あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

2002-3 - 2002.03.01(未分類)
絵描きのぼやき

2002年3月
3月27日 (水)


はる 352
 MY@ISMのヘッドラインに参加させてもらって何ヶ月か過ぎた。手っ取り早く言えば、毎日更新されているこの「絵描きのぼやき」のような「日記」が何人か分そっくりそのまま切り取られて載せられているページとでも言えば分かりやすいだろうか。
 システムのことはまるで分からないのだが、毎日何回か見る習慣がついて、私の中ではおなじみになったサイトも多い。出不精でわざわざ出掛けていって何やらコメントを書くことは今まで一度もなかったけれど、そういった隠れファンも多いのじゃないだろうか。
 ところでこの文章も当然このヘッドラインに掲載される訳だから、楽屋落ちといった感じもするねぇ。いやいやそんなことを書くつもりではなかった。
 とても残念なことですが、このヘッドラインのサイトがこの三月いっぱいで閉めるということで、しばしのお別れですね。もし引き続きこの「ぼやき」をご愛読なさりたければ、是非お気に入りに入れておいてくださいね。
 MY@ISMさんどうもありがとうございました。
 ヘッドライン・http://www.myism.net/
 
 ところで明後日から4,5日留守にします。それ故この「ぼやき」の更新もしばらく滞ることになります。あしからず。それではみなさんまた四月にお会いしましょう。


更新時間 : 15:56:36


3月26日 (火)


はる 351
 田舎に住んでいると電車に乗る機会が少ない。であまり気が付かなかったのだけれど、電車の中吊り広告ってなかなか面白い。あれをきょろきょろ見ている奴はたぶん田舎者なんだろうなぁ、きっと。
 何の雑誌の広告か忘れてしまったのだけれど、「文章で伝える方法」なんていうのがテーマになっていた。なんていうのか、私なんかもそうだけれど、本格的に文章修行などしていない。だからこうやって毎日くだらない事を書き連ねて、はたして本当に伝わっているのかと疑問に思う事も多々ある。なまじ文字というのは誰でも書けるから勘違いしやすい。思った事を書けば人に簡単に自分の思っている事が伝わるのだと。
 「トンパ文字」(うたい文句は現代に生きている唯一の象形文字だそうだ)がちょっとしたブームになっているらしい。知らない人はお茶の宣伝で使われていると言えば分かるだろうか。本屋さんで立読みしていて驚いたのは、例えばケイタイのメールで「顔文字」を使うように、この文字を使うそうだ。
 温故知新ではないけれど、時代が回りまわって結局こういった象形文字のような直接的な表現手段が、一番ストレートに人の気持ちが伝わるのかもしれない。とても興味深くみた。


更新時間 : 21:23:11


3月25日 (月)


はる 350
 韓国とサッカーのワールドカップの合同開催ということが引き金になって、今まであまり顧みられることがなかった、韓国の文化が多く紹介されるようになってきた。いまさらながら何と我々日本人は隣国の文化を知らなかったか、否、知ろうとしなかったのかがよく分かる。明治維新以後「脱亜入欧」で一心不乱で欧米化をやって来た結果だとは思うのだけれど、なぜかどこかアジア人でありながら意識的にアジアである事を否定しているところがあるのに驚く。
 この間韓国の映画を観ていて強く感じたのは、「この映画はどこの国の映画だ?確かに韓国語を話しているけれど、雰囲気はどこかヨーロッパだ」このことは普段なにげなく暮らしていたら気が付かないことだけれど、我とわが身わが周りを見まわしてみれば、自分たちのことでもあるのだ。ハウステンボス、スペイン村、アメリカ村みんなそれらしく作ってはいるけれど、張りぼての子供だまし。そこの所に今ごろ気が付いた。
 「みみをすます」去年の個展のテーマだ。これはもともとは9.11のテロから発想した。反対の意味で。大国の論理だけが正しいのではなく、小さい者や弱い物にも耳を傾けてという意味を含んでいた。はっきり言って我々の骨の髄までエセアメリカンだと思う。我々は意識的にアメリカから自立しなければならないところに来ている。


