あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

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2004-4 - 2004.04.01(日記)
2004 4月
絵描きのぼやき
4月30日 (金)


はる 1059
 14年使ってきた掃除機が最後にブゥオンと雄たけびを上げて止まってしまった。こういった原始的な家電は少々のことでは壊れない。それをいい事にかなり乱暴に扱ってはきたけれど、それなりに主人の言う事を大人しく聞いてきた。

 こういった家電の故障のほとんどが、コードの接触不良ぐらいで、たたいたりつねったりして、だましだまし使えるものだ。けれど、今回のそれは全く違う、うんともすんとも言わなくなってしまった。ご臨終、寿命、というわけだ。

 というわけで、有名な家電量販店であるK電気に出掛ける。学校の体育館ぐらいある大きなスペースに、あらゆるメーカーの家電が所狭しと並べられている。お客は自分の懐具合と相談しながら、デザインやら使い勝手を見比べて、かってにキャリアーに乗せて精算するわけだ。こんなこと言われなくてもよくご存知か。

 前にこれも有名なオモチャの量販店に出掛けた時に感じたこととこだけれど、まるで倉庫の中いるような錯覚に陥る。確かにあふれんばかりのオモチャが床から天井まで並べられてはいるのだけれど、「オモチャやさん」ではないのだ。綺麗な箱に収まった商品でしかない。

 子供の頃、オモチャやは憧れの聖地だった。夢があってロマンテックな憧れを売っていた気がする。今のオモチャやはメーカーの販売店でしかない。店員さんはただの販売員でしかない。オモチャでも家電でもお惣菜でも同じなんだ。

 展示場にない商品を頼むと、むっつりしたおっさんが、さも「そこにある商品を選べや」とでもいいたげに、倉庫から商品をぶら下げて来た。彼らは自分たちの商品に愛着もないみたいだ。売れりゃいいのかね。それじゃ生きて行くのがつまらんと思うけれどな・・。


更新時間 : 23:17:42


4月29日 (木)


はる 1058
 全くの素人考えだけれど、もうだめだろうな。今の状態を見れば明らかにこの戦争は大義を見失って、迷走状態に陥ったようにみえる。ベトナム戦争の時とよく似て、大国の意地みたいなものが見え隠れする。

 事の起こりは9.11テロだったのだろうけれど、もっとも根の方は彼のパパの湾岸戦争あたりまでさかのぼる。怒られるかもしれないけれど、彼の顔には知性というものが感じられない。かの国の民衆は何故彼を選んだのだろう。大きな力をただ一人にゆだねるという危険性が、今回もろにでているように思うなぁ。いったいどう決着をつけるのだろう。

 ここまで来てしまうと、今すぐ撤兵したとしても、もうすでに大きな地獄を背負ってしまっただろう。爆弾落として町を壊して、市民を殺して、恨みかってもう滅茶苦茶。誰が何の権利があって人々の暮らしを壊すのか。分かってる?

 テロの報復でラディンさんのアフガニスタン攻撃までは、多少むりがあるけどしゃないか、みたいな気持ちは確かにあった。けれどイラクまで侵攻することは世界中の人は認めんと思うよ。そりゃちょっとこじ付けが過ぎるよな。どう落とし前つけるるんだろ。国連さん後頼みまっさじゃすまんぞ!

 で、少し話が変わるけれど、我々はボランティアとか慈善事業とかNGOとか、そういった自分たちの意志で活動することに批判的だ。自分たちの意識の中に「まず自分、余裕ができたら」という気持ちがある。自分のことも出来ないくせにとはよく言われることだ。

 しかし、何か違うなぁ、そうなのかなぁと思っていた。もしそうなら、だれも人のためになど動けない。そう思わない?例えば「暇になったら絵を描きたい」というのに似てないかい。時間は今作らなければ一生暇にはならん。

 今という日常の中に一生がある。そう考えると、今できることを出来る範囲でやるというのが「よりよく生きる」一つの方法のような気がする。

 戦争反対。
 


更新時間 : 23:09:54


4月28日 (水)


