あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

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2002-11 - 2002.11.01(日記)
    

                    2002 11月 11月30日 (土)


はる 578 
 もすぐ今日も終わります。で11月もさよならってわけだ。残務整理に明け暮れた一日だった。
 12月に会いましょう。ではでは。


更新時間 : 23:48:20

11月29日 (金)


はる 577
 今日は一日ご無沙汰していた画廊めぐりをした。 
 増穂町のギャラリー六斎で「秋山令一」さんが個展を開催している。このギャラリーは酒造屋さんが手持ちの蔵を改造したもので、天井が高く窓の少ないヨーロッパの家を感じさせる堂々としたつくりだ、こういった建物が好きな私にはこれだけで感動してしまった。また秋山さんの作品たちがこの空間と絶妙にマッチして、もうすでに二十年も前からそこにあったような雰囲気を感じさる。残念ながら作家本人には会えなかったけれど、あれだけの空間に負けない作品をつくるのは並の力量ではないのだ。来月の2日まであともう少しだ。是非暇を作って観にいってくださいな。
 その後山梨市のギャラリー「コスモス」で版画家の石原英次さんが個展を開催しているのでよった。彼とも長い付き合いだ。なんとなく寂しそうなのでこれも観てやってくださいな。
 それから勝沼のギャラリー「蔵」でグループ甲斐画の展覧会、これは私も出品しています。12/1(日)までです。よろしく。つかれた。
 今日の言葉「陰徳有れば陽報有り」また明日。


更新時間 : 12:59:05


11月28日 (木)


はる 576
 午前中屋根に登って布団を干した。前々からなんとか流行りの木製のテラスにしたいのだけれど、こればっかりはなかなか思うにまかせない。
 近所に若い夫婦が家を建てた。その様子をつぶさに観察していて、何かが足りないなぁと思っていたら、最近は地鎮祭をやらないのだ。そんなものどうだっていいじゃないか、といわれれば確かにそうなんだけれど、そうか「お祓い」なんてナンセンスなんだ。それはそれでいいのだけれど、今ひとつ腑に落ちないとことがあるなぁ。
 その彼が張り切って子供のために木製のブランコを作っていた。何も無い庭にそのブランコはポツリと置かれている。子供たちがそれで遊んでいる様子を見たことが無い。きっとそういったことは良くある事で、子供のためにっていうけれど、その実、親の夢だったりするのだな。彼が言っていた「夏にはここにウッドデッキを作ろうと思っているんですよ」
 
 今日は雲ひとつ無い青空だった。空を見上げていると、なぜか子供の頃を思い出した。そこに何の関係があるのだろうか。


更新時間 : 22:34:27


11月27日 (水)


はる 575
 いつの間にかカウントが20000を越えた、ただの通過点だけどね。次は30000を目指します。
 東京展が小さな記事で紹介されている。まだ出版されていない雑誌もあるけれど初めて掲載される雑誌もあるので、その反響がとても楽しみだ。
 「月刊ギャラリー」の12月号の「アーチィスト・クローズアップ」で取り上げてくれています。作品も何点か掲載されているので見て下さい。
 「チルチンびと」という住まいの雑誌があるのだけれど、ご存じでしょうか?我々のような物を作る人間にはとても刺激的な本で、いつもわくわくしながら読んでいる。美術雑誌は一冊も購読していないけれど、この雑誌はほとんどのバックナンバーがそろっている。インフォメーションに掲載予定。
 あと「銀花」というかなりマニアックな雑誌だけれど、工芸になるのかなぁ、表紙がとても美しくて毎回ついつい立ち読みしてしまう季刊誌がある。これも我々のような物を作る人間には魅力的な雑誌だけれど、最後の展覧会情報に作品の写真と情報が掲載されています。


更新時間 : 19:54:43


11月26日 (火)


はる 574
 たぶんそうじゃないかと思っていたことなんだけれど、少し確信めいた気になった。前にも書いたことなんだけれど、ここのところずっと考えていて、まぁ答えのでる問題ではないのだけれど,書いてみよう。

