あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

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2003-11 - 2003.11.01(日記)
2003 11月
11月30日 (日)


はる 922
 今日で11月も最後ですね。早かった。

 一日個展の後片付け。アトリエに山積みになっている作品を何とかしなければ作業もできない。梱包発送作業、礼状のはがきを印刷しながら、東京展のDMもそろそろ郵送の準備にかからねばならない。東京展の額合わせ、額の注文などなど。一年間のうち一番忙しい時期かもしれんなぁ。合間を見て、まだ少し絵も描きたいし・・。

 閑話休題
 H2ロケットが打ち上げに失敗した。あぁ日本の技術力はまだそこまで高くないのか、それならばわざわざお金をどぶに捨てるようなことをしないで、同じだけのお金でアメリカにでも衛星を上げてもらえばいいじゃないの、という話になる。お金が無いわけじゃないんだからという訳で、今多数決を取ると案外それがすんなり通ってしまうかもしれない。技術立国を目指していた国が、これを手放してしまうと、また従属てきな時代がくるだろう。一度無くなってしまった技術は二度とは復活しない。

 この話は、例えば日本は住みづらいからどこかもっと住みやすい外国に移住するとか、何かそれ風なものを持ってくるということと似ている。どう上手くとりつくろっても、借りてきたり、真似したものは本物ではないのだ。自分たちの本当の力にはなりえないのだ。

 何だろう、すごく憂鬱になってきた。


更新時間 : 00:00:08

11月29日 (土)


はる 921
 少し恥ずかしい話しなんだけれど、今全国的に市町村の合併話がすすんでいて、何がなんだか分からないうちに新しい市の名前になっていく。全国でも珍しいカタカナの市が誕生して話題になった。「南アルプス」というのは、多分ヨーロッパのスイス近郊の話だとばかり思っていたけれど、突然にょっきりと近く出現してきた。あら恥ずかしや!

 何でも住民投票で多数決で決めれば民主主義というのは、悪しき方法ではないのか。好き嫌いだけで物事を決めて行くと百年の計を見失うおそれがある。そうやって戦後浅はかな民主主義をやってきたから、こうなってしまったのではないか。

 紺屋町とか鍛冶屋町など、美しい町名があるのにもかかわらず、山の手通り一丁目などという何の根拠も無い町の名前になっていく。そのうちにキティちゃん町とかロンドン村とかが出てくるかもしれない。

 さて今日は一日雨だった。ではまたあした。
 



更新時間 : 23:20:32


11月28日 (金)


はる 920
 午後から昨年度、私達がやったような「街中活性化」のイベントを見に出掛ける。空き店舗を利用した個展やグループ展だったけれど、それはそれは、ききしにまさる寂しい状態だった。我々の頃は二月の寒い時期だったので、お客さんがすくないのもそのせいにできたけれど、今は歳末商戦真っ盛りのころだからなぁ、たぶんこの企画もこれで終わってしまうのではないかと思う。

 元来が閑古鳥が鳴いている街中で、美術館でやってもなかなか人が来ない展覧会をやっても、何をかいわんやだ。街が死んでしまったのを再確認しただけだ。これはもう何をやってもだめかもしれない。

 毎年多くの日本人が外国に出かける。特に西欧の街はどんな小さな町でも、それなりに美しくロマンチックな雰囲気がある。だからといって、そういった街をそっくり真似をして「スペイン村」や「オランダ村」をつくっても結局は、すぐに見飽きてしまう。一時のリゾート地のように無残な残骸をさらすことになる。

 何かが違う。オシャレとかセンスというのは文化だと思う。これには長い長い時間が必要なんだろう。根本に流れている考えは「生きる事を楽しむ」ということじゃないかと思う。楽しむといえば何か遊びの施設が必要とかんがえるけれど、そこからが違う。ただ街中を歩くこと、おしゃべりする事、人をみることそういったこと全てが楽しむことなんだな。生きる事全てが有機的に結びついて「楽しんで」いる気がする。