はる 1057
 ここのところ仕事もオサボリぎみ、だらだら本を読んで暮らしている。7月の個展にむけて準備しなければと思う気持ちが、藤沢周平に逃げてるようだ。今日もまた文庫本二冊買って来てしまった。特別面白いというわけでもないのだけれどね、なんだろう。

 自分たちの住んでる町を散歩がてらに歩いてみて欲しい。まず車の往来が頻繁にあって歩き辛いことがわかる。それからもっと大切なのは、街並みという概念がほとんどないということに気が付くだろう。

 戦後50年も過ぎて大方の住宅は立て直しの時期にきている。そういったことも関係しているのか、和風ありアメリカンタイプありヨーロッパ風アリの、何だかプレハブの住宅展示場のようだ。

 究極的にどう生きたいのか?ということだろう。よくは分かっていないのだけれど、・・風であってはいつまでたっても本物にはなれない気がする。日々の日常の延長が人生なのだから、・・風の家に住んでいる人は、死ぬまで・・風でしかない。

 よくわからん文章だ。また


更新時間 : 23:21:48


4月27日 (火)


はる 1056
 ネット仲間の小僧さんが入院する。前から腰痛がひどいとは聞いていたのだけれど、知らず知らずのうちにかなり悪くなっていたようだ。

 ある程度歳を食ってくるとだれでも、一つや二つ悪い所がでてくる。この間兄弟が集まった時もほとんど、そんな話ばかりだった。けれど、悪い事ことばかりではない。どこかに傷を持ったがために分かる痛さというものもあるのだ。

 小僧さんが書いたこの文章は泣けます。
  「ある計画」
http://www.enpitu.ne.jp/usr5/52586/diary.html
 再開待ってますよ。ではでは



更新時間 : 21:47:15


4月26日 (月)


はる 1055
 だいぶ日が長くなった。ここのところある事情で朝方の散歩はサボっている。そのかわりというのか、夕暮れ時に買い物も兼ねて歩いている。これもなかなか気持ちのいいものだ。

 朝の散歩はこれから一日始るぞという気分が強い。歩いている人も積極的に身体を鍛えているんだ、といった気迫が体全体からにじんでいる。けれど、この時間になるとそういった能動的な人はあまり見かけない。何となく手持ち無沙汰でそぞろ歩いているように感じる。気分にひかれた受動的な散歩だな。気分的にはそちらの方が私には合っているのかもしれない。

 ところで、ある事情というのは、とりあえずの絵の置き場所が見つかって、少しずつ引越しをしているからで、これはまた大変な重労働だ。昔っから体力には全くの自信はなかったのだけれど、これほど疲れるものだとは思ってもいなかった。

 まぁ今回も大家さんの好意でスペースを借りた訳だけれど、何時までもというわけにはいかず、いずれ何処かに終の棲家を探さなくてはならないだろう。後何年絵を描き続ける事ができるのかわからないけれど、何となく逆算してふと寂しい気持ちになった。

 閑話休題
 ナイトキャップに藤沢周平を読んでいる。時代小説などいままでほとんど読んだ事がなく、何となく馬鹿にしていたふしがあった。きっかけは、神戸に帰った時に駅のキオスクで何気なく手に取ったことから始った。これがはまった、奥が深い。名も知れない市井の人の日常を書いて、しみじみとした感情をおこさせるのは、今更ながら凄いと思った。

 ではまた。


更新時間 : 22:44:22


4月25日 (日)


はる 1054
 今日は今から、知り合いのうちにお出かけです。よってこれで終りかもしれませんね。時間があればまた。

 ではでは


更新時間 : 19:58:32


4月24日 (土)