 多くの動物は子育てが終わって一段落すれば寿命がつきるようにつくられている。人間で言えばたぶん50前後であろう。それにも関わらずそれ以降20年も30年も生かされるには何かしらの意味なり意義なりがあるはずだ。それがよくわからなかった。ぼけてまで人に迷惑をかけてまで疎まれながら、恥をさらして生きていくのはいやだなぁと思っていた。
 人は生まれた時には多くの人に祝福を受ける、それと同じようにまたそれ以上に祝福され自らも喜びながらこの世から去っていきたい。またそうでなければあまりにも生きていくことが悲しくてつらいではないか。そう思っていた。でもそれは根本的に違う。

 「健康で元気が一番」という考え方ならば、病気になればこれはもう不幸のドン底ということになる、無論健康にこしたことはないのだけれど、いつもそうとは限らない。我々は往々にして物質的に増えていくこと、多く持つことを善とするところがある、それ故無くなったり少なくなることを悪と思ってしまう。失ってしまったものを回顧することはある種ロマンティックではあるけれど、けっして幸福ではない。
 たぶんこういうことなんだろう。子供の頃早く大人になって子供の時に出来なかったことや、許されなかったことをやりたいと思った。そしてだんだんあれも出来たこれも出来たと経験を増やしていく。それがなによりもうれしかった。
 年を取っていくということは反対に今度はあれもしなくてもよくなった、これも出来なくてもよくなったと、楽になることのように思う。一つ一つ失っていく軽くなっていくことを喜び、しだいに天上の人になっていくのを楽しむことではないかな。・・・どうだろ、まだだなぁ。 


更新時間 : 23:14:08


11月25日 (月)


はる 573
 午前中片付けに会場へ。展示の終わった会場はがらんとして一日前の会場とはまるで違う所のようだ。待っていたかのように雨になった。期間中は少し風の強い日もあったけれど、秋晴れのいい天気だったのに。
ギャラリーの向かい側に大きなポプラの樹がある。毎年この樹が綺麗に色付いてハラハラと散っていくのを、会場の窓から観るのを楽しみにしている。今年は個展が始って二日目に大風が吹いて、ほとんどの葉が散ってしまったけれど、アスファルトの上を色付くまで埋め尽くす光景はなかなかのものだ。
 個展が終わってもまだまだ色々残務整理が残っている。個人で企画実行している場合これも含めて個展だと思っている。なんでもかんでも自分でやりたがる人間なので、まぁしかたないのかな。
 今日になって友達のお年よりから電話。85歳という高齢ながら昼間、自分で車を運転して会場に来てくれた。其の感想を色々といってくれる。私は子供には人気がないけれど、ご老人には超人気がある。私の絵の「愚者」がとてもいいということだった。この「愚者」は結局自分のことを言ってる訳で、まぁどう生きても人間は「おろかなもの」といった感じかな。悟らない方がかわいい。
 


更新時間 : 22:30:03


11月24日 (日)


はる 572
 個展最終日
 無事終了しました。みなさんありがとう御座いました。今年の感想。
 DMには最も気を使うこと。今回は多くの方が新聞のDM写真を見て来てくれた。本の表紙と同じようにほとんどの人はその全てをDMの写真で判断する。内容がどうかなどはその後のことだ。はなはだ残念なことだけれど、来てもらはないことにはどうにもならない。
 人は人を呼ぶのかもしれない。来てくれた人はできるだけ気持ちよく接客する、そうすれば必ず新しい人を紹介してくれる。損得じゃないけれど、そういうもんだろう。
 自分の目をもう少し信じていいのかもしれない。「これはいい」と思ったものは必ず「いい」といってくれる人がいる。今回はけっこうそういうことが多かった。自信になった。

 次は東京です。しばらくお待ちください。


更新時間 : 22:24:13


11月23日 (土)


はる 571
 個展八日目
 明日が最終日です。まだ来ていない人は観に来てください。
 又明日。


更新時間 : 23:41:07


11月22日 (金)


はる 570
 個展七日目
 つかれました。何もかけません。またあした。 


更新時間 : 23:06:06


11月21日 (木)


はる 569
 個展六日目
 明日から後半のピークです、楽しいけれど疲れました。今日はここまで。


更新時間 : 20:53:17


11月20日 (水)