 つづきはまた。


更新時間 : 00:32:52


11月27日 (木)


はる 919
 「少年の日の思い出・微熱」
 満ち足りている時には人は気付かない、失って初めて分かる事がなんと多い事か。知らないなら一生気づかないで生きて行けたら、それはそれで幸せな人生かもしれない。

 今から考えると、子供の頃何だかんだと嘘をついて学校を休んだ。我が家は質実剛健の家風で、両親とも子供たちにはほとんど甘い所は見せなかった。私は五人兄弟の末っ子で、兄貴たちからすればひ弱で、どうしょうもない甘えん坊のように思われていた。(自身そんな記憶はまったくないのだが、そんなものかなぁ)ただ病気の時だけは、けっこう甘えさせてくれたので、それをいいことに仮病で学校を休んだ。

 学校を休むと、午前中はなんだか嬉しかった。休んだことで一日休日が増えたような気になってウキウキしていた。ところが昼ご飯も過ぎ、午後になってくると段々後悔しはじめる。小さいながら良心が痛むのだ。

 


更新時間 : 00:54:05


11月26日 (水)


はる 918
 昨日は久しぶりに怒鳴ってしまった。足で床をけり、黒板を思いっきりぶったたいたら、展示してあった掲示物がみんな飛んで落ちた。一日手の指がしびれていた。この時期になって生徒が落ち着かないのは、多分に担任の性格にもよると思われる。まぁ私の許容量のなさが一番の問題なんだろうけれど、どうもだらしなくルーズになってきている気がしたのだ。見て観ぬふりをしておれば何とか済んでしまうことなんだけれど、昨日は何かがプチリと切れた。

 週休二日になって、月曜が振り替え休日になると三連休などという、とぼけた休みがやたらに多い。子供たちは休日をゆったり過ごすそうだけれど、おじさんたちはリストラで仕事がないそうだ。どこかチグハグじゃないかい。日本人は勤勉でこつこつ働くだけがとりえだったのに、最近のガキは暇そうだぞ。人のこといえた義理じゃないけれど。

 連休明けの生徒はなんだか落ち着かない。不思議なもので私が疲れて元気がないとき、生徒はルンルン浮き足だって調子にのる。今日は締めて行こうとかまえていくと、意外に静かだったりするのだ。生徒も人間で生き物だ。バカヤロウ~。

 ではまた。


更新時間 : 00:40:46


11月25日 (火)


はる 917
 地元の個展は、観る人にとって、作者の息吹が感じられて面白いようだ。ほとんどの生活をここで過ごしているわけだから、当然見たり聞いたりする機会も多く、身近に感じてもらえるのかもしれない。多くの人に来ていただきました。ありがとうございました。

 今回特に感じたのは、「ことば」と「いろ・かたち」によって喚起されることが多いということだ。絵は色と形の遊びのようだけれど、それにことばを付けることによって、イメージは少し限定されるけれど、急激に具体的な表現力を持つ。今回のテーマであるところの「こしかたのき」ということから、自分たちの生きてきた半生を振り返って、「ここまできたけれど・・」「これからどうするか」と考えるきっかけになれば、少しはやった意味がある。

 ありがたいことに、私が表現しょうと思った以上のことを、絵から感じているようだ。「あぁそうなのか、」と思う事も多い。結局、「見ても観えず」「聞いても聴こえず」、人はその立場にならないと本当には理解できないのだと思う。私の絵を観ているようにみえるけれど、実は自分の「心の中」を観ているのだ。

 

 


更新時間 : 21:16:01


11月24日 (月)


はる 916
 甲府・個展終了。
 ありがとう御座いました。


更新時間 : 23:08:28


11月23日 (日)


はる 915
 個展八日目終了。
 明日の五時で終了です。まだの人はお早く来て下さい。


更新時間 : 22:25:49


11月22日 (土)


