなった。浴衣の女性を見て感じるものは、ある種のエキゾチシズムであって、伝統の文化を感じているのではない。

 西欧文明が日本に入ってきて約150年ほど過ぎた。その間の歴史はいかにアジア的な生活を捨てて西欧型の生活に変換するかということだったように思う。ここらではっきり意識の変換が必要じゃないかな。

 自分の中にも合理的な西欧型の生活にあこがれる部分も多いのだけれど、そこのところの意識を変えて、新しい今の日本人の意識にあった(ここが大切なんだけれど)カッコイイアジア型の生活体系を作って行く必要があるだろうな。たぶんもう昔のままには戻れないだろうからね

************************************
「祭りの翌日、タクシー、浴衣の女性」がお題の屁理屈です。




更新時間 : 21:09:18


8月14日 (土)


はる 1153
 映画「サンダーバード」のコメントは控えます。我々にとっての「サンダーバード」は永遠に不滅です。

 今日は私の住んでいる町のお盆祭りということで、町内会のお役目で300個ぐらいのカキ氷を削った。まぁお役目ということで、声高に反対することもないけれど、しょぼくれた村のお祭りで面白くもない。

 今、谷亮子と野村が柔道でそろって金メダルを取った。日本の柔道は勝ち方が綺麗で好きだな、と元柔道部の血が騒ぐ。

 ということでまた。


更新時間 : 00:36:03


8月13日 (金)


はる 1152
 今日はこれから「サンダーバード」を観てきます。ではまた。


更新時間 : 19:49:40


8月12日 (木)


はる 1151
 パソコンというのは奇妙な道具だな。これがないときはないことが普通だったのだけれど、こうやって一度繋がってしまうと、何だか一日一度は覗いてみなくては気がすまないようになってしまった。

 特別変わったメールがくるわけでも、奇想天外なホームページがあるわけでもない。いやあるのかもしれないけれど、私は知らない。他のページの事はよく知らないのだけれど、私など毎日チェックするのは、掲示板と日記だけだ。あとトップの画像を一週間に一度ほど変えるぐらいだな。

 最初に考えていたよりもかなりの量の情報がこのページに載せられている。はじめた頃は本当に自己紹介程度のコンテンツだったのだけれど、次第に面白くなってきて、今ではかなりの情報量になっている。

 今年になってホームページの名前を変えた。何にしようかと考えて、「あそびべはるの ここだけの美術館」とした時に、ここを私個人の資料室にしようと思った。他の人にはほとんど無意味な資料も少しずつアップしている。たぶんもう個人的な美術館など持てないだろう。そう考えた時に、ここは世界中からいつでも訪れることができる、個人のそれも作家本人が直接管理しているまれな美術館ということになるだろう。

 まぁほとんど代わり映えしないページだけれどね。ではでは


更新時間 : 23:15:35


8月11日 (水)


はる 1150
 八月も10日過ぎましたねぇ。暑い暑いといいながらも、秋はもう見えてますな。

 今日はもう寝ます。またあした。


更新時間 : 23:45:08


8月10日 (火)


はる 1149
 今日は4人のおば様たちと、信州まで楽しいドライブでした。どうもおつかれさまでした。高原でみる高山辰雄はまた格別でしたね。また出かけましょう。

 何をもって日本画というのか今ひとつ分からないところがあるのだけれど、高山辰雄さんの日本画はいいですね。日展の批判は若い人になればなるほど強烈だけれど、こうやっていいものを見せられると、何に所属しているかとか、何画を描いているかは関係ないね。「いいものはいい」ということだけだな。

 今日はここまで。


更新時間 : 22:48:25


8月9日 (月)


はる 1148
 何気なくラジオを聞いていたら、日本の食料自給率40?%アメリカは120%?でドイツやフランスは90?%だった。(確かなことはどこかで調べて)兎に角先進国といわれている国々の中で、飛びぬけて異常な数字だった。

