あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

2002-2 - 2002.02.01(日記)
絵描きのぼやき

2002年2月
2月28日 (木)


はる 328
 たぶんこのぼやきは後一時間の命だ。なぜなら12時を越えると三月のページとなりこの部分は読まれることがないからだ。
 もしこの部分を今読んでいる貴方は、前のぼやきを読んで興味を持たれた方でしょう。どう面白いですか?
 今日はここまでにします。それじゃまた来月。


更新時間 : 23:04:32


2月27日 (水)


はる 327
 子供の頃、近所に時々やってくるおかしなカッコウをした男がいた。本当の名前は知らないのだけれど、寝起きしている場所から「明石の三吉」と呼ばれていた。彼はけっこう可愛がられていて、家々で何かもらって生活していた。なぜか幼い私の心に深く染み付いている。
 高校生ぐらいになった頃、アメリカのカウンター・カルチャーの影響をまともに受けた。いわゆるヒッピーの登場だ。長い髪にひげをつくって汚いジーパンをひきづるように歩くのがカッコウよく思えた。その思想的なバックボーンになっているのが何なのか知るよしもなかったけれど、「自由、平等、平和」みたいなスローガンもとても新鮮にみえた。
 もともと下地に「軽い厭世観」みたいなものがあった私は、このヒッピー文化に一も二もなく虜になってしまった。何故そうなのか、その深層心理は分からないのだけれど、街角にいる乞食とか風来坊とか世捨て人、ホームレスみたいなものが妙に気に掛かる。カッコよくいえば「脱俗へのあこがれ」っていうのだろうか。人類の文化にはこういった、「今はしかなく現世ご利益の世知辛い世の中に住んではいるけれど、いずれは全てを捨ててこの世を旅立つのだ」というような「聖なるものへのあこがれ」があるきがする。そのため、現世に住んでいる人々はこういった脱俗の人を暖かく見守り援助した。
 ところで何故こんなことを書き出したかといえば、この間のホームレス殺人事件でインタビューされていた学生が「ホームレスって人生の落伍者じゃん・・・」とはき捨てて言っていたのが妙にきになったからだ。確かにそうかもしれないけれど、我々の社会は何時からこういった異界の人を認めない寛容の無い社会になってしまったのだろうか。


更新時間 : 23:27:23


2月26日 (火)


はる 326
 昨日の夜は爆発的に熱が出る。九度七分の熱はこの歳になって久し振りだな。冷やしたり着替えたりで一晩中大騒ぎ。ほとんど眠った記憶がない。
 朝行きつけの病院へ行く。現在は嘘のように熱もひいてさわやかだ。何か変だね。というわけで今日はここまで。



更新時間 : 20:06:49


2月25日 (月)


はる 325
 花粉症なんだろうか、まだ鼻がむずむずしている。ものが集中して考えられない。まぁこれは花粉症のせいだけではないのだけれどね。

 人には色んな能力があると信じているのだけれど、私は暗記力が人並み以上に悪かった。(今でもかなりボケてはいるのだけれど、この年になると愛嬌みたいなものだ)学生のうちはこの暗記力は相当成績に影響する。人によると自分の目がカメラのようになって瞬時におぼえられる特技をもっている人もいるそうだけれど、私には残念なことにそういう能力は与えてくれなかったようだ。それ故にメモしたり書くことを億劫がらない習慣がついたのかもしれないね。
 集中力もひとつの能力だと思う。この能力も私には欠けている。それ故のべつ幕なしに絵のことを考えているし、転換するという融通がきかない。休むことができないというのはけっこう貧乏性でつらいものがある。この能力の高いひとは集中と解放をうまくコントロールできる人だ。たぶん何をやらしてもそつなくクリアできる有為な人だ。
 ふり返ってわが身をかんがみれば、なんと無為な人か。
 


更新時間 : 21:40:12


2月24日 (日)