はる 914
 個展七日目終了。
 すみません、今日も失礼します。
 又明日。


更新時間 : 00:11:04


11月21日 (金)


はる 913
 個展六日目終了。
 今日は疲れました。またあした。


更新時間 : 00:42:46


11月20日 (木)


はる 912
 個展五日目終了しました。

 ギャラリーの窓から、向かいの大きな銀杏の樹が見える。いつもならちょうど黄色に染まった葉を、道路一面にまき散らしているのだが、今年は紅葉もせずまだ枝についている。少し季節がずれているようだ。

 今日はここまで、また明日会いましょう。ではでは。


更新時間 : 23:18:45


11月19日 (水)


はる 911
 個展の中日で今日はお休みでした。まぁ火曜日と水曜日はパートタイムの仕事が入っているので、会場に行けないのでちょうどいいかな。

 東京のJアートギャラリーが閉廊するということを聞いた。そんなに詳しくはないのだけれど、現代美術系(この言葉もおかしいのだけれど、ようするに、普通の風景や人物を描いた物ではない作品)の画廊では老舗だった。

 多くの美術系の大学や専門学校があって、毎年かなりの数の卒業生を排出する。それらのOB,OGたちは、ほとんどの場合絵を描くことを止めてしまう。まぁそれだけ多くの画家やデザイナーは必要ないと言ってしまえば、そのとおりなんだけれど、若干の寂しさを感じる。

 だいたいにおいて、学校に入学した時点で、絵を描くことを卒業してしまう人が多い。もっと手っ取り早いインスタレーションや立体の方にいってしまうようだ。そういった作家が東京で発表する場として、Jアートギャラリーがあったのだけれど、多くの現代美術系の画廊と同様に、長く維持するのは難しかったようだ。

 アートをやる人は売れるまでどこかでアルバイトして、展覧会は赤字覚悟でやっていくというのが、普通のやり方なんだけれど、こういったやり方は、志として夢があるけれど、若いときはいざ知らず、いずれ破綻してしまう。

 アメリカは現代美術のメッカだ。そうなるにはそうなるだけの理由がある。美術においてもヨーロッパに遅れていると、劣等感をもっていた。それ故に多くの科学者などと同様にヨーロッパで異端としてはじかれた作家を受け入れた。モンドリアンやその他バウハウスの作家たちもそうだ。そのためにかの国はいつのまにか新しい芸術のメッカに成長した。

 かの国は多くの独善的な醜いところもあるけれど、そういった意味では「新しい芸術に」寛容なところがあって、多くの若い作家が魅力を感じているようだ。とにかく、作家が作家として(作品を売ること)でなんとか生きてゆける土壌があるのはうらやましいと思う。無論、作家側もそれなりの努力は必要なんだろうけれど、それをささえるコレクターの存在を忘れてはならない。

 つづきはまた。


更新時間 : 19:52:13


11月18日 (火)


はる 910
 個展4日目終了。
 だいぶ疲れてきました。
 明日はお休みです。


更新時間 : 20:47:10


11月17日 (月)


はる 909
 個展三日目が終わりました。

 「日本が自衛隊をイラクに派遣するならば、東京を攻撃する」という警告はしごく真っ当な論理だと思う。無論私はイラクの方を持つ者ではない。けれど日本のように「戦争を放棄する」と憲法で掲げている国でなければ、当然やられたらやりかえすぞと警告するだろう。たとえそれがはったりだったとしても当たり前の反応だ。

 反対に言えば、殺されても反抗しません、やりたいだけどうぞ。なんていう人間はアホだ。生き物としてそんな生き物は生存する資格もない。自分を含めて愛するもものが、犯され殺されるのを指をくわえてただ見ているだけ、などという人間は生きる資格も無い。

 大体において最低限守るべきものというのがあるだろう。それがおかされるのならば、命をとして戦うべきだ。いやたとえそれが勝ち目が全く無いとしても、ただ見ているよりましというものだ。