はる 1053
 心配して電話してくれた人がいるので、断っておきましょう。ここで書いていることは、無論嘘ではありません。しかし全てが真実かと言われると??です。ところどころ面白おかしくオーバーに書いたり、フィクションも含んでいると思います。それでも尚且つにじみ出てくるものが、私のもって生まれた本質でしょう。そういったことを前提に読んでください。どうもありがとう。


更新時間 : 23:35:04


4月23日 (金)


はる 1052
 国展のオープニングパーティから今帰ってきました。皆はまだまだ二次会で盛り上がっているのでしょうか。

 大きな団体展になると、ほとんど顔と名前と作品が一致しない状態になってしまう。一年に一度こういったパーティに出席すると、そういった人に初めて会えたりして面白い。まぁ疲れますけれどね。

 さて、疲れたので今日はこれまで。


更新時間 : 23:34:59


4月22日 (木)


はる 1051
 色々な事がこの四月には起きる。まさに春の異変かな。

 長いこと善意で借りていた倉庫(ありがとうございました)が、都合で明渡さなくてはならなくなった。絵描きに限らないのだろうけれど、ものを作っている人間にとって作品を置いておくスペースはどうしても必要だ。小さいものなら何とかなるのだけれど、2メータ近くの作品は溜まってくるとどうしょうもないお荷物だ。この際思い切って半分ぐらい処分しようかとも思っている・・。いつまでもどうしょうもない駄作を背負っていても仕方がない。ちょうどいい機会かもしれないな。

 さて、もう一つはこれも似たような話だけれど、借りていた駐車場が大家さんの都合でだめになった。とりあえず車の置き場所を探さなくてはならなくなった。

 自分だけなのかな。こういった予期せぬ出来事が続いて起きてくると、たちまちパニックに陥る。憂鬱な気分になる。頭のどこか片隅がボーッ重くて痛い。えい!なにくそという反発力がない。まことに度量が狭くて我ながら情けない。

 
 明日は国画会の懇親会だ。一年ぶりに会える人もいるので多少楽しみでもある。こういった団体展のいいところでもあるだろう。憂鬱な気分を晴らしてこよう。


更新時間 : 00:05:31


4月21日 (水)


はる 1050
 どうやら回復したようです。昨日のつづきです。

 小学校の校庭から淡路島が見えた。まだ時々蒸気機関車が黒い煙をあげて走っていた頃で、あの哀愁のある汽笛が時々聞こえた。

 淡路島には両親の実家があって、子供の頃は夏休みになると結構長くお世話になった。当時私の住んでいた舞子も町とは言えなかったけれど、田舎といえばそこで暮らした夏の日のことを思い出す。

 連絡船の港のある岩屋につくと、みんな一斉に走り出した。出来るだけ前の方の席を確保するためで、よくはわからないけれど、運転席に近い方が酔わないと信じられていた。本当はどうなんだろうか、不思議なことに大人になると次第に車酔いもしなくなったので、そこのところは分からないな。

 未舗装の田舎道は、本当に天井に頭をぶつけるほど弾んだ。小さかった私は当然のごとく気分が悪くなって、いつもゲーゲーやっていた。田舎に行くのは嬉しかったけれど、船やバスに揺られるのは辛かった。

 当時の淡路島はひなびた漁村が点在する田舎だった。今でもそう変わりはないけれど、瀬戸大橋が出来て変わったことといえば、道がきれいになったということだけだろう。ということはこの島はただの通過点の町になってしまったということだ。


 今回ついでに四国の徳島まで渡って、例の大塚国際美術館なるものを観た。全てがイミテーションということで、最初はかなり馬鹿にしていたのだけれど、嘘もここまで大規模につけば感動的だ。言ってみれば東京ディズニーランドとか、その他のテーマパークと同じで、充分楽しめた。

 うたい文句は「千年経っても変わらない」ということだけれど、どうなんだろう。どんな名画でも、価値のある物でも、時のふるいは避けられない。時間が経てば次第に朽ち果ててゆく方が自然でしょう。とすれば今を永遠に残そうとしたこの物たちは、実に不思議な物だな。時間が経てばたつほど本物からかけ離れて行く物ということになる。