はる 324
 今日は日曜日だ。日曜日には日曜の空気というのがあって、朝起きて一呼吸するとそれが何となくわかる。私のような不定期な仕事をしている人間にさえ、日曜日は休日のにおいが感じられる。たとえて言うならば、炊き立てのご飯のにおいかな。まぁいいか。
 毎日の生活の中で、何回か「これはぼやきの素材になる」と思う出来事や言葉に出会う。メモしておけばいいのだけれど、実際はいつもの日常生活で忘れてしまう。実際にメモしたとしても、いざそれを素材に書こうとしても、意外に臨場感がなく筆が進まない?ものだ。大したことを書いているわけではないのだけれどね。
 今日はここまでまた明日。


更新時間 : 23:09:00


2月23日 (土)


はる 323
 オリンピックのフィギュア演技を見ていてこれはスポーツかな?と思ってしまう。夏の大会の新体操やシンクロなどを見ても同じ感想を持つ。
 今大会は色んな意味で審査競技の審査の難しさを感じた大会だった。あきらかにレベルの違いやミスを犯した、と言うならば審査はかんたんなのだが、オリンピックに出場してくるくらいの選手になると上位はほぼ紙一重だ。そこで色々な国の思惑がでてきて、選手は踊らされてしまう。芸術性などあきらかに主観がはいるものは、スポーツの枠からはずした方がいいかもしれない。
 それにしても村主の演技は日本人の今までの表現を超えていた。大体において我々は自己表現が下手な国民だ。技術もさることながら感情をストレートに表現までもっていくことに慣れてなかった。どこか感情を抑えてしまうところがあって、露骨な喜怒哀楽の感情を出す事を「はしたない、下品だ」と避けていたところがあったように思う。
 前にも書いたけれど、「表現行為は恥じかき行為」だということだ。自分を心底追求してさらけ出さないと人を共感させる表現まで至らない。自分を安全な所において小手先で誤魔化しても真の共感は得られない。
 そういう意味で我々の意識も「島国根性」からやや離れてきたのかもしれないね。


更新時間 : 18:28:24


2月22日 (金)


はる 322
 このパソコンも良く知られている家電の量販売店で買ったものだ。そのお店はもともとあのスーパー・ダイエーがこの地方に進出してくる時に作ったもので、駐車場を完備した三階建てのだだっ広い建物だ。パソコンのコーナーも充分完備されていて、ほとんどの有名な家電の企業のパソコンが所狭しと並び、なかなか壮観なながめだった。スペースの割には働いている人は少なく、客は自由に色んな商品を比べることができる。いってみれば電気製品のスーパーで、私達から見ればとても便利なように思えた。
 子供の頃近所に小さな模型屋さんがあった。そこのおじさんは当時の子供たちからすれば憧れの存在で、いろんな相談にのってくれた。ゴムを動力とした模型飛行機の滞空時間のコンテストをやったり、当時としては珍しいラジコン飛行機の操縦の披露をやったりで、彼はただの店員さんではなくなかなかのアイデアマンで、それなりの専門家だった。工作少年の私はあんな仕事もいいなぁと憧れの職業でもあった。
 電気製品はなじみの電気屋さんで買って、トラブルがあったときもそこに電話すればすぐにきてくれて修理してくれた。そうやって物と人とも長く付き合ってきた今までの販売形態をこのスーパーは便利というだけでずたずたに切ってしまった。断らなくても店員さんはただの販売員にすぎない。
 どうなんだろう、もう元にはもどらないのだろうか。ある意味肉は肉屋、魚は魚屋に戻るべきところにきているように思う。


更新時間 : 18:23:23


2月21日 (木)