 そういったことのリアリティ抜きに簡単に「アメリカの戦争」に加担してしまった(平和な国)が問題なんだ。根本的には自分たちの命は自分たちで守る、これが大前提だ。何処か他所から来た国が本気になって(自分の命をかけて)守ってくれる事を期待するほうがおめでたい。

 私は今の憲法の理念は大好きだ。「人類の理想」を声高々に唄っている姿は神々しくまばゆいばかりだ。けれど実際的現実的ではない。こういったことは、よくは知らないし、詳しくも無い。全くの素人かんがえだということを断って書いてみる。

 理念はそれでいいのじゃないのか。「戦争の放棄」素晴らしいじゃないの、世界中がそうなってくれれば何も問題はない。憲法で理想を語ってはいけないのか?そりゃ現実にはそうはいかないのは充分知っている、けれどそうあって欲しいという理想を国のレベルで掲げてもカッコイイと思う。ただし、その理想を壊そうとする者、事には命をとして戦うというので矛盾ないと思うけれどどう?



更新時間 : 22:38:32


11月16日 (日)


はる 908
 久しぶりにシンカ・ネットのメールマガジンが出る。シンカネットから来てくださった方、はじめましてありがとうございました。

 個展二日目終了。疲れました。では又明日。

 


更新時間 : 22:58:26


11月15日 (土)


はる 907
 久しぶりにテレビを観る。ちょうどNHKで「耕さない田んぼ」の話を特集していた。

 この「自然農法」(福岡さんという先駆的な思想家が唱えていた農法で、彼の農業は田植えさえしない徹底したものだった。)の話しはもう30年ほど前に京都で焼き物を遣っている頃知った。当時同じ仕事場で仕事をしていたムロさんが盛んにこの人の話をしていたのを、テレビを見ながら思い出した。

 簡単にいえば、耕さないことでイネに自然な抵抗力をつけて生育させる。その結果多少収穫量は落ちるかもしれないけれど、無農薬で雑草や病気にも強い稲を育てるという事だった。それだけを聞けばありふれた自然志向派の、たわごとのようにきこえるけれど、深層はもっと深いところにある。

 我々はアジアの温帯モンスーン地帯に住む民族だ。先祖は延々と苦労して水田をたがやし米を作ってきた。これはには第一の条件として「豊かな水がある」ということを前提にした農業だ。ところがある時を境にして農業が産業としてとらえられるようになって、効率化生産性のみに注意がはられるようになった。そのけっか「豊かな水の農業」をやめて科学肥料や農薬にたよる産業になってしまった。大事なことは、もう一度「水のサイクルのよる農業」に帰るという事だろう。

 前に「快適の法則」の話しをしたけれど、結局自然なサイクルに乗らない仕事(農業)というのは何処かで破綻してくるということじゃないだろうか。

 司会の人が言っていたけれど「本当の豊かさはこういった農業から生まれるのじゃないか」と思う。

 個展初日始りました。疲れました。


更新時間 : 00:33:05


11月14日 (金)


はる 906
 さて、搬入と飾りつけが終わりました。130号の「麒麟」、100号の「胡蝶の夢」を始めとして、全部で30点ぐらいかなぁ、正確には分かりません。

 展示の仕方は色々だと思う。例えば、若い頃からの代表作や秀作を並べる回顧展とか、自分の主張をできるだけアピールするために、何年かまとめて大作ばかりを展示するとか、デパートなんかでよくやる、小品ばかりを集めた小品展、などなど。

 絵描きとして生きていこうと思うならば、一年に一回の個展は最低限のノルマだと私は思う。その一年に何を考えてどう生活してきたか?それを世間に問い掛けるわけで、稚拙であろうと、未完成であろうと、そこまでの人間だったということでいいのじゃないかなぁ。兎に角区切りがつくまで、完成してからなんてやっていると、老いぼれていまう。完成なんてしないのだからね。どうやっても恥かき行為なんだからさ。

 そう思って、出来るだけその一年に描いた、小品から大作までごちゃ混ぜで展示するようにしている。いいか悪いかわかりませんが、これが今の私の全てです。どうだ!