はる 568
 個展5日目
 水曜日はだいたい中だるみで人が少ない。今回はけっこう多くの人が来てくれた。大体多くの人とはどのくらいのことを言うのか検討がつかないと思うのだが、日に40人くればひっきりなしに人が来ている感じがする。個展の場合全てが自分のお客さんなので、けっこう気を使う。一言も声をかけないのも悪い気がするし、あまりかけすぎるのも失礼かなぁと思ったりする。
 ということでかなり疲れました。又明日。


更新時間 : 21:04:30


11月19日 (火)


はる 567
 個展4日目。
 4,5日前の「日々好日」に「老いることを否定するかのように赤やピンクの物を身につけたり飾ったりする。(若い者には負けないぞ)というような年の取り方というのは、何か違うのではないか」と書いたら、少し誤解されたようだ。
 言い訳すれば、あの文章の真意はアメリカの文化を批判することではなくて、若いと言うだけでちやほやされる昨今の日本のことを言ってるのです。例えば春になって桜が満開になる、「ああきれいだなぁ」とは年端もいかない小さな子供でもたぶん感じるだろう、けれどある程度年とって「あぁもうこれが最後の桜かもしれない」と思って見る桜とは自ずから違うでしょう。そこには一口では言い表せない悲喜こもごもの多くの想いが詰まっている。結局、物の善し悪しや美醜はその人の度量に大きく左右されるので、年をとるということはただ単に老いぼれただけではなく、人間として大切な「感覚のものさし」を手に入れるということなんだよ、生きることは楽しむ事で同じ物を見ても「観る気持ちがなければ、何もみえないのだよ」と言いたかった。


更新時間 : 21:02:34


11月18日 (月)


はる 566
 個展三日目。
 月曜日だから朝から人が来る事もないだろうと少し遅れていったら、今日に限ってお客さんが待っていた、神はどこかで見ているものだ。
 午後から地元のCATVの取材の予定。昼飯は近くで買った調理パンで適当にすませる。誰も来ないのを見計らって車の中で昼寝。午後二時頃、取材のスタッフが強風の中来る。簡単な打ち合わせをしてすぐに本番、テレビカメラの前で同じことをもう一度しゃべるのは白々しくて難しい。後はうまく編集してください。「まれびと」「さいわいびと」のこと上手く伝えることが出来たでしょうか。木曜日の放送だそうです。
 4時頃から台風なみの強風。残っていた枯葉がこの風で全て散ってしまった。この天候ではもうお客さんは来ないだろう、残念でした。
 ということで終わりました。明日は私は不在です(学校です)展覧会はもちろんやってます。観に来てください。それではまた。


更新時間 : 22:24:36


11月17日 (日)


はる 565
 今日は日曜日。個展二日目、ということで疲れました。カンベンしてください。それではまた。


更新時間 : 22:26:51


11月16日 (土)


はる 564
 第一日目無事終了。初日の調子をみれば大体の今年の雰囲気が分かる。今年も多くの人が来てくれた。ありがとうございました。
 私のような無名の作家の場合、ほとんど投機の目的のためにコレクションする人はいない、全ての人が本当に「好きだ」という純粋な動機だけで来てくれる。だからとても責任感じるし、いい加減なことできないなぁといつも思っている。こうやって一年に一回個展やって「今年はここまで考えを深めましたけどどうでしょうか?」と問い掛けて、お客さんの反応をみる。「いやだ、だめだ」と思えば来年からは来てくれない、「いい、共感した」という人は友達をさそって又来てくれる。そんなもんだろう、それが全てでしょう?
 できるだけ長く活動して自分のシンパを増やしていく、それが「まろうど」の生き方なんじゃないかなぁ。それが百パーセントできたらそれで幸せだ、難しいけれど。どうだろう。
 疲れました。又明日。


更新時間 : 22:48:36


11月15日 (金)


はる 563
 今飾り付け終わって帰って来ました。ということで明日から個展です、たくさんの人のおいでをお待ちしております。是非暇を作ってきてくださいな。お待ちしてます。
 おいでになれない遠くの方のために、特別展示トップをご覧下さい。今日は疲れましたのでおしまいです。では明日。


更新時間 : 23:03:44


11月14日 (木)