 今の日本がいずれにしても、西欧の亜流、アメリカの亜流、文化も芸術もすべて亜流を模索しているのだから、こういった美術館も認めてもいいのかもしれないね。


更新時間 : 21:06:13


4月20日 (火)


はる 1049
 小学校の校庭から淡路島が見えた。まだ時々蒸気機関車が黒い煙をあげて走っていた頃で、信じられないかもしれないけれど、小学校の修学旅行はSLで三重の伊勢志摩だった。

 淡路島には両親の実家があって、子供の頃は夏休みになると結構長くお世話になった。当時私の住んでいた神戸も町とは言えなかったけれど、田舎といえばそこで暮らした夏の日のことを思い出す。

 続きはまた後で。


更新時間 : 21:24:02


4月19日 (月)


はる 1048
 帰りました。

 少し留守にしました。その間、また色々なことがあったようですね。五人の人質が解放されました。とりあえずはめでたいことです。

 日本のような平和なボケた国にいて、コタツに入ってあいつが悪い、生意気だ、騒がせた責任とれ、なんて大騒ぎだけれど、「あんたに言われたくない」と思うだろうな。

 私はへそ曲がりだから、世論というものの反対を支持したくなる。捕まったのは計算外だろうけれど、自分の信念でやっているならば、死ぬまでやるしかないと思うけれど、違うのかな。だからある意味助ける必要もない。彼ら自身「助けてください」なんて誰も言っていないもの。

 この件はしばらく、また週刊誌のネタにされるのだろう。

 それにしても疲れました。それゆえ今日はここまで。


更新時間 : 20:43:16


4月18日 (日)


はる 1047
 今日はまだ神戸の実家にいます。こっそりとパソコンを借りて日々好日を更新。

 金曜日に京都の仁和寺で今年最後のサクラを見る。天気が良すぎて,汗ばむ陽気。花見の雰囲気ではないね。そのまま神戸に直行。

 次の日、徳島まで渡って大塚美術館なるものを観る。これはなんというものなんだろう。全てがイミテーションという世界でもまれな美術館だ。それにしてもローマのバチカンのシスティーナ礼拝堂のミケランジェロの大壁画や、パドバのスクロベェーニの礼拝堂のジョットの壁画、ダビンチの最後の晩餐が実物大の空間にその場に存在することに全く持って驚いた。このことはまた帰って続きを書きましょう。

 明日帰ります。ではでは


更新時間 : 17:35:16


4月14日 (水)


はる 1046
 今日はまだ学校に残ってます。まぁ今日も疲れました。一応これで今週の仕事はおしまい。来週から本格的な授業になります。第一印象は年々年齢的なギャップを感じます。

 この週末は関西への小旅行です。楽しんで来ます。それゆえ更新が滞るかもしれません。あしからず。ではでは


更新時間 : 21:09:51


4月13日 (火)


はる 1045
 今学期最初の授業。久しぶりにフルタイムで働いた。一年間彼らと週に一度顔を合わせる。人間だから相性もあるのだけれど、「おれはお前が嫌いだよ」とは言えない微妙な立場にいる。まぁみんなまっさらな新鮮な気持ちでやり直そうとは思ってはいるのだろうけれど、嫌なものは嫌なんだ。

 昨年新採用の先生が40人以上適性がないということで止めている。まぁ20年前の私も同じようなもので、それに関しては何も言えないけれど、少し私の言う事を聞いてみて欲しい。

 教員は人間関係が全てだ、だから一度自信をなくしてしまうとなかなか回復する事が難しい職業だ。子供は正直だ、弱い所は徹底的についてくる。崩れてしまった人間関係を立て直すことは難しいな。

 白黒はっきりつけられる、明朗で楽しい先生はいい。体育会系の先生はいつも生徒にも受けがいい。とにかく分かりやすい、はっきりしている、考え込まない、そんな先生が羨ましいでしょう。でもそれって性格だものなぁ直しようがない。人生ってそんなに単純なの?それでいいのか?なんてね、いいたくなるでしょう。