更新時間 : 20:19:25


3月24日 (日)


はる 349
 学校の後輩が個展をやっているので出掛ける。彼とは10歳も離れていて本来なら共通の期間はないはずなのだが、何かの縁でここまで来た。学校の同窓生というのは不思議なもので、年齢が離れていたり学年が違ってもどこかによしみがあって懐かしいものがある。

 私がこの地に来たのは、この地方の教員養成大学に入学したからだけれど、その時もうすでに25歳を過ぎていて人生の選択の余地はあまり残されていなかった。卒業して「田舎で学校の教師でもしながら絵を描こう」と安易に考えての選択で、親や兄弟への言い訳にも一番説得力のある方法だと思った。もうすでに短期間だけれど、大阪や京都で就職もし色んな経験もしたうえでの選択だったので迷う事はないと簡単に考えた。それ故にこの学校での四年間はいっさいアルバイトもせずひたすら絵を描く事だけに専念したけれど、やっぱり迷ってしまった。その後も色々あったけれど、結局この街にとどまっている。
 人の生き方は何通りもある。たまたまある時、偶然にそれを選択したために今現在があるのだけれど、その時にどれだけその事を意識していたか疑問だなぁ。ただどれを選んだとしてもそう違いはない。結局なるようにしかならんということさ。ケセラセラ。
 なんか良く分からん話になってしまった。じゃまた。


更新時間 : 16:50:42


3月23日 (土)


はる 348
 春の嵐が吹きまくった。毎年春はこんなに風が吹いたっけ?今年はなんだか凄いよ、秋の台風なみですね。桜もほぼ満開だ。一週間は確実に早いねぇ。少し全てが前倒し、日本的政治の手法がうつったのかしらね。
 野暮用で東京にでる。二年ほど前にたまたま雨の日におろした靴がある。その靴の聖霊が怒ってそれからこの靴を履いて東京にでると必ず雨になる。今回もその例にもれず天気予報では午後から晴れる予報だったのに、やっぱり雨になってしまった。
 東京に出たついでに、掲示板に時々メッセージを書いてくれる門脇さんの個展会場に寄る。インターネットという架空の世界から個展という実在の世界にはじめてつながった。これもまた初めての経験なので楽しかった。
 つかれたので今日はここまで。


更新時間 : 22:46:28


3月21日 (木)


はる 347
 NHKの「アリー」が面白い。下ネタがけっこう多いのだけれど、ベースに流れているのはなかなかロマンティックなラブストーリーだ。二三日前にビデオで見始めてつぼにはまった。ちんけな映画を観るよりずっと面白い。ストーリーのなかでサブに流れている時々の訴訟のシーンがなかなか面白く、考えさせられることも多い。
 日本人の我々には「訴訟」のイメージっていうのがなかなかつかみ辛い。出来るならなるだけ他人とは穏便に過ごしたいと普段から思って生活している。だからまぁいざ訴訟などと言うと自分の言いたい事の半分もいえないだろうね。なんでもかんでも噛み付いて大声出せば勝ちと思っているきらいがあるけれど、今度の鈴木さんの件なんかでもそうだけれど、たぶん慣れてないのだと思える。
 「アリー」を見ていると、まぁ面白おかしく作ってはいるのだろうけれど、彼の国では何でも訴訟になりうるということがよく分かる。またその弁護(説明して相手を納得させる技)がとんでもなく上手いという事だ。それだけで45分見せてしまうのだから。
 人間だから間違いも有る。だからこそ我々人間がルールを作って納得できればとりあえずOKでしょう、という暗黙の了解があるような気がする。だからまぁ結論として、そんなことを日々経験している彼の国を相手に丁丁発止やるのであるならば、よほど訓練したつわものを揃えないと、いちころに負けるということさ。
 
 


更新時間 : 15:36:44


3月20日 (水)


