あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

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2003-8 - 2003.08.01(日記)
2003 8月
「あそびべ」について8月31日 (日)


はる 831
 今日は久しぶりに裸婦のスケッチに出掛けた。先月は個展と重なって出席できなかったので、二ヶ月ぶりということになる。いつもスケッチがあった時は画像を晒すようにしているのだけれど、昨日変えたばかりなので、また今度おりを見て晒しましょう。もったいつけるほどのものじゃないけどね。

 今日で八月も終わりですね。なんだか今ひとつ夏が来たという実感のない年でしたね。毎年のことですけれど、こうやって一年が過ぎていくのです。何のこっちゃ。

 飯なので、時間があればまた後で書き込みましょう。ではでは。


更新時間 : 18:23:18


8月30日 (土)


はる 830
 今日はなんだかもう眠くなりました。
 そういうことで、お休みなさい。


更新時間 : 22:51:17


8月29日 (金)


はる 829
 火星を見ました。しかし情けないことに、かなりぼ~~と薄ボンヤリとしか見ることができません。星印(☆)の様にみえるのは仕方がないとしても、最近は輪郭がぼけてきましたね。

 家業を継ぐという若い青年と話をする機会があって、久しぶりに楽しい時間を過ごした。家業も色々だけれど、百年単位の伝統になってくると、これはけっこう重い。我々のような何の引き継ぐべきものがない風来坊と、基本的には相容れないスタンスなんだけれど、話を聞いているうちに、余りにも熱く夢を語るので、何だか嬉しくなってきた。

 このところ地元の活性化がらみの話から、確実にスローフードの流れになってきている。田舎に暮らしていくいい所、利点、誇るべき所、これからの夢、とつながっていくと必然的にマイナスだと思っていた「不便な暮らし」を楽しむという風にならざるを得ないからね。観光客相手じゃない、自分たちが生活を楽しむ「快適の原則」でなければ、これも単にブームで終わってしまう。

 彼らに夢を託そう。できるだけの協力をしようと思う。がんばって欲しい。楽しんで欲しい。
 又明日。
 


更新時間 : 23:47:36


8月28日 (木)


はる 828
 今日は比較的涼しいね。もう秋だろう。裏庭の虫の音が秋の様子に変わって来た。こういうのを聞くと何となく寂しい気持ちになるのは、年のせいかな。

 小学校のころ、夏には林間学校なんていうものがあった。当時、我が家は子供たちのためにどこかに出掛けるという家庭環境じゃなかったので、山にも海にもめったに出掛けた事が無かった。特に山登りなどという優雅な趣味はまったくなかったね。それゆえに、学校の夏の林間学校が楽しみだった。
 
 初めて林間学校に行った時に驚いたのは、夏の山の朝がこんなにもすがすがしくて気持ちのいいものか、ということだったな。下界の蒸し暑い寝苦しい夏しか知らない子供にとって、これはけっこうカルチャーショックだったなぁ。それから夕方ヒグラシが「カナカナカナ~」と鳴く、あの高原独特の音色がいっぺんに好きになってしまった。
 そういえば夏はオケラが鳴いていたよなぁ。ジッ~っていうやつだけれど、聞かなくなったけれど、環境が変わったせいかな。

 それじゃ又明日。(後日編集)


更新時間 : 08:26:49


8月27日 (水)


はる 827
 手紙は何で書くのだろう。筆記用具も最近は便利なものがたくさん出てきて、そういった意味では迷ってしまう。
 ボールペンも出てきた当時に比べれば、随分と滑らかにかけるようになった。値段も手ごろだし、無くしても悲しむほどじゃない。それ故に、ついつい簡単に買ってしまって、机の周りにや引出しには、ゴロゴロとたまってしまう。無駄だよなぁ、といつも思う。

 対照的に、もう30年もつきあっている古い万年筆がある。国産のメーカーのけっして高い物ではないけれど、不思議に無くさずに今でも現役で使っている。考えてみると、これほど自分の表現とつきあってきた道具は無いかもしれない。

 それにしても昔学校のそばには必ずあった文房具屋というものが無くなった。ノートにしても消しゴムにしてもみんな何処で買うのだろうか。この万年筆のインクは特殊なスペアーなのでコンビニで買うわけにはいかない、しっかりとした文房具屋さんでなければ売っていない。そのうちに多分生産されなくなってしまうのじゃないだろうかと危惧している。

 万年筆を使っている人には分かると思うのだが、使い込めば使うほどペンはその人になじんでくる。特に私のような悪筆には無くてはならない道具だ。例えばどちらかといえば筆の感触に近いきがする。力のかけ方抜き方、そんな感触が筆に似ている。だから手紙やはがきはこの万年筆が欠かせない。下手くそな自己流の字もそれなりに見えるような気がするからだ。