 今だから言えるけれど、そういった優柔不断な熟考方のはきはきしていない、そんな先生がいてもいいと思うよ。障害のある先生もいるべきだ。若い先生も年取った先生も女の先生も男の先生も、色んなタイプの先生が一つの学校にいた方がいいのだ。だから、そういった適性が今ないと悩んでいる先生方に、できたらもう少し我慢して、自分なりの適性を身につけて欲しい。きっとそういった先生はある生徒たちにとって必要な先生なんだから。きっと素晴らしい教師になると思うよ、時間は少しかかるけれどね。

 でもまぁそれでも駄目だったら、やめた方がいいでしょう。命がもたないなら。「人生いたるところ青山あり」だからね。

 疲れました。また


更新時間 : 23:06:03


4月12日 (月)


はる 1044
 明日から新学期。今日は憂鬱で何も出来なかった。またね。


更新時間 : 21:19:35


4月11日 (日)


はる 1043
 今乗っている車は、二年前事故った時、いつもお世話になっている例の修理やさんが善意で探してくれたものだ。たまたま前に乗っていた車種も年式も全く同じもので、偶然かもしれないけれど、その好意に感謝した。

 車検制度は日本独特のもので、他の国では車はボロボロになるまで使い切って終わる。安全は自分たちの責任で、国がとやかくお節介やくものではないらしい。不安なら自分で保険をかけるなり、修理にお金をかけるなり、頑丈な種類の車にするとか、色々方法はあるのだ。とにかく基本になるのは、人に色々指図は受けないけれど、文句も言わない。最低限自分の安全は(命)自分で守るという「自由と独立」の精神だと思う。

 日本の健康保険制度や年金制度、最近の介護保険制度などをみていると、この国は何処へ行こうとしているのかと少々不安になる。我々貧乏人には涙がでるほどありがたいはなしだけれど、どう考えてもこの先、団塊の世代が働かなくなれば立ち行かなくなるのは見えている。

 我々の先輩が血を流して獲得してきたものは「個人の尊厳=自由と独立」なんだろう。それが犯されるなら生きなくてもいい、そのくらいの気概が必要だろう、あわよくば国のお世話になって生き長らえていようなどという発想は、とても貧しい。

 私が言うのお門違いかもしれないけれど、何に命をかけるのかそれは自由だ、だから最後まで戦ってほしい。


更新時間 : 00:51:28


4月10日 (土)


はる 1042
 昨日に引き続いて夜更かしだ。午前様になってしまった。

 ジャック・ニコルソンとダイアン・キートンの「恋愛適齢期」なるダサイ邦名の映画を観る。そういえば昨年のニコルソンの映画(アバウト・シュミット はる751)でこんな事を書いた。

(この映画は彼一人のために撮られた映画だ。いってみれば彼がこの年になるのを待って撮られた映画だということができるだろう。一人の優れた俳優は、ただ単に年取った老人ではないということだろうか。彼はこれからも我々に心に染みとおるような映画を作ってくれるだろう)

 この映画はそれに答えるようないい作品だった。ラブコメディという分野なんだろうけれど、自分たちも歳が近いということもあって、けっこう笑えたし、泣けた。下品でいやらしいおっさんの役をやらせれば、彼は一級品だな。ダイアン・キートンが無茶苦茶オシャレでかわいいおばさんを演じていた。それを見るだけでも観に行く価値はある。☆☆☆半

 若いときは一度しかない何ていう、けれど老年も一度しかないのだな。一回きりの人生という意味では対等だろう。人生はいつまでたっても現役で、死ぬまでリタイヤすることはない。そんな事を感じた。

 

 


更新時間 : 00:49:20


4月9日 (金)