 明日からです、皆さん来て下さい。


更新時間 : 23:30:25


11月13日 (木)


はる 905
 今額入れ中、いそがしいです。また時間があれば、書き込みましょう。ではでは。


更新時間 : 20:52:08


11月12日 (水)


はる 904
 
 「こしかた」とはどういった意味ですか?と聞かれる。「来し方、行く末」の「こしかた」です、と言えばピンとくる方も多い。そうかぁ、「こしかた」だけでは理解しにくかったかもしれないなぁ。個展のテーマコピーとしては、昨年の「あそびをせんと」の方が人にイメージを喚起させるさせる力があった気がする。(良寛さんをイメージされて文人画を想像してこられた方がいたけれど。)

 これからまた、始まってしまうまでバタバタと準備に追われます。少し更新が止まるかもしれませんがあしからず。
 


更新時間 : 18:10:03


11月11日 (火)


はる 903
 有元利夫にしても、今一番旬の舟越桂にしても、何がそんなに人を惹きつけるかといえば、内緒だけれど教えてしまおう。

 タイトルが一つの詩になっていること、何とも言えない(東洋と西欧をミックスしたような)雰囲気があること、など色々あるけれど、その一つに人物の顔が魅力的なことがあるだろう。

 作品は全て自画像だと言われるけれど、特に人物はどうしても自分に似てきてしまう。有元のあの中世的(中性的)な顔は写真で見る有本の、あのほのぼのとした顔そのものではないか。舟越のあの魅力的な彫刻の憂いを含んだ顔は、バタクサイ彼の顔に似ている。ピカソなんかもそうだけれど、あの圧倒的な作品の量というのは彼の顔そのもののような気がする。

 顔は難しい。きれいな顔やいわゆる美形の顔というのは、どこかにモデルがあってそれを写せばいいのだろう。そういった美形の顔に憧れていた頃もあった。しかし描いていてもどこか違うだろう、というようなこころ持ちは否めない。自画像を描いて少し自分を美化して描くみたいなもので、少し恥ずかしい。まぁそれも自分の一部なんだけれどね。

 日本の古い神社やお寺に昔からお百姓さんがお祭りに使うひょっとこやお多福やお猿や翁やばばさんのお面があって、(その写真を見たのは東京の民芸館の発行する雑誌の中だったのだけれど、)一目見たときに度肝を抜かれた。アフリカのお面を観たときも、全く同じ感動があったのだけれど、それよりも「あぁ日本にもこんなにいい物があったんだなぁ」という誇らしい気分の方が強かった。灯台もと暗し。なんと遠回りして来てしまったのか、やっと自分たちの足下にあるよさに気付いた。そう思った。

 自分の顔なんだけれど、美形に描かず。西欧画風に描くのでなくかといって日本画ふうでもない。つり目の団子鼻にかくのだけれど、どことなく愛嬌があって憎めない。そういった自画像をまだ未だに模索している。


更新時間 : 21:52:45


11月10日 (月)


はる 902
 たんたんと一日が過ぎて行く。
 たんたんと、たたたんと時が過ぎて行く。
 それもまぁしかたないか。
 「胡蝶の夢」
 さて、ずっと伏せてあった「胡蝶の夢」を何ヶ月ぶりで開けてみると、やっぱりどうも気に入らない。今ここで全面的に描き直す根性はないけれど、なんとか納得のいくところまで持っていきたい。ということで、ここ二三日これにかかりっきりだった。えてして火事場のバカ力ではないけれど、この間も書いたけれど、切羽詰って何とかしなくっちゃ、とやった仕事がよかったりする。それを期待してのやっつけ仕事だったけれど、さてどうだろうか?