 普通独立した国家なら、まず考えなければならないことは自国の国民を飢えさせないためにはどうするかというのが、一番最初に考えなければならないことだろう。どういった事情で日本はこういった自給率で済ましているのか、理解できないのだけれど、もし大きな天地異変が起こったなら、真っ先にこの国は飢えてしまうだろうな。

 考えてみると戦後我々の食料事情が驚くほどに変わった。我々の子供の頃はご飯中心の食事で、まぁ小学校の給食を除くとほとんど毎食ご飯を食べていた。他に食べるものも少なかったというのが大きな理由だけれど、まぁそれが日本の農業を支えていたことは確かだと思う。

 問題はとても深刻だ。だれも真剣にこのことを問題にしないことがとても深刻なんだと思う。大げさかもしれないけれど、この問題はこれからの日本がどういった国になろうとしているのかということも含めて考えなければならない大きなテーマだろう。

 解決策はないこともない。たぶんに意識の問題なんだろうけれど、我々の根底の中にある西欧的な生活をよしとする意識を変えることだと思う。西欧文明が日本に入ってきて約150年ほど過ぎた。その間の歴史はいかにアジア的な生活を捨てて西欧型の生活に変換するかということだったように思う。

 自分の中にも合理的な西欧型の生活にあこがれる部分も多いのだけれど、そこのところの意識を変えて、新しい今の日本人の意識にあった(ここが大切なんだけれど)カッコイイアジア型の循環する生活体系を作って行く必要があるだろうな。たぶんもう昔のままには戻れないだろうからね。

 ではまた

 


更新時間 : 23:27:35


8月8日 (日)


はる 1147
 さて、いつもの日常がもどって来た。

 きのう初めてきいたのだけれど、ここらあたりでは「雷三日」って言うそうだ。夕立があってごろごろと雷が鳴る、そういいった気象の変化は三日ほど続くといったことらしい。

 というわけで夕方絵の搬出に出かけるときに、家中の窓を閉めていったのだけれど、準備したときには、肩透かしを食うものだ。それにしても、朝夕はなかなか涼しくなってきた。秋が見えてきたようだな。

 今日は久しぶりにゆっくり新聞を読んだ。昨日のアジアカップのサッカーの話があったので気になっていた。オリンピックも近づいて何となくワクワクとさせられる。ミーハーのにわかファンだからね、私は。

 オリンピックのオープンセレモニーが面白い。たぶんアルベールビルだったと思うのだけれど、地上には足の長い人形のような人が踊っていたり、異形の生物がいたり、長い回転する歯車に人がのっていたり、空には機械仕掛けののような鼓笛隊が浮かんでいたり、西欧の見世物小屋的な雰囲気があって面白かった。それから毎回セレモニーだけビデオに録画している。まぁほとんどもう一度観ることはないけれどね。今回はどんなものを見せてくれるのか、楽しみだな。

 ではまた明日。


更新時間 : 23:55:40


8月7日 (土)


はる 1146
 どこの家系にもいわゆるハグレ者がいる。親父の弟はなかなかのハグレ者だったらしい。実際にどんなにハグレていたのか、直接的には知る由もないのだけれど、お袋なんかの話によれば「手がつけられないハグレ者」だったらしい。

 子供の頃によく言われた戒めは、「そんなことしてたら、叔父さんみたいになるでぇ」という一言だった。それがどんなことを指すのかよく分からなかったけれど、「へぇ、これはやってはいけないことなんだ」と何となく納得した。反対に「そういう叔父さんはどんな人なのか?」怖いもの見たさの興味が山のように膨らんだ。大体において「質実剛健」な家風である私の家に、そんな叔父が存在することが驚くべきことだった。

 30過ぎるまでグダグダしていた私は、結局のところ「なってはいけないハグレ者」になってしまったのかもしれない。きのうの続きのような話だけれど、十代の終わり頃に影響をうけたカウンターカルチャー(ヒッピー文化)は、結局のところアメリカの物真似で、本当のところは何にも理解していなかったのだけれど、自分の中にある「ハグレ者の血」に気付く動機にはなった。