はる 1041
 新興の住宅地だったということもあるけれど、近所には同じような洟垂れ小僧がたくさんいた。遊ぶ場所というのが大体決まっていて、溜まり場の庭は小さな運動場のようであった。そういえば、子供が集まって遊んでいるといった風景を見なくなったなぁ。子供たちはテレビの前でファミコンゲームでもやっているのだろうか。

 話が横道にそれてしまった、元に戻す。同じ歳の同級生が三人いた。Sちゃんの話はよくでてくる。私設電話の時にもでてきたし、最近では昨年の個展のときにお世話になった。もう一人の同級生のNくんは小学校の6年の時に、父方の実家のある和歌山に引っ越してしまったので、途中で記憶が途切れてしまっていた。最近時々N君はどうしてるのかなぁとよく思う。

 Nくんはなかなか多面な才能を持っていた。一つは漫画がとても上手かった。スイスイと何も観ないでアトムから鉄人28号まで、色んな状況をストーリーを変えて描き分けることができた。これは当時の子供の領分ではかなりポイントが高かった。

 もっと凄い才能は、いつでも本当の涙を流して泣く事ができた。「嘘やろ?ほんまやったらここでやってみぃ」と皆が注目しているそのなかで、何を考えていたのか、一点集中してポロポロ泣き出した。今から考えると根っからの役者だったのかもしれない。

 N君のおばさんは、そういった彼の才能が疎ましいようだった。学校の勉強が出来ないという事が、とても辛いらしく、最後の頃は我々子供たちと遊ぶのさえ制限していた。

 そうそう、こんな事があった。Nくんのうちは大きくて沢山の部屋があった。当時忍者ゴッコがはやっていて、家で遊ぶ時はよくNくんのうちへ行った。よくおぼえてないのだけれど、私は家の鴨居の所に忍者になって張り付いていた。そこにNくんの親父さんが帰ってきて、私の目の前で着替え始めた。だいぶたって私の存在に気が付いて、ばつ悪く天井の上から挨拶したのを覚えている。私も怖かったけれど、親父さんはもっと驚いただろう。またそれた。

 演歌歌手が歌い始めると段々に集中してくると、涙目になってくる。役者なんかでも本番の何時間前から役に入り込んでのぞむそうだ。人に何かを伝えることはなかなか難しい。

 昨日知り合いが詩の朗読会をやるというので出かけた。ほんの10人も入れば一杯になるようなスペースで、手元だけボンヤリ明かりをともして、ゆっくりと読み始めた。若くして戦死した反戦詩人の詩で、昨今の事情を考えるとタイムリーな気がする。むろんそれだけではないのだけれど。少し泣けた。
 (竹内浩三) http://www.yomiuri.co.jp/bookstand/syohyou/20020204ii01.htm

 私は詩が分からない、ぼんくら野郎だ。明らかにこれが詩だ、という詩はわからない。表現された歌だというなら、なんとなく分かる気がする。いい文章というのも分かる気がする。

 分かって欲しい。これを伝えるんだという気持ちさえあれば伝わるように思う。絵も一緒だろう?どうだろうか。
 
 


更新時間 : 00:49:22


4月8日 (木)


はる 1040
 今日は来客があって、今になってしまった。
 もう眠いので寝ます。


更新時間 : 01:06:43


4月7日 (水)


はる 1039
 アトリエから国画に出品する絵を追い出した。こいつがあると仕事が次に進まない。本当はもう少しながめていたいところだけれど、いつまでやっても切りがない。もうやめたやめた。後はどうでもきゃーなろたい。私の範疇は越えました。この日曜日に赤帽さんが取りに来て、月曜に都美術館に搬入です。

 最近の若い人は無所属で活躍する方も多い。ある意味こういった公募展は日本独自の形で、徒弟制度や家元制度のなごりを感じさせる。その団体の重鎮や学校の先輩とのつながりが鬱陶しくて、才能と度胸とやる気のある人は、あえてこういった団体展に出品してこない。まぁどういったやり方でも構わないと思う。モチベーションとしてやりつづけて行けるなら、どんなやり方でもいい。個人の考え方しだいだけれど、芸術、表現、活動ということを考えてゆくと、こういったやり方はいずれはなくなって行くのではないかと思う。