はる 346
 最近の事より昔の事を語りたがるのは老化の証拠だと、二三日前の何かで見た。
 ところで私が二十歳前後の頃の事を書くのは、たぶん自分の事でありながら客観的にもう時効だといった気分で書いていけるので、気がらくだということだろう。反対を言えば今現在のことを書けば色々問題もあるという事かな。
 この間新聞の投稿欄を読んでいたら、こんなことが書いてあった。「二十歳の頃には戻りたくない。未熟で半端な自分をさらけだして、恥らう事がなかった自分に会いたくない」というようなことが書かれていた。同感、同感。今じゃもう忘れてしまって、一人前の大人のふりをして生きている我々だが、ほんの少し前まではまだまだ「けつの青い」兄ちゃんだった。いい思いでもたくさんあるんだろうけれど、私にとってはもう恥ずかしいことばかりで、もう一度戻らせてくれるといっても拒否するだろうね。


更新時間 : 13:44:54


3月19日 (火)


はる 345
 桜のシーズンに毎年いく場所がある。近くの温泉街の街路樹が綺麗な桜並木になっていて、川をはさんで咲き誇っている光景は異様な美しさがある。川岸もわざと護岸工事せず土手に菜の花の群生が見られたりしてなかなかいいなぁと思っていたら、去年その護岸工事されて全く味気ないものになってしまった。観光客を呼ぶという大前提があるならば、何が求められているのかぐらい把握しないでどうするのか、何が観光立県じゃ。行政というものはよくそういうトンチンカンなことをやる。とくに田舎の政治家にほんろうされている昨今をみると特にそう思う。

 ところで、桜だ。家から歩いて10分ぐらいの所に小さなレストランがある。昔近くに水道局の浄水場があったとかで、その後には何の建物もなくただ単に桜の並木が堂々とつづいている。桜のシーズンになるとライトアップされ、その店からも眺めることができる。車の往来も激しいところなのだが、その部分だけが違う空間のようだ。夕暮れ時はけっこう幻想的な雰囲気で好きな場所だ。
 思い出が何ににも代えがたいのは、それが特別なことだったからではない。ごく普通のなにげない日常だったからで、そのことが分かっただけでも私はよかったと思っている。
 


更新時間 : 00:26:46


3月18日 (月)


はる 344
 今日もやぼ用で半日つぶれる。学校に提出する健康診断書作成のため健康センターへいく。いつになく効率よくスムースに済んだ。というのも今日は団体さんがなぜかいなかったからだけれど、いつもはこうはいかない。またレントゲンを浴びてしまった。探せば最近撮影したものがあるはずなんだが、面倒なのでそのままいわれるようにした。体のためにいいと思ってやることが、まわりまわって害を与えてるという典型的なジレンマ。まぁ我々のようなフリーの仕事をしている人間にとって、こういった強制的な健康診断はいいかもしれない。こういった機会が無ければ普通なかなか行かないもの。
 
 チック・コチアが「リターン・ツゥ・フォーエバー」を出した頃、JAZZの世界ではあれはジャズじゃないポップスだなんて言われてた。ジャズ喫茶でリクエストするとなかなか採用されなかった。その後フュージョンという分野でジャズミュージシャンがどんどんヒットをとばしていったのだけれど。
 その頃大阪梅田のジャズ喫茶で働いていた。大阪には梅田界隈の「キタ」といわれる街と、難波を中心とした「ミナミ」の街がある。古い街の「キタ」はそのころから新しく開発してきた「ミナミ」におされ気味で何とか巻き返しをはかっていた。阪急ファイブや阪急の駅の再開発がされていたのもその頃だ。私の働いていた店のオーナーも「ミナミ」にも支店を出すという事で、私に「店長にならないか」とさそってきた。色んなリクエストにもすばやく答えられるようになり、新譜のレコードの選曲も任されるようになって面白くはなって来ていたけれど、喫茶店のおやじになるつもりはなかった。そういう由を伝えると何となく気まずくなって、その後やめてしまった。
 いまでもジャズは好きだ。個展の会場でだいたいいつも終了間際になるとビル・エバンスをかける。疲れてくると軽い乗りのジャズが一番こころをいやしてくれる。


更新時間 : 15:11:12


3月17日 (日)