はる 562
 ここのところ、ほぼ毎日何かしら書いている。こうやって今日は何を書こうかなぁと考えることも、ほぼ日課になってしまった。たまにこのコーナーを読む人に「よくネタが尽きませんね」と言われる。確かにネタを探してはいるけれど、基本的に成り行き次第で余り考えないで書き出す。これを最初っからテーマを決めて書き出すととても大変だ、とてもハードで続かないと思う。
 そうやって考えると、何かしら自分の絵の描き方と似ている。テーマを決めて描かない事や、兎に角描きはじめてしまう、その後に何かしらの形や色が決まって、何やら物語りも見えてきたりする。自分が考えてたよりもはるかに面白いものに発展したりする。
 絵のアイデアを考えている時なんかもそうなんだけれど、何かないかなぁ、なんて考えている時は煮詰まってる時だ。何も考えないでフンフンと鼻歌でも唄いながらやれているときにいいアイデアが出てきたりしている物だ。兎に角手を動かしていることだな、手で考えているのだ、私の場合。


更新時間 : 19:21:21


11月13日 (水)


はる 561
 少し風が冷たくなってきた。日中はわりとポカポカとしていたけれど、日が暮れると急に「初冬」と言う感じになる。夜の学校に向かう途中、川沿いを車で走る。暮れかかった西日を浴びて、盆地の山々がくっきりと見える。左手がら、山の端にひっかった光がカリカリ音を出しながらさしてくる。八ヶ岳はもう厚い雲に覆われて見えない。ひょっとすれば今夜は雪になるのだろうか。
 さて 2001「まれびと 1」だ。  作品を観る
 この作品は自分でHPが扱えるようになって最初にトップにアップした絵だ。97年以降こういう作画方法になって久しぶりに好きな作品が出来た。一年以上たった今の時点で大きな破綻が見えてこないのはいい作品ということになるのじゃないかな。あまり評価は高くなかったけれどね。
 最初に全く何も考えずに下地を作った。古いぼろ布がのりで固められて不思議なマチエールになった。さらにその上に壁土を塗り込める、真っ赤な絵の具をたらし込んで、じっと眺めていたら「羊頭」が見えてきた。さらに不思議なことにそれにあわせて何やら人らしき物も見えてきた。消えてしまわないうちに墨で形をとって、仕上がったらこんな絵になっていた。(アトリエ風景のバックになっているのがこの絵の最初のころだ)
 後ろに書かれている言葉は3000年も前の中国の甲骨文字で、「東西南北の方神と風の話」。


更新時間 : 20:46:32


11月12日 (火)


はる 560
 自分の親を見ていて感じることも多い。やがて自分も同じように老いていくのだなぁと。こればっかりは避けようがない。
 例えばアメリカの映画なんかを見ていて思うことは、老いることを認めないというのか、老いることを否定するかのように赤やピンクの物を身につけたり飾ったりする。「若い者には負けないぞ」というような年の取り方というのは、何か違うのではないか。年とれば当然、体力も気力も若いときに比べて落ちていく。そんなことは当たり前のことでその事で張り合ってもしかたない。若く見える格好をしたり、若がって見せたりするのは、根本的に老いた今の自分を否定している事になる。老いることを否定した文化なり文明というのは「成熟」そのものを疎ましいというふうに考えているのではなかろうか。
 今のところ本当のところはわからないといった方が正しいかのしれないけれど、我々は老いることで何らかの新しい「意義」を身につけていくのだろうか?そのことを実体験しながら伝えていくのも「表現者」として意義あることかもしれないね。
 


更新時間 : 17:08:40


11月11日 (月)