 それじゃまた明日。


更新時間 : 23:01:30


8月26日 (火)


はる 826
 今日は二ヶ月ぶりぐらいに授業をした。昼間の学生は男ばっかり40人。一般の教室よりやや大きいとはいえ、今時の大きな図体の学生が隙間無く座ると、けっこう暑苦しい。特に昼飯を食った後の午後からの授業は、眠気との戦いになるので、奴らにとってもキツイ授業かもしれない。

 甘い顔をすればすぐになめられるので、無理やり難しい顔としぐさで煙に巻くことにしている。本当は人の前に立って何かをしゃべる教師なんていう仕事は、一番むいてない性格のように思える。未だに緊張するからなぁ。それでも「暑いから喋るな!」といえば、いう事を聞いて真面目に作業しているから、多少かわいいところもある。

 生徒を上手く乗せるにはコツがいる、腕力だけに頼るのは即効性があるけれど、一番下等なやり方だ。往々にして若い自信のある先生はそれにたよるけれど、失敗すると痛い目にあう。理想的には何の強制もなく、技も無く、その先生の雰囲気だけ、存在だけで聞かせてしまう、乗せてしまうそんな高等な技がいい。難しいけれどね。

 また明日。



更新時間 : 23:46:09


8月25日 (月)


はる 825
 何気ない時に「あー、今日はこれを書こう」と思いつく。しかしいざここに座ると何だったのかおぼえていない。

 夢と似ている。起きたすぐには、あれほどリアルだったのに、時とともにすっかり忘れてしまう。いったいぜんたいあれは何処に行ってしまったのだろう。潜在意識という貯金箱に入ってしまっているならば、この箱はまるでお伽の国のようだ。覗いて見たい気もするが、恐ろしいのでやめておこう。

 閑話休題
 今トップに晒してある絵「夏の森」は、自分でもなかなか上手くいった方だ。
 もともとベースにあるのはジーンズの切れ端で、何処かの隅にその布が見えている。去年からアトリエの壁にぶらさがっていたもので、やっと今になってお呼びがかかったという訳だ。
 長い方が15cmぐらいの小さい作品だけれど、厚さは厚い所で約1cmくらいある。ダンボールやら布やら絵の具やら、何がどのようになってこうなったのか、皆目見当もつかない。

 ある時見ていると「森に続く道」が見えた。コンテでなぞっているうちにイメージがはっきりしてきた。端っこのジーンズの青がちょうど「夏の空」に見えて来たという訳だ。

 それじゃ、また明日。


更新時間 : 20:38:05


8月24日 (日)


はる 824
 今更でもないのだけれど、私の本名は「Kazuharu]という。

 昔近所のガキドモが私を呼びに来る時、「BabuBabuくん、あそぼ~」と何となく聞けば、微妙に音の流れが似ている呼び方をしていた。今でもすぐ上の兄貴は時々「BabuBabuくん」と呼ぶ。この「BabuBabuくん」という呼び方は、今になって考えると、非常におもむきのある、考え深いニックネームであった。

 沖縄のさる女史は「Asobibeのはるさん」を「Babibubeはるさん」とアレンジした。これもなかなかよく出来ている。しかしもう一つ進んで「BabuBabuはるさん」にすればなをおもむきが出たように思われるが、如何なもんだろうか。

 きょうはここまで、また明日。


更新時間 : 20:33:26


8月23日 (土)


はる 823
 近くの小学校からお神楽の笛の音が聞こえる。今の我々の生活から切り離された、特別な音色だなぁ。エキゾチックなものはかんじるけれど、これを聞いて踊り出す奴はいないだろうな。

 我々の子供の頃は日が暮れると闇があった、藪があった、草の茂った原っぱがあった。月の無い夜は、得体の知れない魑魅魍魎がどこからともなくあらわれて、気の弱い子供をさらっていくのだ。
 灯の消えた台所の隅にもポットン便所の深い闇からも、今にもニューっと手が出てきそうなきがして恐ろしかった。
 「子供だまし」だよと笑うことは簡単だけれど、そういった想像力、空想を失ったと同時に我々は「かみさま」も失ってしまった。どんな高尚な宗教も哲学もベースになっているのは、人間のこの空想力だろう。現代の子供たちは何に恐怖を感じるのだろうか、まさかテレビゲームのモンスターじゃないだろうなぁ。

 神楽は昔「かみあそび」といったそうだ。と考えるならば神事と無関係になった神楽はただの「あそび」にすぎない。ただのあそびは暇つぶしでしかない。何の気も喚起されない。