はる 343
 今日は朝から裸婦のスケッチにでかける。先月は何かの都合で休んでしまったので、二ヶ月ぶりのスケッチだ。午前中から5分10分と繰り返しいったい何ポーズ描くのだろうか。最初はやや硬くなっていた腕も何回かやるうちに段々とやわらかくなってくる。暖房ががんがん効いているので頭がボーッとなってくる。そのくらいの方が自由に線が引けていいようだ。何も考えずに黙ってただ目の前にあるモデルをできるだけ忠実に写そうとする。それに没頭する。我々のような趣味の人間にとってそれはなかなか楽しい作業のようだ。その証拠に久々に充実した疲労感があった。


更新時間 : 20:02:16


3月16日 (土)


はる 342
 仕事や絵の事以外でこのところ忙しい。少しの時間だけれど予定が入っていてそれだけで何となく一日が拘束された気分になる。それに年度末は仕事の更新もある。もう20年も同じ事をやってるのに毎年履歴書やその他の書類をださなければならない。事務的な手続きはお役所の決まりごとで仕方ない事なのかもしれないけれど妙に白々しい。

 頼んでおいた小品用のパネルがいつもの画材屋さんから届く。まだまだ年末の個展まで間があるのだけれど、少しずつ地塗りをしていくつもりだ。私の作品は地塗りに半分以上の時間をかける。何を描くか決めないでほとんど無意識に紙から布、木などできるだけランダムに貼りこんでおく。作為的に後で利用しようと考えてはりこんだものは結局アイデアに行き詰まる。どうにもならんぐらいの方があとあと面白いものができる。
 無意識の仕事だけで充分美しい物も多いけれど、そこでやめてしまうのは私は不親切だと思う。そこからが本当の仕事だ。どれだけイメージを表現できるか、見る人にわかってもらうようにサービスする。具体的な形を提示することが多い。そこがまた難しいのだができるだけ描かないで描く。わかるかなぁ。


更新時間 : 00:31:10


3月15日 (金)


はる 341
 どういった生き方をしたいのか、この歳になっても明確に述べる事ができない。子供たちにはどう生きたいのかはっきりした目標を持つことが大切だなどと、分かったような事を言うのだが、自分自身よくわかっていない事に最近気が付いた。
 絵描きという職業にも色んなニアンスがある。人から頼まれてそれに沿った絵を描くイラストレイターも絵描きだろうし、デパートの画廊で商品としての絵を大量に描くのも絵描きだろう。公園や街角で似顔絵を描くのも立派な絵描きだ。昔やっていたような陶器に絵を描く絵付師も絵描きだ。そうやって考えてみると、職業としての絵描きにもなりたいとは思ってないようだ。
 「まれびと」かな。


更新時間 : 23:14:21


3月14日 (木)


はる 340
 もうすっかり春の気分だ。
 さて今日は今年度の最後の授業。テストも終わって彼らはもう気分的に春休み。私が一番授業などやりたくない。ということで昨日の晩にビデオ屋で面白そうな映画を物色。これがなかなか難しい。最近の映画にはどこか必ずエロイシーンがある。まぁそれでもいいのだけれど、いたずらにうぶな青少年を刺激することないと、適当なビデオを選ぶ。「ウォーター・ボーイズ」を借りる。男子校の話だし昨年度の話題作。私もまだ観てなかったのでこれにした。けっこう受けた。
 非常勤の講師というのは日雇い労働者みたいなもので、何の保証もない。そのぶん何処にも属さない気軽さがある。絵を描いて生きて行くにはちょうどいい仕事かと思う。
 考えてみると子供の頃からどこかに属すのが苦手だった。いつも片足は違う世界につっこんでいたきがする。なぜかどっぷりと一つの世界に浸かりきってしまうことに閉塞感を感じてしまう。ボーダー=境界線上が安心していられる場所なんだ。責任のとれないとんでもない「怠け者だ」ということでもある。


更新時間 : 22:28:24


3月13日 (水)