はる 321
 風邪なのか、花粉症なのか、分からないけれど調子悪し。一日家の中でぐずぐずしている。

 政治のことは本当は良く分からないのだけれど、誰かが「言った、言わない」「やった、やらない」なんていうのは子供の喧嘩のようで情けない。それに調子に乗って、そのことがさも天下国家の一大事のようにはやしたてるのも大人気ないというのか、これもまた情けないことのように思う。
 「経済一流、政治は二流」なんてことをつい最近まで言っていたのだけれど、それもどうやらおせいじのようで、本当は両方とも三流以下かもしれません。それもこれも結局は自分たちに返ってくることで、私達自身自らをがばかにして楽しんでいるようです。海にすむ蛸が食料に困ると自らの足を食って飢えをしのぐのだということを、嘘か本当かどこかで聞いたけれど、どこか自虐行為に似てなくも無い。滑稽だ。
 哲人政治が理想とは言わないけれど、「末は博士か大臣か」と子供たちの夢になりえるような政治家が出て欲しいと思う。今からでも遅くない、私達自身が身近な利益を優先せず、本当に10年20年先を託せる人物を選べばいいのだ。くれぐれも人気投票と間違わないように!



更新時間 : 19:50:45


2月20日 (水)


はる 320
 少し風邪をひいたらしい。喉が痛い。午後からの予定をキャンセルした。そうなるとまた膨大な無為の時を過ごすことになる。

 ナイトキャップで今読んでるのが白州正子さんの「両性具有の美」。私には少し難しすぎるけれど、格調の高い文章だなぁというのは良く分かる。文章は人をあらわすというから、あそこまでになるにはかなりの教養が必要なのだろう。
 ここ最近白州さんは骨董の目利きとしての部分だけ注目さけているけれど、最も好きだったのは能だったようだ。全般的に能について多く書かれているのだけれど、その中で前から気になっていた「まれびと」のはなしが出てきた。繰り返しになるのでここではかかないけれど(はる 287)やっぱりそういったアウトサイダーな芸能集団が今で言うところの表現者のルーツなんだなぁと思った。
 ところでなぜ「まれびと」にこだわるかと言えば、いま描いている130号の絵のタイトルを二月いっぱいまでに連絡しなければならないからだ。「まれびと」でどれだけの人が理解できるか?ということになるとちょっと疑問だなぁ。言葉の意味や響きは深くて好きなんだけれどね。もう少し考えなければ。
 


更新時間 : 16:58:35


2月19日 (火)


はる 319
 40年も前になるか、植木等が「世界一の無責任男」なんていうキャラクターで映画を撮っていて、歌でも「スーダラ節」やなんかでいっせいを風びした。「サラリーマンは気楽な家業ときたもんだ・・」と本当に楽しそうに唄っていた。例の「明日がある」の青島幸男の作詞だと思うけれど、今考えるとサラリーマンもそんなにらくな商売じゃないのだけれど、当時はそんなふうに考える人も多かったのかなぁ。
 前に銀行の話を書いたおぼえがあるけれど、あれから一年もたっているけれど何にも変わらない。相変わらず効率の悪い対応をしていて、ひとつもサービスを良くしようという姿がみえない。未だにバーコードひとつ用意されていない。やたらと合併して規模ばかり大きくしても中身が変わらなければ、結局これはつぶれるしかないのではないかと思っている。証券会社や銀行みたいなある種の嘘業(ばくち会社)は世界的(グローバル)なものを見る目を持たないと本当に例の国にいいようにされてしまう。(されてしまった)もあかんなぁ。

 無責任に批評だけするのはなんて簡単なんだろう。今、ほとんど全ての国民が総批評家となっている。どこかで聞いたような批判をさも自分が考えたようにいうのはすごく簡単なことだね。本当はだからこれからどうするのか、どうすればいいのか、あなたはどうするのかを聞きたいね。でないと「世界一の無責任男」の頃と少しも変わっていない。私も含めて。


更新時間 : 17:34:03


2月17日 (日)