 まだまだ不満が残る。部分的に面白いところもあるのだけれど、それは部分でしかない。全体的に何を言いたいのかボケてしまった。この作品を見て「胡蝶の夢」を連想する人はまれだろう。最初の構図を大きく変化させたために、どことなく厚ぼったくなって、メリハリに欠ける。最大の欠点は「面白くない」ということだ。

 まぁ反省の意味も込めてトップに晒しておきましょう。ここまでしか今回はいけませんでしたということで、個展にも出そうと思います。どういう反響があるでしょうか。

 では又明日。明日は学校だ。


更新時間 : 22:15:13


11月9日 (日)


はる 901
 今日は一日アトリエで仕事しました。疲れたので又明日。


更新時間 : 23:23:01


11月8日 (土)


はる 900
 来週の今日から個展が始ります。準備は終わっているようないないような、ここから描く作品が本物だという気もする。切羽詰って、「ママヨ、サンドガサヨコチョニカブリ」エイヤっとやったやつがけっこういい作品だったりする。よく分からん話しだけれど・・・。

 今日の新聞に最近売り出し中の画廊経営者(小山登美夫ギャラリーのオーナー)が出ていた。今言えば誰でもが知っている、村上隆や奈良美智を扱っている画商だ。

 村上隆の存在は十年前くらいに知った。兎に角言動が今までの美術家と違ってはっきりしていたのでおぼえている。「絵描きはまず名前を覚えてもらうことだ。作品のよしあしはそれからだ」とか、当時からアニメのキャラクターのような作品を描いたり、アドバルーンにしたりしていた。妙な奴だと思っていたけれど、どこかで気にはなっていた作家の一人だった。ここに来てアメリカのオークションで彼のアニメのような人形が落札されて一躍世界に名をとどろかせた。ルイビトンのデザインを手がけているといった方が分かりやすいか。

 私には「村上・奈良」のよさは全く分からない。分からないけれど、分からない彼らをまだ売り出し途上の段階で「これはいい」と自分の感覚で捉えたこの小林さんという画商は凄い人だと思う。

 画廊を探していた時に思ったことは、日本には画商がいない、ということだ。画商がいないのは、コレクターがいないからで、コレクターがいないのは、個人的に絵を買って楽しむ習慣、余裕がないからだ。もっといえば「生活を楽しむことを是としない国民性」があったからだ。(古い日本には床の間をみればわかるけれど、そういった習慣があった)

 画商といえば何だか胡散臭い詐欺しを連想するけれど、できるならば同じ世代の画商と二人三脚で遣って行きたいとおもっていた。ところが「貸しスペース」は多いけれど「画廊」はほとんどなかった。ここの部分はまだ未開の地だと思う。

 多分これからは少し変わってくるように思う。若い人たちは何の先入観もなく自分の眼で作品を購入するようになってきているらしい。投機のためでなく、純粋に作品を生活のなかで楽しむためにかっているようだ。これはやっぱり凄いことだ。こういった画商が多く出てくることを願う。
 

 


更新時間 : 00:08:59


11月7日 (金)


はる 899
 「エスプレッソ」
 イタリアのバールでコーヒーを頼むとほとんどエスプレッソが出てくる。イタリア人は朝夕晩とおかまいなく、この泥水のようなコーヒーに解けるだけの砂糖を入れてグイッと飲む。そうだなぁ日本の感覚じゃ立ち食いうどんみたいな感じかなぁ、もっと小粋だけれど。

 何年か前にテラミスーというイタリアのお菓子が流行った。何の事はないエスプレッソコーヒーに漬したケーキといえば当たらずとも遠からず、そんなに美味いものじゃなかった。あたらし物好きがこぞって食べていたけれど、流行ものはすぐにすたれる。嘘か本当かテラミスーとは、イタリア語で「わたしを二階に連れて行って」の意味だとか、さすがに「歌って、食べて、恋して」の国ですな。