はる 559
 1998「だれもしらない」S100      作品を観る
 宮沢賢治の「アメニモマケズ」の詩がなぜカタカナなのか、というのが何処かの入試問題に出たというのを聞いた。理由は色々考えられるけれど、まぁそうやって話の種になるだけでも彼は幸せ者だ。
 芸術は難しいほどありがたいきがする。「有り難い」とは良く言ったものだ。難しい話をむつかしい専門用語で煙に巻くのも一つの方法だけれど、私はできるだけ誰でも理解できるコトバで表現したいと思っている。そのことの方が本当は難しいと思うのだ。
 このところ多くのタイトルに「ひらがな」を使っている。表音文字である平仮名は一つ一つには意味がなく、最後まで読んで初めて意味ある言葉となる。たとえば「幸い人」と書けば、その字面で我々は読んでしまう。ところが「さいわいびと」と書くことによってひとつ抵抗感を持って読んでくれるという事だ。
 物事はすんなりと行く事が全ていいとは思わない。特に我々のような仕事はいかに観てもらう人に抵抗感を持ってもらうか、一秒でも多く足を止めるかそのことの勝負だと思えるからだ。
 宮沢賢治がそんなことを考えてカタカナにしたとはおもえないけれど・・。
 


更新時間 : 18:07:32


11月10日 (日)


はる 558
 高校時代の自分に会ったら多分友達にならないだろう。良く知りすぎていて、見ていて恥ずかしすぎるからね。
 地元の関西で個展をあまりやらないのはどうしてか?とたまにきかれるけれど、上手い答えが見つからない。なぜなのかなぁ、べつにそれほど悪い事をしたわけではないのだけれど、何となく恥ずかしい気持ちが強いねぇ。
 
 「絵描きのぼやき」のタイトルを変えた。色んなところにこのタイトルが使われているので、まだほとんど直していないのだけれど、まぁいいかなと思ってる。気が付けば直しておきます。気に入って使っていたのだけれど、もともとは私が考えたタイトルではない。「ぼやき」といえばどうしてもあの野村監督を彷彿させるので、最近はどうもなぁと思っていた。流行り物はこれがあるからなぁ。
 「日々好日」も大していいタイトルではないけれど、この間までアトリエの片隅に貼ってあった言葉だから、それにした。若いころヒッチハイクで日本中をまわってやろうと計画した(計画そのものは途中で挫折した)時、それにはどうしても3シーズンの寝袋が必要だった。初めて山岳用品を扱っているお店に行ったのだけれど、その店屋の名前が「好日山荘」だった。それから何となく(のんびりした、くつろいだ、いい日だ)というイメージが出来てしまった。どうかな、またいいのがあれば変えましょう。では。



更新時間 : 23:50:15


11月9日 (土)


はる 557
 今日は一日額あわせ。もうかなり前に額は注文してあったのだけれど、実際に額装すればかなりの場所を取るので、今日まで延ばしていた。
 額のガラスを拭いたりしてまず呼吸を整える。紐を外してなかからもガラスを拭く。絵を入れて蓋をしてゆっくりと表を向ける、この時の第一印象がとても大切だ。合わない額はどんないい絵でも其のよさを殺してしまう、反対にぴたりと合った額は其の絵よさを最大限に見せてくれる。値段じゃないのだけれど、どうしてもいい額は洒落じゃないけど、高額になる。
 最近友達の絵描きは自分で額まで作っている。本当はそれが一番其の絵のためにはいいのかもしれないけれど、なかなかそこまではできない。今回の作品のなかで少し実験的に絵の周りのふち(マット)を付けた物がある、額までは作れないけれどせめて少しは参加したいと思ったからだ。
 前にも少し書いたけれど、額は「あっちの世界」と「こっちの世界」の境界だと思う。もっといえば現実の世界にぽっかりとあいた迷宮の入り口なんだ。しっかりと結界をはってやる必要がある。
 さて薄化粧もほどこしたし、いよいよ来週から始ります。
 


更新時間 : 23:31:52


11月8日 (金)


はる 556
 130号のパネルに地塗りを始めた。これは来年の展覧会のためのもので、今回の個展とは関係が無い。不謹慎かもしれないけれど、私の中では個展はもう終わっている、というのかもうジタバタしてもはじまらないので居直ったといった方がいいのかな。いつもだいたい三ヶ月ぐらい前の仕事をしていないと気分的にあせってしまう。だから個展の前にはもう物理的に完全に終了しているのだ。後は出来るだけ個展を楽しみたい。
 地元の新聞社の取材を受ける。いつものことだけれど、電話の取材は何を喋ったのかあまりおぼえていない。そういえば昔個展を始めた頃、電話で取材されてあがってしまってチンプンカンプンなことを喋ったことを思い出した、かなり恥ずかしい。そりゃそうだろう、芸能人じゃないのだか「今年のテーマについて、何か喋ってください」って言われても難しい。「さいわいびと」って何ですか?って言われてもこれを説明するのに10分はかかる。それにしても、まぁ意味のあることを上手く喋るのは至難の技だ。ラジオやテレビのコメンテイターを尊敬する。
 さて今日はここまで。