 夜は明かりを一つ消さないか!これも「快適の原則」




更新時間 : 20:32:15


8月22日 (金)


はる 822
 人には器というものがあるのだろう。私なんかは我ながらあきれるほど、器が小さい。それでもこうやって人様にそのことを語れるようになっただけでも、多少器が大きくなったのかしれないね。
 十代から二十代はそこらあたりの事を何とかさとられないように、虚勢をはって生きてきたように思える。それゆえになかなか辛くて、あの頃には戻りたくない。

 こういった仕事がら自分の作ったものとか、文章なんかでもそうなんだけれど、人一倍愛着があるらしい。「らしい」というのは自分ではそう変だとは思っていないのだけれど、かみさんに言わせると「変だ」そうだ。まぁ絵描きだから、そこあたりのことは大目に見てもらうとして、極力他人に迷惑をかけないように暮らしてきたし、それだけで充分だと思っていた。

 最近、まぁ具体的いえば五十を越えたあたりから、ただそれだけではどうも済まなくなってきた。自分の仕事だけしていればいいと思っていたのだけど、そのことで社会と関わっていくことは仕方ないとは思うのだけれど、それ以外のことで呼ばれることがどうもおっくうだ。こんなに偉そうな事を書いているにもかかわらずにだ。

 どうも根っから器が小さいのか、そういったことに関わる自分をよしといない部分があるのだろうか。何のだろう、自信がないのかな、この居心地の悪さは。よく分からない。


更新時間 : 23:13:29


8月21日 (木)


はる 821
 「快適の原則」についてもう少し。

 例えば、ヤンキーの兄ちゃんたちは、自分の車の中をそれこそ舐めるくらいにきれいに掃除する。無論土足は厳禁だ。それが世の中の「美」の範疇に入るかどうかは別にして、自分たちのポリシーで車内を飾り立てる。けれど我が車の外はどうでもいいのだ。車の外は異界であって、ゴミを捨てようが騒音を撒き散らかそうが、知ったことではない。

 毎日、朝方起きてすぐに川沿いを散歩する。今年は雨が多くサボりがちなんだけれど、それでも一日の始まりとしてけじめがついて気持ちがいい。大体毎日顔を合わせる人は決まっていて、挨拶を交わす。気持ちのいい一瞬なんだけれど、それを台無しにすることがある。誰が遊んだのか、知らないけれど夏場はいつも花火の残骸がそこらあたり一面に散乱している。わざわざそこに持ってきてやるのだったら、持って帰ればいいと思うのだけれど、それが出来ない。

 例えば何処か遠くに旅に出て美しい風景に出会ったとする。「わぁ、日本じゃないみたい」と言ってしまう。これって少しなさけない。人が造った物がないほど「美しい」のであるならば、我々の文明はたかが知れている。

 「快適の原則」に照らし合わせて、合致しないものは、作らない、買わない、使わないくらいの強制力が必要かもしれない。本当はそんな事は親から子へ、子から孫へと伝わっていくことが理想なんだけれど。


更新時間 : 23:30:54


8月20日 (水)


はる 820
 久々に来客、楽しい時間を過ごした。故に今日はここまで。
 また。、明日。


更新時間 : 00:11:02


8月19日 (火)


はる 819
 地元の勝沼の葡萄園に行ってきた。見た事がない人は多分想像できないだろう。見渡す限り、小高い丘から丘まで全てが葡萄棚という風景は、結構感動する。ちょうど今は一面の黄緑色で「みどりの絨毯」とは満更大げさな表現ではない事が分かる。

 勝沼は葡萄の産地として有名だけれど、それ以上に日本のワインの産地としての方がメジャーかもしれない。お酒は植物の糖を菌が分解することでできる。それ故果物などの糖度が高いものはすべて簡単にお酒にすることができるので、何処の国でもぶどう酒はお酒の常道だ。米からつくる清酒などは一度麹を使って糖にする必要があるので、手間からいえば高級なお酒といえるかもしれない。もっとも私はお酒が一滴も飲めないのだけれどね。

 スローフードの考え方が最近ややメジャーになってきて、何処でも同じような味で手早く安く、という利便性に?を付ける人が多くなってきた。まだまだ少数派なんだけれど、そこのところに気が着いて本当の町おこしをやろうという若い人もでてきた。
 取ってつけたようなスペイン村やおとぎの国を作っても一度訪れてしまえば、二度とは行かない。そんな町おこしじゃすぐに破綻は見えている。それよりも地元の農場に根ざしたゆっくりでも着実な産業に着目した方がいいということで、手持ちのお蔵を改造したカフェやギャラリーがすこしずつオープンしてきた。