 砂糖を入れないで飲んでいたら、隣のジュゼッペ爺さんが「人生は甘くない、コーヒーくらい甘くして飲めや」と粋な格言を教えてくれた。カックイー。

 では又明日。


更新時間 : 00:02:52


11月6日 (木)


はる 898
 もう何年も前になる。学校を卒業して4、5年日展系の団体展に出品していた。(この日展系と在野系の話は前にどこかで書いたので探してみてくれ)段々に傾向が変わってきて、自分が描きたい絵と団体展に出品する絵を変えて描いていた。こうなると落選は時間の問題で、予想はしていた。

 もう団体展には出品しないつもりで、個展会場を探すことにした。とはいっても東京に仲間がいるわけでもなく、どんなところでやればいいのかもまるっきり分からなかった。それまでに描いた作品のファイルを持って、とにかく銀座の端から端までむやみに歩いた。名のある貸し画廊はとても自分の予算ではできそうもなく、また実力的に高望みもできない気がしていた。

 歩きつかれて最後に立ち寄った画廊が7丁目の「中央画廊」だった。オーナーのOさんは長くこの地で画廊を経営していて、元々は中国の骨董品なんかを扱う画商さんだったらしい。多分同じくらいの歳だったと思う。(残念なことに何年か前に休郎してしまった)

 この画廊を選んだ理由は、探すのに疲れてしまったということもあるけれど、純然たる貸し画廊という感じがしなかったことがある。これはとても大事なことで、貸し画廊専門の画廊で何年遣っても「絵描き」にはなれない。

 それから画廊は何軒も変わったけれど、毎年個展を続けていられるのは、最初の「中央画廊」との出会いがあったからのように思う。

 続きはまた。
 
 


更新時間 : 00:01:16


11月5日 (水)


はる 897
 天神さんというのは菅原道真のことをいうのだ、ということを知ったのはそんなに古いことではない。子供の頃、こんな歌があった。
 どれにしようかな
 てんじんさんの
 いうとおり
 ぷり~ぷり~
 ぷり~ぷり~ぷり~
 と指差して最後に当たった物を選ぶというたわいない話しだけれど、最後の「ぷり~」のところは地方によってかなり違うようだ。どうも我々関西人はこういったところでも下ネタが多いなぁ。

 下ネタついでに言えば、数を数える簡単な言い回しが、色々あるけれど、例えば「だるまさんがころんだ」これなんかかなり綺麗だ。我々が子供の頃使っていた言い回しは「ぼんさんがへをこいた」というもので、何も気にせず小さな子供がこれを早口で言うのである。弁解じみているけれど、当時はこれが普通だった。特にわれわれに品が無かったという訳ではない気がするけれど、今でも使っているのだろうか。

 話が品の無いものになったので、絵の話は又今度。




更新時間 : 21:05:43


11月4日 (火)


はる 896
 タイガースがセリーグで優勝した。私自身はスポーツはまったくのウンチで見ることもさして興味があるわけではない。けれど地元阪神が優勝したとなると、故郷を離れているぶん何となく嬉しい。

 阪神といえばこの間までナイトキャップに「博士の愛した数式」という可愛いタイトルの本を読んでいた。その主人公の数学博士は事故のために何年か前までの記憶しかなく(それだけならよくある話しだけれど)ここからが面白い設定なんだけれど、記憶が80分しかもたない。そのために色々な面白くて悲しい物語がはじまる。

 その博士が大の阪神ファンで、古い記憶なんだけれど江夏の活躍したシーンなどがでてくる。阪神という球団は面白い球団で、これが巨人だったら当たり前過ぎて物語にはなりにくいのじゃないかなどと思ってしまう。泥臭い田舎球団だけれど、だからこそ何やら強烈なファンがつくのかな。

 ところでこの記憶が80分しかもたないというフレーズはなかなか便利で、例えば「この間のお菓子はこれと比べてどう?」などと聞かれた時、「何しろ記憶が80分しか持たないから、分からない」と逃げる事ができる。愉快愉快。