はる 318
 作品の評価は人によって時代によって変わる。評価は究極的には見る人の「好き嫌い」だとも言える。しかし前にも書いたように結局人は自分の度量でしか物事をはかることができないわけだから、どこにそのターゲットをしぼるか?というようなことがサクセスをねらう人々には重要事項となるのだろう。
 しかしそれもある一時までのような気がする。若いとき(何時までが若いのか?ということは難しいけれど、一応30代までとしよう)はそうやって他流試合で自分の実力を推し量りどこまで通用するのか試してみるのも作品をつくる動機にもなるので薦めたい。運良く入賞して世の中に認められたら、その時は間髪を空けず打って出る時だ。がんがん個展でもやってモーレツにアピールすればいい。そうやって世の中に出て行った人を何人も知っている。(うらやましい!)
 やがて潮時がやってくる。今まで簡単に入選入賞していたものが入らなくなる。それはもう人の度量で仕事するなという警告だと思う。40代になったらもう淡々と自分の基準で仕事するべきだ。売れる売れないは分からないけれど、そういう生き方を支持してくれる人も少しはつくだろう。そこからが本物ニセモノの境目だと思う。
 人の一生は長い。色々な経験が豊かな感受性をもたらせてくれるはずだ。ある詩人のこんな一文を紹介しよう。
 ・・・・・・・
 しかも、こういった追憶を持つだけでは、
 何のたしにもならない。
 追憶が多くなれば、
 次にそれを忘却することができねばならぬだろう。
 そして、再び思い出が帰るのを待つ大きな忍耐がいるのだ。
 思い出だけならなんのたしにもならない。
 追憶が私の血になり、目になり、表情となり、
 名前のわからぬものになって、
 もはや私自身と区別することができなくなって、
 初めてふとした偶然に、
 一篇の詩の最初の言葉は、
 それら思い出の真中にぽっかり生まれてくるのだ。
 
 


更新時間 : 16:47:14


2月16日 (土)


はる 317
 30年前一番好きだった絵はゴッホの「ひまわり」やセザンヌの「セントヴィクトワール山」だった。そのうちにピカソやブラックの立体派といわれる構成主義の理論にかぶれる。学校で静物画ばかり描いていた。絵は見たまま描くのではなく好きに描きかえてもいいというのがとても新鮮だった。遠近法も一つではない事を知って驚く。色はボナールなどのやわらかい色調が好みだった。
 やがて学校を卒業するころ三岸節子や木村忠太を知る。もっと自由に自分の色や形を描いてもいいのだと勇気をもらった。とくに木村忠太を観た時本当に感動したなぁ。こんなに自由に描いてもいいんだと思った。しばらくニコラ・ド・スタールと木村の中間のような絵を描く。
 そのうちに人間を描きたくなった。何故かなぁ良く分からないけれど、結局絵は自分を表現するものだからと思ったからかもしれん。有元利夫に強く影響された絵を描く。そこからだんだん日本画の世界に興味を持つ。金箔や胡粉、岩絵の具など日本画の顔料から膠、ボンドやその他の接着ざいに塗料などにも手をのばす。
 下絵から積み上げていく作業に不満を持つ。絵を描く事がつまらない約束事になっていく事に我慢ならなくなる。もっと絵を描く事を楽しみたかった。もう一つは絵で何をいいたいのか?何のために絵を描くのか?という根本的なことに疑問を持つ。
 イタリアで一年間遊ぶ。帰ってきてきっぱりと油彩と離れる。自分の中にある東洋的なものをもっと表現しなければと思った。かといって今更花鳥風月でもないだろう。興味のある作家は小嶋悠司やタピエス。アフリカンアートや日本の古い民具の仮面。何だろう自分の中にあるものって?自分の心の拠り所は?と現在に至るというわけだ。


更新時間 : 22:42:17


2月15日 (金)


はる 316
 今日はまた素晴らしい天気だ。このところ少し鬱状態だったけれど、この天気でやや回復する。
 たぶんこういう事なんだと思う。清水宏保が今度の大会では銀メダルだった。これをどうとるか。「あぁ残念だもう少しで金だったのに」というふうに思うか「二大会連続でメダルを取れてよかった、よかった」ととるか。前者は私を含めてマイナス思考派、後者はラテン的プラス思考派。結果はどうやっても変わらないのだから物事はプラスに考えたいね。難しいけれどね。