 「快適の原則」というものがあると思う。これはほとんどの人間に共通しているもので、民族によって多少の違いはあるけれど、人間だったら「これだ!」という原則があると思う。

 我々はいつのまにかこの原則を無視した生き方をしてきたのではないかと思う。貧乏だったころは、それでもそれなりの原則が通っていた、ところがにわかにお金持ちになったがために、何でも自由に持ってこれるようになって、この原則が崩れた。この色の横にあの色がくれば不愉快だからよせ、とかちまちまとした色の氾濫は目障りだからよせ、といったことは暗黙の了解だった。けれどいつのまにか、何でも有りのゴチャマゼの混沌になってしまった。

 スローフードも町おこしも、それはそれでいいことだ。でもなぁ、根本的なコンセプトに「美しい、楽しい、嬉しい」そんな「快適の原則」が大切なんじゃないかと思った。

 なんだかよく分からん話になってしまった。またあした。


更新時間 : 23:50:05


8月18日 (月)


はる 818
 今日は今から出掛けます。遅くなるので、またあした。 ciao!


更新時間 : 16:14:22


8月17日 (日)


はる 817
 だいたい網戸なんて洒落たものはなかった。木製のカラス戸に雨戸がついていて、後は障子戸があるかないか、そんなものだった。夕食が済んで、風呂に入る頃には、大方の雨戸が閉められて、一箇所だけ汗を引かせるために開けてあった。粉末のジュースに氷を入れて飲むのが楽しみだったなぁ。
 縁側は濡れ縁になっていて、新しい時はなかなか機能的で夕涼みなどに重宝していたのだけれど、古くなって所々腐って足を踏み外しそうになるのには閉口した。

 寝る時はもちろん蚊帳をつって寝た。これが結構暑い。今の若い人は蚊帳そのものを知らないかもしれないけれど、大きな網で出来たテントと言えば分かるだろうか。それを部屋の中の四隅のつり金具に引っ掛けてつるのだ。
 蚊帳の天井がちょうど傘をひっくり返したようになっていて、ボールなんか転がすと面白い。後、蚊帳の中は安全地帯のような気がして妙な安心感があった。

 ニューヨークなど大都市が大規模な停電をして、都市機能が麻痺したと昨日あたり騒いでいた。コンピュータ制御されているビルや都市そのものが、反対に人間を拒否するというわけだ。

 我々の生活はいつのまにかとんでもない幻の世界に入り込んでしまったのかもしれないなぁ。昔を懐かしんで蚊帳の話をもちだしたのだけれど、必要ない雑多なものにいつのまにか囲まれて、本来の生活が見えなくなってしまっていることに気が付いた。どうなんだろうか、回顧趣味ではなく、ここらへんで勇気をもって少し昔に、不便な頃に戻る必要があるのかもしれないよ。

 ではまた明日。

 


更新時間 : 22:46:09


8月16日 (土)


はる 816
 夏休みはお盆をこえるともう終わりの雰囲気がした。夏だけの海水浴客相手の「海の家」なるものが、七月になるとにわかに建てられる。それは「家」とは名ばかりのヨシズ張りの掘っ立て小屋で、子供心にこんなもので商売になるのかとにわかには信じ難かったけれど、海のおっさんたちは大真面目に商売していた。

 その「海の家」も八月のお盆さんが終わった頃から、いつのまにか一つ二つと無くなっていく。これがまた一段と寂しさをかもしだす。我々ガキどもはそんな大人たちの思惑とは関係なくあそんでいたのだけれど、不思議なもので夏の賑わいの過ぎ去った海辺というものは、これまた格別寂しいものだ。じゃまっけだった甲羅干しのカッコマンのおにーちゃんやおねーチャンが居なくなり、ボート屋やおでん売り場の無くなった海岸は、俺たちだけの遊び場に帰ってきたはずなのに、同じように遊んでも楽しくないのだ。それは多分「もうすぐ夏休みも終わってしまうよ」という気分もあったのだろうけれど、そのときは分からなかったなぁ。

 さて今日も一日降ったりやんだりの妙な天気だった。どうやらこのまま秋になるのかな。ではまた明日。
 


更新時間 : 22:40:51


8月15日 (金)


はる 815
 昨日の夜あたりからずっと雨が降り続いて、今日も一日雨だった。今晩は夏がけだけでは寒そうだな、変な天気だ。ヨーロッパは異常に気温が高く、連日40度をこえる暑さだそうだ。そんなことを聞くと、まぁ涼しい方がいいのかなとも思う。