更新時間 : 19:33:50


11月7日 (木)


はる 555
 1993「海と私と六角堂」F100     作品を観る
 私のモチーフによく「六角堂」という建物がでてくる。「六角堂」というのは俗称で正確には「神戸・移情閣」というそうだ。何処から見ても六角形に見える其の姿から、いつのころからかその名前で呼ばれている。
 地図で見ると、大阪湾から神戸にむかって大きくカーブしてその一番膨らんだ部分と淡路島とが接するかどうかのところに「舞子」という小さな町がある。今は「世界一長い橋のある町」として少しは知る人がいるかもしれない。神戸といえばハイカラな港町、異人館や洒落たお店が軒を連ねというイメージがあるけれど、私の子供の頃の舞子はそんなイメージとはほど遠いひなびた田舎町だった。ただ唯一神戸らしいといえるのが、海岸通にぽつんと建っていたこの「六角堂」だった。今は橋が出来たためにその場所から引っ越してしまったけれど、昔の家の二階からもこの六角堂が良く見えた。
 子供の頃を含めて自分という個性を形作った風景を一つ上げろといわれたら、たぶんこの六角堂を上げるだろう。それほど私の中では特別な意味のある象徴的な建物だ。
 この作品の運命はけっこう過酷なものだ。1993年に第一回「印象・神戸展」というコンクールがあった。当時多くのコンクールに出品、入落を繰り返していた。当然私の町で開催される展覧会だったので出品した。たまたま運良く入賞、作品も神戸市の買い上げとなった、そこまでは良かった。その二年後例の「阪神大震災」があり、展覧会が開催された兵庫県立博物館は崩壊は免れたけれど、大事なコレクションが水浸しになり、その時にレセプションがおこなわれた神戸オリエンタルホテルは脆くもくずれてしまった。だいたい神戸市役所がつぶれてしまったのだから、一枚の絵の所在など知れたものではない。今は何処でどうやっているのやら、知っている人がいたら教えて欲しい。


更新時間 : 19:14:09


11月6日 (水)


はる 554
 今日地元の個展のDMを発送した。はがきそのものはもう随分と前にできていたのだけれど、何時ごろに出すかこれがけっこう難しい。あまり早く出しすぎると貰った方も忘れてしまう、かといって余り遅いのも、忘れていて慌てて出したみたいでもらった方も気分が悪いだろう。参考のためにだいたい一週間前に着くくらいが一番いいだろう。昨日出すつもりだっただったのだけれど(仏滅)だったので止めた、ちなみに今日は(大安)です。
 今までに来ていただいた人には着く予定です、お楽しみに。今日はここまで。
 


更新時間 : 21:47:57


11月5日 (火)


はる 553
 1982「窓からの風景」F80     作品を観る
 デザインとファインアートの違いがよくわからないのだけれど考えてみた。何処かで広告とアートの違いがうんぬんされていたけれど、表現というくくり方をすれば同列のようにも思う。大きな違いはクライアント(広告主)がいるかどうか、最終的な判断が彼に握られているということだろうか。それと突き詰めていえばその商品が売れるかどうかが、広告の生命線でどんなにいい作品でもヒットしなければ、いい広告とは言わないのじゃないだろうか。そこのところがアートと決定的に違うところだな。どうだろうか?
 さてこの絵は失敗している。線も形も色もすべてが萎縮している。「平面化」を無理やり推し進めるとこんな具合に「平板化」する。誰かに「古いシーツがかけられてるようだ」と言われた。くやしいけれど納得。ここからしばらくして「丘シリーズ」が始まる。その前哨戦だとおもえば許してもらえるだろうか?