はる 339
 もう気付いておられる方も多いと思いますが、私のリンクのコーナーで一つだけ異質なサイトがあります。人によると私のリンクされたサイトで一番役に立って面白いという人もいますが、まぁこれも愛嬌だと思って見て下さい。特に勧めはしませんが。
 大阪の天満橋近くだったと思うけれど、マーチャンダイズビルっていう30階建てくらいの建物に、今ではこちらでも有名な高級婦人服の会社、「ラピーヌ」「レリアン」の展示場があった。むろん私なんかそんな華々しい場所では雇ってもらえるはずもなく、した働きでちょっと離れた縫製工場から検品をした製品を、このビルまで運んでくる仕事の手伝いをしていた。
 その日も地下から大きなラックに百点以上のスーツをぶら下げてエレベーターで会場まで運んできた。会場は明日の展示会にむけて殺気立っており、誰もバイトの一人ぐらいの行動なんて気にしていないと思っていた。通路に色んなダンボールなんかが散乱しており私の通行を拒んでいた。私は何気に足を使って蹴飛ばしながらラックを運転して来たのだが、間の悪いことにそこに会社の常務がいた。「えなみくん」と自分の名前を呼ばれて、この会社の常務が私ごときの名前を知っている事にまず驚いた。「製品は会社の命だ、まず通路を片付けてから運ぶように・・・」てなことを言われたと思う。最初のショックで後はよくおぼえてない。
 「おいお前」と言われていたら多分今までおぼえていなかったと思う。人を操縦するコツをこのおっさんは知っていたということさ。


更新時間 : 18:08:00


3月12日 (火)


はる 338
 70年代はカウンターカルチャー全盛の頃だ。そのトップを走っていたのがやはりビートルズだと思う。彼らのやることなすことがカッコよくその時代の若者の風俗になった。彼らがインド哲学や宗教に影響された音楽を作ったりしたので世界的に瞑想がブームになったりした。
 当時のアメリカはめちゃくちゃカッコよく見えた。社会からドロップアウトして、仲間を集めて自分たちのコミューンをつくり自給自足の生活が本当に理想的な社会だと思っていた。「ハンドメイド・ハウス」や「DO IT YOURSELF」の本を買って羨ましく眺めていた。そんなアメリカの雑貨を集めた雑誌「U・S・AMERICA」がバイブルだった。その後それがカタログ販売、通販の原点になった。結局のところ上手い具合に商売にされていたんだなぁ。
 今考えるとけっこう笑えるのだけれど、実際にその時代の中にどっぷりつかっていると何も見えない、感じない、疑わない。洗脳といえば言葉は悪いけれど、はっきり言ってファッションはファッショに通ずると思う。
 今個性的な生き方、ファッションだと思ってる貴方、洗脳されてない?


更新時間 : 20:57:23


3月11日 (月)


はる 337
 物売りの声を聞かなくなった。行商なんて言葉はもう死語に近いかもしれないね。
 最近見なくなったものに(研ぎや)さんがある。彼らも独特な掛け声で売り歩いていた。「はさみ、包丁、とぎものいっさい、こうもりがさの直し~」。これらの行商さんが、近所の空き地で店をひらくと楽しくて楽しくてずっと付きっきりでながめていた。こうもり傘だけでなく、なべややかんそんな物の修理もやっていた。昨日の放浪のロマ族ではないけれど、簡単な道具一丁で打ち出したり修理したりするそんな手品のような手業にちょっと憧れたりもした。
 そうそう、ながしの散髪屋さんというのもいた。あめ色の皮のカバンを持って、中にはバリカンや数種類のはさみやくしが入っていた。今考えるとたぶん彼らは無免許なんだろうな、どことなく闇の雰囲気があった。白衣とマスクのせいかもしれないけれど。親切で優しかったけれど、散髪屋さんには憧れなかった。単に散髪が嫌いだったからかもしれないけれどね。
 彼らはカバン一つ持って何処からとも無くあらわれて、何処へとなく消えていく。私の知らない彼方の町や村のことをいっぱい知っているに違いない。たぶん彼らも私にとって「まれびと」だったんだと思う。 


更新時間 : 16:41:17


3月10日 (日)