 雑誌を読んでいたら、デザイナーの柳宗理のことが特集されていた。彼の工業デザイナーとしての功績は、日本人としてはじめて、イタリア・ミラノの美術館で個展を開催された人というだけで想像できる。たぶんどこかで見た事があるだろう(バタフライ・チェアー)のデザイナーといえば分かるだろうか。

 彼の父は民芸運動で高名な柳宗悦で、そういった意味ではその筋のサラブレットといえるかもしれない。ところでその雑誌を読んでいて感銘をうけた部分がある。

 彼も学生の頃は親父からの反発で工芸的なものより、純粋芸術に興味を持っていた。ところがドイツのバウハウスのじきじきの教育を受けた先生の影響で、建築家のル・コルビジェに大変興味を持った。しかし、そこで召集をうけて軍隊生活に入るわけだけれど、どの道死ぬのだったらコルビジェの本と一緒にというわけで、おもい原書をリュックにいつも持っていたらしい。ところがもうどうにもならなくて最後に穴をほって東南アジアのどこかに埋めたという。私は偏屈なのかもしれないが、最後まで持ちきれなくて、泣きながら穴を掘って埋めたというところにリアルなものを感じた。たぶんそういったものだろう。
 「輝く都市」という本だそうだ。自分だったらどんな本を持っていくだろうか?又明日。

 


更新時間 : 23:58:21


8月14日 (木)


はる 814
 二日ほどサボりました。八月はサボると日にちがずれるので、とりあえず何かしら書こうとは思っていますが、誰かさんが使ってましたが「朝令暮改」の例え通り分かりません。悪しからず。

 バナーを考えるついでというわけでもないのだけれど、このページのタイトル=コピー?についても考えることになった。これがまぁ結構苦労する。二転三転さっきも又変えてしまった。まだ変わる可能性はある。こういうのはみんなどうやって決めているのだろうか、考え始めるときりがない。

 五十面して自分で「はるさん」って書くのも、ちと恥ずかしいなぁとか、一言でこのページを理解してもらえる「ことば」は何かとか、絵のタイトルを考えるより難しかった。

 野見山暁治?の名エッセイに「四百字のデッサン」というのがある。だれが考えたタイトルなのか優れたコピーだと思う。「四百字」ということで、これは短い文章だということがわかる。それで「デッサン」という言葉でこの作者は画家なんだ、ということが想像できる。どこにもエッセイだとか画家だとも書かれていないのにそれを、上手くきれいに伝える事ができている。こういうのがかっこいいやり方だな。反対に「武士のさむらい」になるのが悪い見本だ。

 閑話休題
 「あそび」については、詳しい解説は伊藤明己さんの文章があるので後で無断でリンクしておきます。大変面白いので興味のある方は読んでみてください。

 「あそびべ」について簡単に書くと、「遊部」と書くと分かるように要するに役職の部署名であったわけだ。
(toshiさんの日記参http://www.someyaoriya.com/sfs_diary/)
 でその「あそびべ」なるものは何をしていたのか、ということなんだけれど、結局古語の「あそぶ」という言葉と関係してくるのだけれど、唄ったり踊ったりして魂を鎮める、そういった今で言うところの「癒し」の仕事をしていたようだ(「神楽は古代日本では「かみあそび」とよんだそうだ。沖縄ではまだそういうそうだけれど本当でしょうか?)ただ現代と決定的に違うのは、まだ神が世の中を支配していたと考えられていた時代なので、かなり「あぶない」人たちだったことは否めないようだ。

 アーティストはボーダーな世界にいるということを前に書いたおぼえがある。あちらの世界とこちらの世界を自在に行き来できる自由をもつ。そういったことを考えあわせると満更「あそびべ」も違ってはいないと思うのだ。どうだろうか。
 (後日追加編集)

「遊」について
 http://member.nifty.ne.jp/haruki/works/yuu/yuu.htm



更新時間 : 22:10:44


8月13日 (水)


はる 813
 映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」を観てきて遅くなってしまった。ということで今日もサボります。また明日。
 


更新時間 : 23:46:47


8月12日 (火)


はる 812
 今日は本屋さんで立読み。遅くなったので、またあした。
 


更新時間 : 23:17:56


8月11日 (月)


はる 811
 バナーなるものを考えている。これがけっこう難しい。HPを始めた頃、トップに「画家」と提示していた。しかし、私は本当に「画家」なるものか、うんと疑わしいし、何となく恥ずかしいのだ。
 例えばピカソやマチスなら画家といっても恥ずかしくない。そこまで行かなくても、人様が認めてくれればそれでいいのだけれど、私ごときが「画家」と言えるのかどうか。