更新時間 : 22:07:28


11月4日 (月)


はる 552
 1980「コーヒーサイホンのある窓辺」F100  作品を観る
 「コーヒールンバ」というなつかしい歌を井上陽水が唄ってるのを聴いた。「あかしやの雨が止む時」なんかと一緒にヒットした歌謡曲で、西田佐知子があの鼻に掛かったような声で唄っていた。昨日の話じゃないけれど、ボサノバ女王といわれた何とかジルベルト(名前を度忘れした)も最初は素人っぽいなんていわれていたけれど、それが「個性的な声」となって最後には「ボサノバには無くてはならない歌声」ということになった。素人っぽさもそれを売りにまで昇華させれば本物になるということだな。
 コーヒーをはじめて飲んだのは小学校も高学年になっていたと思う。当時はインスタントコーヒーなどなくて、今から考えるとかなり荒挽きの缶入りの粉だった。専用のポットに何杯かそれをいれて茶漉しでこして飲んでいた。手間を食うわりには美味しくないもんだという印象しかのこってない。
 その後学生になって初めてバイトした音楽喫茶は、当時の流行なのかすべてサイホンコーヒーだった。サイホンに入ったお湯がポコポコ音を立てて揺らいでいるのを、きれいだなぁと眺めていたおぼえがある。実際はサイホンでたてるコーヒーは少し苦くなりすぎるところがあって、それから掃除が面倒だということもあってドリップ式に取って代わられた。今サイホンでコーヒーを入れている家庭は珍しいのではないかな。
 さてこの絵は始めての100号だ。セザンヌから始った絵画の道はそろそろキュピズムの尻尾が見えてきた。構成を大胆に平面化しょうという意図が見え隠れしている。具体的な形や色がまだ色濃く残っているので、そういった意味では分かりやすいく、美くしく仕上がっているようだ。こういった素人っぽさも突き詰めていけばいいのだけれど・・・。
 


更新時間 : 14:57:19


11月3日 (日)


はる 551
 「書家の書は面白くない」などという。そういうならば「絵描きの絵は面白くない」、「歌手の歌はおもしろくなく」て「作家の小説はおもしろくない」ということになる。このことは生半可なプロなら素人芸のほうがまだましだ、というような意味を含んでいるのかな。
 もう一歩進んでとても素人では真似の出来ない超人的な技なり知識を身につければ「玄人はやっぱり違うね」ということになるのだろうか。困ったことに、そんな技量も芸も知識もない。
 トップページに「画家 榎並和春」なんてうたってるので、そこらあたりが何だか妙に気恥ずかしい感じがする。言い訳すれば検索して来てもらうのに引っかかるキーワードが無くては来てもらえないので、こんな看板になった。「人間 榎並和春」でいいのだけれど、それでは誰も来てはくれないだろう。一番素直で分かりやすくとっつきのいいのがこれかなと思った。
 理想的には「文人」のような生き方がいいと思う。書く事や描く事や考える事はその生き方の一つの表れにすぎないというような、その本体は自然体で流れていくような、そんな生き方ができればいいと思うのだ。


更新時間 : 19:20:47


11月2日 (土)


はる 550
 個展が近い。どことなく落ち着かない。今更何をやっても遅いきもするけれど、とにかく絵を描かなきゃと気持ちばかりあせっている。物理的な仕事もうすでに終わっているのだけれど、これで終わりにしょうという最後の一筆のようなものが私にはない。のべつ幕無しに絵のことを考えているわりに、いざという時の集中力というのが欠けているのだ。これはある種の欠陥なんだろうなぁ。
 「歳には不足ない」なんて言われた。そうだよなもう50だものな。一昔前我々が二十歳前後の頃、五十歳のおやじのいう事など眼中に無かったものね。ここのところ「掲示板」に世代間のギャップについて書き込みが続いて、何とはなしにそんな事を感じた。
 どうもあまり筆がすすまない。今日はこんなところで。


更新時間 : 21:22:19


11月1日 (金)


はる 549
 11月になりました。ではまた後ほど。

きょうはちと疲れました。それゆえ又明日。


更新時間 : 21:55:29

過去の作品コメント
1980 コーヒーサイホンのある窓辺
1982 窓からの風景
1993 海と私と六角堂
1998 だれもしらない
2001 まれびと 1


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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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