 ユーミンの「イチゴ白書・・」という歌のなかに「就職が決まって、髪を切ってきたとき、もう若くないさと、君に言い訳したね・・」という部分があるけれど、私は髪が切れなかった方の人間になった。たぶん絵を描くというのは、私にとって「ハグレるため」の言い訳にすぎなかったのかなと最近思う。


更新時間 : 22:24:37


8月6日 (金)


はる 1145
 ありふれたたとえだけれど、天の底が抜けたような、凄まじい夕立だった。いつも不思議に思うのだけれど、あれだけの水がどこにあるのだろうか?あっという間に道路は水に浸かってしまったし、車の中から見る風景は、水中花のようにゆらいで見えた。これもこの地方独特の地形からくる風物詩だ。

 子供の頃にはあまり感じなかったことだけれど、あの「シャーシャー」となく蝉時雨は関西独特のものだな。あの声を聞くと夏休みのラジオ体操や宿題を思い出す。そういえばこちらではあまり蝉の鳴き声というのを聴かない。単独で「ミーミー」鳴いているのはたまに聴くのだけれど、「せみ時雨」といった風情ではないなぁ。

 昨日NHKのBSで懐かしいフォークシンガーの特集をやっていた。三上寛や加川良、小室等、陽水や高田渡などがゲストで出ていた。ちょうど私なんかがもっとも影響された世代で、中津川のフォークジャンボリーの話なんかがでていて懐かしく聴いた。

 懐かしいという感覚でもあるけれど、結局そこらあたりの感覚を未だにひきずっていて、大人になりきれていない自分を感じる。

 当時アメリカから決定的な文化的な影響を受けた。ビートルズやボブディランに代表されるようなカウンターカルチャー=ヒッピー文化というのかな、そういった前衛的な気分、雰囲気がかっこよく見えた。ベルボトムのジーンズに長い髪にひげというのがトレードマークだったな。未だにあまり変わらない・・。

 ここらあたりのことはまたいずれ書きましょう。では


更新時間 : 00:10:30


8月5日 (木)


はる 1144
 頼んであった「森本秀樹」さんの画集が手に入った。しかし、もう遅いのでまた明日。


更新時間 : 00:31:47


8月4日 (水)


はる 1143
 ボウボウしているわけにもいかなくて、いやいやながらも新しい仕事をはじめた。いつもこの時期は50点ほどの小品を集中して作る。

 まずパネルに適当な大きさに切ったぼろ布を貼ることから始まる。だいたい大きさは葉書だいからスケッチブックだいの大きさまで、アトリエの真中に陣取って、糊やはさみやカッターに大きなバケツに水を入れたもの・・。そんなものに囲まれて鼻歌交じりにひょいひょいと仕事を進めてゆく。

 子供のころ、切手をコレクションすることが流行ったことがあった。ちょうど東京オリンピックのころで、珍しい記念切手がぞろぞろと発売された。そういったコレクターの心理もあったのだけれど、実はもっと下世話な野心があった。たとえば誰も持っていないような切手はそれなりに高値で交換される、などということを大まじめに信じていて、小遣い稼ぎをしようと夢見ていた。そういったことを大まじめに特集した雑誌なんかもあったようだ。

 話を戻して、当時の小遣いなんて高が知れたもので、そんなにコレクションできるほど貰ってはいなかった。けれど近所のガキなんかは一人前にストックブックなるものを持っていて、綺麗にラッピングされた切手がうやうやしく並んでいた。これがめちゃくちゃうらやましかった。

 いつものことだけれど、兎に角よく観察して本物とそっくりに作るのだ。今から考えるといいかげんなものだっただろうけれど、厚紙に綺麗なぼろ布を貼り込んで表紙をつくる。背表紙には一枚厚紙を入れて閉じたときに綺麗に箱型になるようにする。などなど。

 三つ子の魂・・ということもあるけれど、「個のスタイル」というものはもうすでにあるものなんだと思う。新しく見つけるものではない。自分を深く知るということが、取りも直さず「自分の表現」となるのだろう。

 なんだかよく分からん。もう寝ます。


更新時間 : 00:27:00


8月3日 (火)