 昔少し書いたおぼえがあるのだけれど、「詩人」なんていう職業はない。「作詞家」なら分かる。「詩人」はある意味生き方の問題だろう。それと同じように「芸術家」も「詩人」も自分で言うのはおかしいような気がする。「画家」という響きにはこの「芸術家」というニアンスが含まれている気がするんだな。だから自分で「画家」というのはちょっとなぁ。

 「絵描き」といえばそうなんだけれど、これまた絵を描く事だけで生活できているなら、それでもまぁいいだろう。けれどそれともちと違う。

 検索エンジンなんかに登録する時は「画家、絵描き」で済ますのだけれど、自分を一言で表す上手いキャッチコピーがないものか、考えている。なかなか難しい。

 とりあえず「あそびべ」とした。どうだろうか。
 (論語に「仁に依り、芸に遊ぶ」とあり、「芸に遊ぶ」ことを、孔子も人の至境としている)白川静


更新時間 : 23:19:58


8月10日 (日)


はる 810
 お気づきの方がいただろうか?
 日付と「はる」のカウントが同じ数になっている。サボらなければ八月中は並行カウントを続けることができるだろう。単に偶然なんだけれどね。この間このコーナーに入れなくなった時に、今のカウントは幾つだっけと思い出したときに気が付いた。少し幸せな気分。
 
 日本はロボットに対してほとんど抵抗感がないのは、アトムのおかげだというようなことを何かで読んだ。私なんかも子供の頃はロボット製作に憧れた少年の一人だ。ロボットは人間に近いほど「優れもの」というイメージが我々にはある。外国の人に聞いてみたことがないので正確なことはいえないのだけれど、映画などで空想すればどこか「グロテスクな作り物」というイメージが消えない。

 というのは根底に流れているのはキリスト教の「神は自らの姿に似せて我々人間をつくった」という部分がひっかっているのではないかと思う。我々人間がその神聖な部分をおかしてはならないのじゃないか、その領域に入ってしまったら罰をうけるのではないかと、躊躇している感じがする。

 フランケンシュタインに始って、この間のAIだっけ、ターミネーターなんかもいまひとつ「しあわせな未来」という気がしないなぁ。どうだろう。

 アトムが出来るまではまだ当分かかるだろうけれど、意志をもつ機械はもうすぐそこまで来ているきがするなぁ。そうなった場合我々人間との共存というのか、共生というのか、住み分けというのか、を真剣に考えなければならないことになってくるだろうね。ただでさえ人間のする仕事が減ってきているからね、想像する、空想する、考えるそんな事しか残ってないね。後は農に帰るんだな。

 何だかつまらん話になった。また明日。


更新時間 : 23:18:35


8月9日 (土)


はる 809
 テープレコーダーをはじめて見たのは、小学校の音楽の時間だった。当時は今でいうところのオープンデッキというやつで、ちょっと大きなテレビぐらいある機械だった。直径15CMぐらいの車輪のようなリールが二つ付いていて、ゆっくりとまわって音を記録していく。自分たちの声を録音して、実際に聞いた自分の声が妙に変で気恥かしかったのをおぼえている。

 その後カセットテープレコーダーが実験的にでてきたのは、中学生のもう高学年になっていた。これは画期的な発明だった。オープンデッキのテープの交換の面倒は、この機械の発展を阻止していたけれど、これで一気に音楽は持ち運べるものになった。今のウォークマンの原型はこの時にもうすでに出来ていたと思う。

 人間の記憶というものがどういったメカニズムで成り立っているのか、よく知らないのだけれど、DNAがもうおそらく何年後かにはすべて解明されるだろうことを考えると、人間の脳の記憶のメカニズムがわかるのもそう遠い先ではないだろう。
 もし仮に一人の人間が生まれてから死ぬまでの記録をすべて記録できる方法が考え出されたら、ある意味人類は不老不死の夢を実現したことになる。小さなチップに納められた記憶がその人全てということになる。

 奇想天外に思えるかもしれないけれど、実は我々も仮想空間の住人だったというマトリックスの世界もまんざら嘘じゃない現実かもしれないね。

 ではまた明日。


更新時間 : 23:21:08


8月8日 (金)


はる 808
 小さな作品がアトリエの壁や床に所狭しと並べられると、なぜか少し興奮する。子供の頃、何かを作り出して日が暮れるのも忘れて没頭していた、そんなことを思い出す。
 細かく切り刻んだ布や紙や紐、そしてカッターナイフ、裁ちばさみ、ペンチ、接着剤、などが自分を中心にして半径一メートルの距離にある。ホームレスのような、そういったゴミの中にいるような感覚が好きなのかなぁ、よくわからない。