はる 336
 少し前の放送だけれどNHKスペシャルで「放浪の民族・ロマ族」のことをやっていた。欧州大陸にはまだまだ彼らのように旅から旅の暮らしに自分たちのアイデンティティーを持ってる民族がいる。代表的なものにスペインのジプシーなどが有名だ。しかしこの番組でもやっていたけれど、時代が変わって最近は放浪の民は何処へ行っても嫌われ者のようで、ナベや釜の修理だけでは生活もままならず見ているのさえ辛くなった。そうそう話は違うけれど、映画「ショコラ」で主人公の親子が村にいられなくなる理由をつくったのも、旅の芸人ジプシーだったなぁ。
 昨日アメリカの家を持たない生活者の話をやっていた。彼らは大きなキャンピングカーのようなものにすべての家財道具をつめこんで町から町を移動しながら生活している。生活そのものはロマ族とそう変わらないけれど、大きく違うのは彼らはお金持ちだというところだ。インターネットで仕事をして生活に困る事はない。なぜこんな生活をしているのかと言う質問に「明日が予想できる生活には飽きた、何があるか分からない生活を楽しみたい」と答えていた。
 人は「旅すること」に根っからある種の憧れがある。それは洋の東西を問わない共通の資質らしい。土地に縛られれば縛られるほど、持っているものが多くなればなるほど、何も持たずに気ままに放浪する漂泊の生活に憧れるようだ。


更新時間 : 20:38:55


3月9日 (土)


はる 335
 昨日は野暮用で東京に出る。それにしても何故あんなに人が多いのだろう。デパートの地下で気分が悪くなる。もともと人ごみは苦手なのだけれど、最近はますますこらえ性がなくなった。

 初めてのバイトは「ラテン音楽喫茶」のウエイターだった。どうも今の感覚でいったらイカガワしいニアンスがあるけれど、純粋に音楽を聴かせる喫茶店だった。当時サンタナが「ブラック・マジック・ウーマン」をヒットさせ、セルジオメンデスやハービーマン、ジョアン・ジルベルト、バーデンパウエルがボサノバをメジャーな音楽にし始めたころで、ラテン音楽は静かなブームだった。とはいえ私の働いていた喫茶店はそんなハイカラなものではなく、まったくコテコテのラテン音楽で「ベサメ・ムーチョ」や「キサス・キサス・キサス」なんかがリクエストされる良く言えば玄人好みの音楽喫茶だった。今でもラテン音楽は好きで時々鼻歌で「ベサメ・ムチョ」を唄っている事がある。
 イタリアにいた時「サンレモの音楽祭」が未だに続いているのがなつかしかった。一時日本でもこの音楽祭に出たがる歌手が多かった。実際にザ・ピーナツや布施あきらなんかが出演したのじゃなかっただろうか。今考えると「紅白歌合戦」に外国の名も知れない歌手が出てくるみたいなもので妙なものだ。
 「紅白」といえば去年の「紅白」で名前は忘れたけれど、韓国の歌手が「イムジン川」を唄っていた。感情がこもっていて聴いているだけで泣けてきた。これだけの歌が唄える歌手が今の日本にいるかなぁ。
 それにしても心打つ歌が少なくなった。唄えない歌が多すぎる。


更新時間 : 12:40:08


3月7日 (木)


はる 334
 今日は今から歯医者さんの予約がはいっています。自慢じゃないが歯はもうボロボロです。力まかせにごしごしと磨きあげた結果、歯の根元がきれいに削れてしまった、理想の老人境に一歩近づいた。

中学校の頃、学級の掲示板によくあるいたずら書きをした。「遅刻をしないようにしましょう」ってところを「遅刻はしてもいいです」みたいに簡単な書き換えをして、その場で仲間と笑ってお終いのつもりだった。ところが消すのを忘れて間が悪いことに、学年で一番怖い先生に見つかって、「怒らないから正直に手を上げろ」といわれて正直に手を上げたら、こっぴどく怒られた。
 最近の週刊誌の見出しをみて、これも便所の落書きのようだなぁと思った。匿名で無責任に批判するのはすごく簡単なことだ。あいつが悪い、こいつが悪玉だといって一気に噴出したように攻撃しているけれど、そういうマスコミの姿勢がこういうやつらを生むのだ。だれかをスケープゴートにして巨悪はかくれてるんだぞぉ。それでまたすぐに忘れてしまうのだ。
 