はる 1142
 俳句と短歌と川柳の違いも定かではない門外漢だけれど、言葉を捜すという意味では最近のコピーライターという仕事もやや近いのではないかと思う。それにタイトルを考えている自分の姿を重ね合わせる。

 俳句なんかはけっこう海外で人気があるそうだ。どういった感じで英語やフランス語で俳句をひねるのか想像するだけで楽しい。

 よく言われるのが、俳句でも最初は写生から始まるらしい。見たままを見えた通りに言葉に置き換える。「初雪やにのじにのじの下駄のあと」それだけでなんとなく雰囲気が感じられる。それから段々に自分の表現になってゆく。言葉は直接的だからどう取り繕ってもやがて地が出てくるだろう。(最近「一茶」を読んだので)

 ものを写している段階からどうやって自分の表現に至るのかとよく聞かれる。絵の話だけれどね。多くの人は、こんな風に考えていないかな。基礎の勉強をしっかりしていれば、やがてその延長上に自分の表現が見えてくるのだと。

 間違っているかもしれないけれど、それとこれとはまったく違うものだという気がしている。基本はあくまでも基本であって、その延長線上には熟練した基本しかない気がする。難しいけれど、「自分の表現」は気が付かないけれど、もうすでにすべての人が持っているものなのだ。それをどうやって「意識されたもの」にもってくるかということだ。

 表現者になろうと思うならば、絵を描くことと平行してそのことの訓練が大切なんだと思う。意識下にある様々な記憶や感情、そういった「あちらの世界」と自由にいったり来たりできる訓練が大事じゃないかな。行きっ放しにならないように注意が必要だけれどね。


更新時間 : 00:21:01


8月2日 (月)


はる 1141
 暑いなぁ。日本は熱帯になりつつあるのじゃないか?ちとおかしいぞ。
 
 父は59歳で亡くなった。今の感覚で言っても、かなり若い方じゃないだろうか。豪放な人物で涙もろく、直情型の人間だった。地方の公務員に職を得て、県内の色々なところの官舎に住んだらしい。らしいというのは、我々家族は神戸市内に住んでいたため、親父がどこで働いていたのか、よく知らなかった。今でいう単身赴任というやつかな。

 末の子供である私が学校を卒業した次の年に亡くなったのだから、生物の親としてある意味理想的な生き様だったのかもしれない。「今から自分の好きなことができるぞ」そう思ったかどうか、親父と面と向かって話をしたことがないので、本当のところはわからない。

 その時の感想は、人の一生というのはあっけないものだ。そんな突き放したような感情しか湧かなかった。自分も次第に親父の亡くなった年に近づいてきて、残された時間というものを意識することが多くなった。

 茫洋とした混沌の世界から、ある時何かしらの意思がはたらいて方向付けられ、「こちらの世界」に生まれてくる。「こちらの世界」は何だかやたらと忙しい。生きていくのが上手かったり、下手だったり、強欲だったり、まじめだったり。意思があるうちは休ませてくれはしない。やがて「あちらの世界」から時々お呼びがかかって、わけもわからなくなって、フッと消えて行くのがいいのかな。

 久しぶりに親父のことを思い出したのは、たりたくみさんの「育つ日々」を読んだからだ。ではまた

 


更新時間 : 22:25:31


8月1日 (日)


はる 1140
 八月だよ。

 「裸婦クロッキーの会」というのを、月一回もう10年以上やっていて、20人足らずの細々としたメンバーなんだけれど続いている。年齢も経験もばらばらで、まぁそういったことが一種の魅力になって面白い。

 ただずるずると続けるだけではメリハリもなくしまりもないということで、その発表会をかねた展覧会をやることになった。まぁこういった下絵っぽいものはあまり他で見せることもないので、そういった意味では面白いと思う。で連絡が遅くなってしまったのだけれど、今日搬入で午後から展覧会は始まっています。ご近所の方は観てやってください。

 裸婦クロッキー展
 2004 8/1~8/8(会期中無休)
 11:00~18:00
 画廊・三彩洞
 甲府市貢川1-1-12
 055-226-8393


更新時間 : 23:41:13



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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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