 話は変わるけれど、若い頃は自分たちで上野まで運んだ。その方が断然安かったからで、今から考えるとけっこう危ないこともあった。途中車から煙が出たなんてこともあったな。行ったことがある人なら分かってもらえるだろうけれど、昼間の首都高速は田舎から出てきたドライバーにとって、ジェットコースターのようで恐ろしい。渋滞でのろのろ運転の方がまだましだ。トロトロ走っていると余計に危ないしね。道も途中で車線変更が右左、間違うととんでもない所にでてしまう。上野と銀座だけは車で行けたんだけど、もうだめだろうな。

 個展も最初の頃は、車に日常生活道具を積み込んでウィークリーマンションとかに一週間泊り込んだりした。日産のワンボックスタイプのキャラバンで、こういった一切合財持込で旅をしている感じはロマ族やジプシーのようで、ある意味楽しかった。自分たちにとっても一年に一度のお祭りみたいなもので、とてもそれだけじゃ生活なんて出来なかったけれど、面白かったな、あれから20年もたってしまった。今でもあまり変わらんけれどね、基本的には・・。

 さて、夏の個展にむけて楽しみましょう!ではでは



更新時間 : 23:35:37


4月6日 (火)


はる 1038
 午後から車検のため、いつもお世話になっている修理工場に愛車をとどける。ここの社長とはもう長い付き合いで、私が最初に車を持ったときからの腐れ縁だ。車など運転したくないのだけれど、ここでは仕方ない。

 その後新学期の準備で学校に顔をだす。この時期の学校は新しい先生や公務分署が変わってバタバタとしている。私はもう20年もここにいるので、いつのまにか古株の教師になってしまった。何という事はなく過ぎてしまったけれど、20年は夢の如しだな。

 又明日。

 


更新時間 : 22:43:03


4月5日 (月)


はる 1037
 掲示板にも書いたけれど、メールマガジンポイものをだそうかなと考えています。あくまでもポイってところがみそですけれどね・・。トップのところからそのサーバーに入れますので、よかったらよろしく。

 本格的な(まぐまぐ)をつかったマガジンも考えてはいたのだけれど、自分が今登録しているマガジンもほとんど読まない。解除しょうとしたけれど、パスワードを忘れていたりで結局そのままになっている。他の人はどうなんだろう、こういったメルマガを読んでる人っているのかなぁ、よくわからない。あまり面白いとも思えない。糸井さんの「ほぼにちデリバリー」も最近は読んでなかったものなぁ。あれはグレードの高いメルマガだけれどね。それさえ読まない。

 そんなこともあって本格的なメールマガジンに踏み切れないでいた。週刊でこの「日々好日」を編集してメルマガにするかと考えていたのだけれど、その労力を考えるとこれまた二の足を踏んでしまった。何を今更メンドクサイというのがその理由だ。

 かまえないで、気楽に考えて、いい書き物が出来たら発表する、そんなシステムがあればなぁと思っていた。あくまでもコンセプトは「おき楽」で行きたい。

 そんな訳で続くかどうか多少心配ですが、よかったら登録してくださいな。多分ケイタイのメールでも大丈夫だと思うので、そんなのも面白いかなと思います。嫌な思いをしたくないので、登録・解除だけは簡単にできるようですよ。

 ではでは


更新時間 : 23:24:32


4月4日 (日)


はる 1036
 昨日久しぶりにTVを観た。昨年の浜松のピアノコンクールのドキメントで世界中から多くの若者が、このコンクールを目指してやって来ていた。多くのことは良く知らないのだけれど、こういった国際コンクールが日本の小さな地方都市で開かれることはあまり聞いたことがない。西欧のクラッシクの伝統そのものが150年ほどしかないわけだから無理もないのだけれど、だからこそ息の長いスタンスが必要だろうな。