 ではまた明日。


更新時間 : 23:43:33


11月3日 (月)


はる 895
 お袋が米寿を迎えた。本人は今何回目かの入院生活を送っている。なんでも箪笥の引出しがかたくて、足で押したら腰の骨が折れたそうだ。笑えない笑い話だ。

 気質的には五人兄弟の中では、私が一番近いようだ。同じように物を作るのが好きで、今でいうなら短大をでて家庭科の先生をしていた。淡路島の田舎から神戸の女学校に出てきた頃の話を嬉しそうに話していた。親父と結婚したのは、親父が東京の帝劇に就職がきまったからだということだったけれど、残念なことにすぐに祖父がなくなって、長男の親父は田舎にかえることになったらしい。そのことが非常に悔しくて、何回かその話を聞かされた。

 絵を描いたり、日記をつけたり、そういったことをこまめにやることが好きなのは、私も引き継いでいるようだ。意識が非常にはっきりクリアーなのは、幸せなことなのか?とお袋を見ていて思う。まぁボケてまわりに迷惑をかけないという意味では、助かるのだけれど、本人にとって次第に衰えていく自分と対峙するのは、結構つらいことなんじゃないかと思う。

 昨日も知り合いとそんな話になって、話していくうちに段々と感情がたかぶってきて、涙目になってきた。

 人は生まれた時は何も分からなくて、その存在そのものがいとおしくて、多くの人に祝福される。物心がついて学童期が過ぎたころから反抗期を迎え、一人前の青年になっていく。やがて就職、そして何かかの失恋の後めでたく結婚して、自分も親になっていく。そこまではある意味人生の桧舞台だ。誰でもがそれなりに身体を張って主人公を演じている。問題はその後だ。

 多くの場合人は言葉は悪いけれど、ある意味「物欲」で生きている。現世でというのか、この実業の世界では、この「物欲」が強い人の方がある意味成功する。少しでもいい生活をしたという上昇志向がこの世を渡っていくエネルギーになる。ところが人生も後半になってくると「物欲」にもかげりが出てくる。肉体的に精神的におとろえてくるのだ。そこでにわかに「物欲」に代わる新しい指針が欲しくなるのだけれど、宗教を捨ててしまった我々には、そこのところが一番難しい。

 救いはやっぱりある意味、宗教とか哲学とかイデオロギーなんだろうなぁ。もう少し考えてみたい。ではまた 


更新時間 : 22:38:45


11月2日 (日)


はる 894
 今日はちょっと出かけていました。
 ということで、又明日。

 


更新時間 : 00:39:04


11月1日 (土)


はる 893
 「明日は、あした」
 どんなに準備をしていても、不測の事態が起きるかもしれない。私のような「メランコリック」な性分には、この憂鬱な気分は、たぶん一生ついてまわる事だろう。結局どういうことかといえば、色々と先回りして、できるならば自分の計画どおりに物事が進むように考えてしまう。事が自分の考える範疇で行われている間は、何の問題もないのだが、大体において物事はそう簡単ではない。だからパニックになってしまう。

 パニックにならないようにと思うことがもうすでにパニックの始まりだったりする。ここ最近こういった症状に「パニック症候群」などという名前がついてきたけれど、こんなものは新しいものではない。「強迫観念症」ってやつで、昔から自己中の人間がなりやすい神経病だ。色々解消法をさぐったけれど、気休めにはなるけれど、根本的な解決策はない。

 昔「森田療法」なるものがあって(今でもあるのか)とにかく禅問答みたいに「あるがままを受け入れる」なんてことが書かれてあったけれど、あまり効果はなかった。

 「明日の事をわずらうな、今日一日の事は今日一日で足れり」たぶん聖書の言葉だろうけれど、何処で聞いたかこの言葉がけっこう慰めになった。

 「明日のことは、あした考えよう」そう思えたら、気分がスットした。


更新時間 : 23:42:41



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