 切ったり貼ったり工作が終わると、今度は地塗りの作業に入る。まだ何になるのか、何を描くのか一つ一つには何の関連性も無い。そうやって一気にやく50点の小品を描いていく。一つ一つはばらばらだけれど、全体で一つの生命をもった作品なのかもしれないね、ここまでは。

 絵描きになってやっていこうと思ったときに困ったのは、どうやって生活すればいいのかということだ。無論まだ一枚の絵も売れたことがなかった。色んな絵描きがいてもいいわけで、イラストレイターや漫画家、似顔絵描きも絵描きに違いは無い。遮二無二絵だけで何とか食べていこうと思ったならば、そういった方法をとるしかないだろう。

 最初は風景や静物をスケッチしてきては、そこそこ工夫して自分なりの絵にして作品にしていた。そういった方法でしか作品にできなかった。何年かそういった方法で作品をつくっていたのだけれど、だんだんにつまらなくなってきた。作品に発展性が無いのだ。どこかで観たような絵ばかりがズラリ並んでたいくつだ。大作のミニチュア版しか描けないし、描いている自分もつまらない。小品は大作のミニチュア版であってはいけないと思う。

 ある時から最初っから仕上がりを考えないで描く事にした。下絵があってそれに近づける描き方は絵を描く行為が作業になってしまう、一時一時変化する作品に常に自然体で接していたい。作品そのものに任せて自分はそれを補助する、そんなかたちで絵がかけないものか、ずっと考えて次第に今の方法になってきた。これが最終的な方法だなんて思っていない。これからもどんどん変化していくだろう。だから面白いのだとおもう。

 ではまた明日。


更新時間 : 23:03:00


8月7日 (木)


はる 807
 昨日からここに入れなくて、掲示板に居候していた。他の日記を借りるという手も考えられるけれど、デザイン的に飽きたというなら別だけれど、こういったものは何か不都合が無い限り変えたくない。
 戻ってきてくれてよかった。七月分のバックアップもあわててとりました。サイバー上にあるというのは何かこころもとない。我々のようなアナログになれた人間はバックアップといえど目に見えないところにあるわけだから、頼りない感じがする。

 さて今日も一日終わってしまった。またあした。バイバイ


更新時間 : 22:06:47


8月6日 (水)


はる 806
  昨日は夕方から凄い雷雨だった。新聞の全国版の三面記事に写真入りで出ていたから、その凄さが想像できるだろうか。
 間近で聞く雷というのは、凄まじい迫力がある。知っているかい。まず何よりも先にバリバリと放電する音があり、その後稲妻が走り、爆発音がするのだ。飽きるほどピカピカドカドカドンドンとやって、その後物凄い雨となる。
 台風は何時間もかけてやって来るから、心の準備もOKだけれど、この小さい嵐は分単位でやって来るから、迫力満点だ。何しろ数分前まではぎらぎらの太陽だったのだよ。ここに来てはじめの一年はこの夕立の凄さに驚いた。今じゃ当たり前になってしまったけれど、知らない人はこれは結構見ものだ。
           (後日転記)



更新時間 : 21:43:55


8月5日 (火)


はる 805
 最近は仕事しながら音楽を聴く事はあまりないのだけれど、数日まえになんとなくFMをかけっぱなしに聴いていた。オペラのマリアカラスの特集をしていた。

 若い人にはマリアカラスなどといってもピンとこないかもしれないけれど、それはもうハリウッドスターなみの絶世の美女で、よくはしらなけれど、彼女がいたためにオペラが世界的に知られるようになったといってもいいらしい。私なんかはもっと下世話で、生前ギリシャの富豪オナシスとのゴシップなどが有名で、ゴシップスターのイメージの方が強い。

 オペラなんか特にそう思うのだけれど、明治以降西欧からか入って来たものはハイカラもん、舶来もんとしてなんの疑いもなく受け入れてしまったけれど、我々の文化的な血のなかにオペラ的なものがどれくらいあるのだろうかね。まぁそうやって疑ってしまえば、何だってそれ以上は進まなくなってしまうのだけれど、実際にオペラを勉強している人はどう思っているのだろう。

 オペラだけでなく例えばジャズを勉強している人とか、ボサノバを上手く唄う人もいるけれど、結局自分は何を表現したいのか、自分は何者かというところを、おさえておかなければ「上手いものまね」「外国人にしては上手いね」というところでおわってしまうのじゃないだろうか。難しいね。
 


更新時間 : 21:51:57


8月4日 (月)


はる 804
 100号の「胡蝶の夢」に見切りをつけた。これに関わっていると他の仕事にかかれないので、とりあえずの完成とした。裏に返しておいてまた後で観てみよう。上手くいけば今年の秋の個展に出てくることになる。さてどんなもんだろうか?