 さて今夜はまた寒さがもどったようだ。それにしても春はすぐそこまで来ているだろう。今日はここまで。



更新時間 : 19:31:25


3月5日 (火)


はる 333
 ひな祭りっぽく二日遅れで三三三にそろえてみました。単に偶然だけど。
 
 カザルスの「鳥の歌」を聴いて、チェロをどうしても弾いてみたくなった。なぜあんなに哀愁があって、悲しくて心打つのだろうか。カザルスといえば、今世紀まで誰も顧みなかったバッハの「無伴奏チェロ協奏曲」の発見者としても名高い。今ならほとんどの人が知っているあの名曲が、何処かの雑貨やの店先で売られていたということにも驚くけれど、もし彼が発見しなければあの曲は世の中にでてこなかったかもしれないと思うと、偶然とはいえ不思議な縁だと思う。
 自分の個展のBGMにグレゴリアンチャントを選んだのはずい分前のことだ。絵の雰囲気にピッタリとあったのはいいのだけれど、クリスチャンでもないない私が教会音楽?という違和感もあった。同じ教会音楽でも、バッハの音楽はどれをとってもその底辺に「いのり」が感じられる。特に「無伴奏チェロ」はよく使った。最近はあまりにもメジャーになってしまったので反対に使えない。
 この二三年よく使っているのがアルボ・ペルトの音楽だ。たまたまFMで聴いてその不思議な音にひき込まれた。彼の音楽もベースは「いのり」だと思える。もし興味があったら聴いてみてくださいな。


更新時間 : 21:27:10


3月4日 (月)


はる 332
 やっと少し落ち着いてものが考えられるようになってきた。花粉症の方は一進一退だなぁ。こんなものか。

 昨日は知り合いの夫婦と食事に出掛ける。私も相手のおっさんもまるで下戸ゆえもっぱら食事のうまい処を物色。この歳になるとやっぱり和食がいい。それもゆっくりと器や盛り付けを楽しみながらやりたいものだ。でまぁ懐石料理とまで行かないけれど、手ごろな手料理を食べられるところに行く。ところがどうも看板と違って楽しくなかったなぁ。食事もそうだけど器とかに全くこだわりがなく、安物のプラスチックだったのには驚いた。「おいおい、そりゃないよ」と後は推して知るべし。

 我が家は日当りが悪い。まぁ私の甲斐性ではこんなところが妥当だとは思うのだけれど。そんな我が家の庭先には雑木林のように色んな雑木が植わっている。系統だった作為的な庭は好きになれないという事も大いに関係しているけれど、実際は単に経済的な理由にすぎない。そんな極悪の環境でも春は確実に近づいているとみえて、梅や花桃のつぼみがふくらんで来た。
 午前中のある一時、サワサワと降り注ぐ太陽の光は、けっこう感動的に美しい。できたら満開のサクラの花をこの庭先でで見たいと思うのは、私の個人的感情によるものだ。


更新時間 : 17:22:14


3月3日 (日)


はる 331
 「梅原猛の授業・仏教」を読む。中学生相手の宗教の授業を後で本にしたものだが、これがなかなかよくわかって面白い。たとえば、西洋の宗教にしても哲学にしてもそのベースには「怒り」が見え隠れする。というのはキリストにしろソクラテスにしろ天寿をまっとうするのではなく殺された。反対に東洋の仏陀にしろ孔子にしろ天寿をまっとうして静かに死んでいった。そこには「安らかな悲しみ」の思想があると。そうかだからこう西洋の思想には「戦え」というダイイング・メッセージがどこかに感じられるのかと思った。
 戦後我々は偏向教育はいけないということで、宗教教育は公教育ではやってはいけないことになった。道徳教育=モラルの教育だけで充分だとされたのだけれど、はたして宗教のない道徳教育というのがありえるのか、偏向しない道徳教育なんてあるのか、難しいね。私達が受けてきた道徳の授業なんて屁のようなものだった。「盗んじゃいけない、たたいてはいけない」それって道徳?
 後面白かったのは仏教の修行でやるべき事は「乞食」だということ。最低限の食べ物だけをもらって托鉢してまわる。ここでも行者がでてくるけれど、面白いことにイタリアのアッシジの僧フランチェスコも全く同じ発想だ。彼の生き方には凄く東洋的な修行僧の感じがあって我々には理解しやすい。
 私が子供の頃、乞食になりたかったのはまんざら遠い話ではなかったのだなぁと思った。