 最近は色んな国際コンクールで日本人や韓国人などのアジア系の若者が上位の賞を取る事が多い。今回も留学先からこのコンクールのために帰国していたけれど、やっぱり基本的には経済的に余裕がなければ続けられない仕事?だろうな。

 天才的なジャズピアニストのバドパウエルのレコードを聞いていると、かすかに唄っている声が聞こえる。ジャズなんかでよく言われるのが唄えないフレーズは演奏できないということだ。本当かどうかしらないけれど、クラッシクといっても究極的には人の歌なのだから、その国の歌が唄えない人間には本当の所は分からない気がしていた。

 クラッシクの演奏家がどれだけその曲を理解して自分の表現までに持っていくか、というようなことをやっていたけれど、なるほどそうやって考えれば新しい解釈はいくらでもできるわけだ。まぁ東洋人である我々が感じる新しい歌であってもいいと最近は思う。

 絵は鏡だ。そこには自分の心が映っている。というのであれば、音楽も一緒かもしれない。いいと思ったのはそこに何かを聴いたのだろう。
 
 


更新時間 : 22:53:20


4月3日 (土)


はる 1035
 何をしていたのだろうか?また一日終わってしまった。では又明日。


更新時間 : 23:37:39


4月2日 (金)


はる 1034
 どうやらなんとか、更新もできるようになりまして、一件落着です。いつも思うことだけれど、例えばほんの小さなトラブルでも、先が見えないときは「これはひょっとすると取り返しのつかないことになってしまったのではないか」とあせりまくる。後にそのトラブルが解消してからみれば、本当にどうでもいいような簡単なことだったりすることが多い。分からないということはそういうことなんだな。

 人が機械と交信するためには、人間の言葉を機械のことばに翻訳しなければならない。今では簡単にこうやって文章を綴ってはいるけれど、一昔前では考えられないことだ。昔、駄菓子やに紙テープにランダムに穴が打ち込んである奇妙なものが売られていたけれど、今から考えると紙の記憶テープみたいなものだったのだろう。例えば点を一つ穿つと「あ」だとか、二つだと「い」とかいうふうに決めて、機械と情報交換するわけだ。当時の雑誌なんかでも「キーパンチャー」(そういったテープに穴をあける専門の職業)が都会の女性の職業の花形のように描かれていた。

 学校の先生は自分の机に鉄筆とやすり版は常備していた。これで蝋原紙に文字を刻むのが、日常の先生の仕事のように思っていた。テストもほとんどがこういった手書きの謄写版印刷で、インクの匂いがプンプンしていた。和文タイプなどという気の遠くなるようなタイプがあって、父兄に向けたあらたまったプリントなどは一字一字活字を拾っていた。今は誰もがパソコンか少なくともワープロを持っている。

 コンピュータも出てきた当時は扱いづらい機械だった。ベーシックなどという辞書みたいなマニアルが付随していて、これを傍らに置いてひきながらやっていた。手ごろな値段でワープロが出てきた時には驚いた。あっという間にパソコンに淘汰されてしまったけれど、私がいまやっているHPの作業などは、ほとんどワープロの感覚からぬけていない。

 なんだか取りとめもない話ですんません。またあした。


更新時間 : 22:55:31


4月1日 (木)


はる 1033 
 四月です。
 工事終了。快調に繋がりました。それでもまだ更新が上手く行きません。難しいことです。しばらく「胡蝶の夢」を見ていてくださいな。

 額をつけるときに重なってる古い作品に目が行くのだが、久しぶりに「胡蝶の夢」を見たら、これはこれでけっこういいなぁと思った。写真をとって今回のトップにさらしたけれど、全体で見るよりこうやって部分を見たほうがいい。こうやって半年も経てば客観的にみれるようになるのに、出来立ては全く何も見えていない。

 今日は野暮用で一日つぶれました。疲れた。ではまた。

 

 


更新時間 : 21:47:00



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