 八月は毎年小品を描いている。アトリエいっぱいにずらりと小品を並べて、片っ端からこれぞと思う作品を取り上げて何かしら描き込んでいく。人によってはこういった描き方を、職人仕事のようで嫌う人がいるけれど、本来絵描きとは細工師の面もあるはずで、私は嫌いではない。職人半分表現者半分といったところじゃないだろうか。

 小品はアイデアが勝負だ。今年は何が出てくるのか、自分自身が一番楽しみにしている。

 さて今日は暑かった。ではでは。


更新時間 : 23:28:50


8月3日 (日)


はる 803
 生きて行く意味というのが、はっきりと定められていて、これとこれとあれのために私の人生がある、と分かっていたなら楽だろうなぁと思う。私を含めて多くの人の場合、そこのところがあやふやで頼りない。

 もし人の度量をはかる装置が開発されて、目に見える形でそれがわかると面白いと思う。腹黒い政治家や偽善的な宗教者や、教師など、これではかればすんなりと分かるというわけだ。さてさて困ったことには自分の度量だけが見えないらしい。自分以外のひとには自分の人格がお見通しっていうわけだ。

 一つの価値判断として、人の人生は「徳を積むことにある」と決めたとしょう。その徳は自分のこと以外ではどんなことでも積むことができる。そして多くの徳を積んだものが、多くの人に尊敬され、敬われる。たったそれだけのことだけれど、人間として最も大切なことではないかと思う。

 何にでも格というものがある。これもまた目には見えないからむつかしい。ヤクザでも上位の人にはそれなりの「品格」がそなわっているらしい。一番悲しいのは「下品」なことだ。この品格を磨くのも「徳を積む事」とやや似ている。しかし決定的に違う事がある。「徳は積む」ものであるし、「品は磨く」ものであるということだ。

 品のある絵を描きたいと思っている。

 ではまたあした。(一部修正)
  
 


更新時間 : 13:16:59


8月2日 (土)


はる 802
 たまに出掛けるカフェがあって、そこのオーナーと話をする機会があった。オーナーといっても昔のように経営者ぜんとしたごうつく野郎ではなく、若いお嬢さんにしか見えない感じのかたで、まぁ世の中も変わってきたものだと、それだけをみても思う。

 こういった地方にいて真面目にこの地方の事を考えて、町を活性化したいと考えている人は意外に若い人に多い。多分彼女なんかもそういった内の一人で、充分にやる気とそのセンスを持っていると私なんか素人だけれど思う。

 この間の話ではまぁ具体的な話はまだ書けないのだけれど、仮の話として聞いて欲しい。
 小さな町が持っている公共の施設がある。まぁ一時バブルの頃に何処かの総理大臣が無策にも地方に金をばら蒔いた笑い話があったけれど、そういった関係ではないにしても似たような箱ものだろう。今は小さな美術館としてつかっているらしい。ところがもっと活用したいということで、彼女なんかに話があって、何回か話し合いをして具体的にすすめようとしていた。
 ところが急に国から補助がおりるかもしれないということを聞いた役人さんたちは、この話を取りやめにして、一端更地にして何やら別の施設をつくろうという話に変わって来たらしい。ということで彼女はプリプリと怒っていた。

 一見それはまともな話に見えるかもしれない。彼女たちの計画をふいにしたということだけに見えるかもしれない。問題はもっと深いところにある。
 この国のお役人たちには遠い先を見る目が全く無いか欠けている。国の援助で別の施設を造ったとしてもそれは借金だ。いずれは返さなくてはならない。もう一つはこれはとても大切なことなんだけれど、そういった施設をどう使っていくか?というビジョンがまるでない。彼らは自分が担当するある一定の期間だけ運営するだけで自分の責任をはたした気になっている。期間が過ぎれば全く関係ない人間になってしまうのだ。
 一時全国に第三セクターといって半官半民の事業が流行った。ほとんど全てがことごとく失敗している。そんな話を思い出した。

 長い目でみたら、彼女たちやる気のある若い人たちに全面的に任せて、勿論それなりのリスクを背負ってもらって展開したほうがどれだけこの町のためになるだろうか。
 真剣に考えてもらいたい。


更新時間 : 22:54:34


8月1日 (金)


はる 801
 八月です。

 今日は野暮用で遅く帰ってきました。故にまた明日。


更新時間 : 00:10:41



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