更新時間 : 15:16:31


3月2日 (土)


はる 330
 経済のことは本当に素人の素人だ。だから今から書くことは間違いだらけだと思うので、フィクションだと思って読ん下さいな。
 私達がイタリアに行く少し前、93,4年がバブルの最高だったのかな。とにかく95年に日本を出るとき円のレートは最高によかった。うるおぼえなので間違っているかもしれないが、1ドル=89円までいってたと思う。このレートというのが国内にいる場合ほとんど関係なく暮らしているけれど、外国に出ると日常的に関係する。簡単に言えば国内にいるときは、100円の物はどうやっても100円でしかないけれど、国外に出ると100円が50円になったり200円になったりするということだ。
 日本がバブルの最盛期の頃、アメリカは不況で双子の赤字に困っていた。特に対外債務(対日本の借金)がめちゃくちゃに大きくなってどうするか政府は戦略をたてた。その前になぜそれだけ借金が増えたかといえば、今の日本と同様に自国の高い製品より質の良い尚且つ安い日本製品をどんどん買ったからだ。ソニーやホンダなどなど。
 ドル建ての借金は円が高くなればなるほど安くなるという相場の不思議がある。100ドルの借金は100ドルでしかない。円が値上がりすれば価値はどんどん下がる。円が高い時に借金を返済すれば楽に返せる。
 金融のことはもっと分からない。けれどもあれだけ世界の大国とまで言われた日本が、ここまで落っこちたのにはそれ相当の理由があるにちがいない。只単に日本が田舎もんの成金で世界の金融の道理を知らなかったからすってんてんに負けてしまったという単純なもんじゃないのじゃないか。もしそうだとしたらあまりにも大人気ないというのか、知らない人間を狡猾な狼が寄ってたかって丸裸にしたようなものじゃないか。いやだいやだとまだ準備もままならないにもかかわらず金融ビックバンを無理強いしたり、日本の国債を単に一民間企業にすぎないムディーズがさも国際機関かのようにランクを下げるのは何かしらの作為が働いているとしかかんがえられない。
 何か分からんうちに乗せられて騒いでいるうちに終わってしまった祭りみたいなもんだったね。
 


更新時間 : 14:51:15


3月1日 (金)


はる 329
 三月になっちまった。またあとで~。

 結局タイトルは「まれびと」ということにした。ところで広辞苑で「まれびと」を調べても「まれにくるひと、まろうど・・」とそれくらいしか載っていない。これではこの言葉の後ろにある深い意味はほとんど知ることができない。また私自身おぼろげな知識しか持っていないので、多くを語ることもできない。(絵描きなんてそんなもんだ。と居直る)
 昨日、なにげなく新聞を読んでると、「漂泊の民」という文字が目に入った。ちょうど「明石の三吉」の話を書いたこともあっってなんとなくその文字面が目になじんだのかもしれない。新刊書の案内で五木寛之が「日本人のこころ」で漂泊の民(サンカ)についてかいているらしい。このサンカというのは東北地方の「マタギ」と似ている。しかしマタギはもっぱら狩りをして山で生活していた者を指すのに対して「サンカ」は定住せず野や山に自然人のごとく生活していた漂泊の民のことをいうらしい。
 ところでインターネットの面白いところをあらためて知った。「まれびと」で検索したところ、じつに多くの情報を得た。とくにここは「まれびと」というサイトです。リンクフリーということなので勝手に紹介します。
 「まれびと」 http://homepage1.nifty.com/marebito/
「サンカ・熊野ライフ」http://www.kumanolife.com/index.html
 
 


更新時間 : 18:13:33



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