 下町の一画に奇跡的に戦災を免れたところがある。昔の町屋のたたずまいをほんの少し残している。城跡からそのあたり一帯を丸の内、中央と呼ぶのだけれど、東京の同じ地名を連想されるとちと寂しいものがある。
 昨日何気なくそこらあたりを通りかかると、古いお蔵のある民家を取り壊す段取りをしているところだった。覗いてみると隣家のばあさんがやや興奮ぎみに仕切っていて、「明日壊すので必要なもの持っていけば」なんて嬉しいことを言ってくれた。中に入り込んで物色する。ちょうど知り合いの骨董やの兄ちゃんもやってきて流石に手際よくぼんぼんこれはと思ったものを車に積み込んでいく。残っているの物は大した物じゃないけれど、前から格子戸が欲しかったので比較的質のいい四枚ほどもらった。本当はその家の古い柱とかに一番興味があったのだけれど、今もらっても置き場所もない。将来どこかの山に自分の終の棲家を建てるんだ。うん、そうしょう。
 


更新時間 : 19:09:10


2月14日 (木)


はる 315
 今日は久し振りに寒い。今の時刻ちょっと空を見上げると糸の様な月が枯れ木に引っかかっていた。隣に一番星。そういやガキの頃遊びに夢中になってふと我に返ると空には一番星が輝いていたなんてことが多かった。今ほど遊びも豊富じゃなかったけれど、ガキの数は多かったなぁ。だから何やっても面白かった。これは回顧趣味かなぁ。今は今でけっこう楽しいのかもしれないけれどね。・・・
 また後で。



更新時間 : 18:28:47


2月13日 (水)


はる 314
 「左」と言う字は左手に神さまとの交感のための道具「エ」をもったかたち。「右」と言う字は右手にその言葉を入れた「器」をもつかたち。そして面白いのはここから、その二つの字を上下にあわすと「尋」と言う字になる。今決めなければならない問題やたずね事をこういったかたちでお尋ねした。その時に昔の人は舞いを舞ったのだろうか。「舞」とは言う字は人が両手を横にのばして羽飾りをもって踊る姿の象形らしい。「舞い上がる」はここから来たのかも。
 そしてやがて何かしらのお答えが返ってくる。亀の甲羅が「ビシッ」と割れる音かもしれないし、舞い疲れて「バタリ」と倒れる音かもしれない。とにかく何かしらの「音づれ」がある。そういった常人では聞こえない「音」や見えないものを見る力のある人を「聖人」といったそうだ。(「聖」は人が爪先立って耳を澄ますかたち)
 ここにある世界にとんでもない豊かなイメージを感じるのは私だけではないだろう。


更新時間 : 16:34:00


2月12日 (火)


はる 313
 今日も一日家の外にいる。朝9:00頃出てそのまま夜の10:00頃まで仕事です。まぁ実際の仕事はそんなにつまっていないのだけれど、いちいち家に帰るのは面倒なのでそのまま出先にいる。
 夕飯のチャイムが鳴ったので食堂に行きます。さて今日のご飯は何だろうか?


更新時間 : 17:04:36


2月11日 (月)


はる 312
 今日はひねもす美術館に缶詰。一日空調の中にいると結構息詰まる。つかれました。
 人はどうか知らないけれど、私は自分の絵のそばにいることは嫌いじゃない。美術館などの場合かなり贅沢な空間に自分の絵が飾られているわけで、そんな中で自分の絵がどう見えるか観察するのは意味あることだ。それに時々全くしらない観覧者のつぶやきを聞く事ができるので楽しい。
 という訳で今日は疲れました。また明日。
 


更新時間 : 21:13:07


2月9日 (土)


はる 311
 建築を専攻する学生たちに、色彩にについての講義と実習をここ五年ほど受け持っていた。彼らは昼間大工をやっていたり、建築の現場で実際に働いていたりする本来の勤労学生が多く、高卒以上という入学条件から、年齢もバライティーに富んでいてもうすでに所帯を持っている学生もあったりで、その学習態度はすこぶる積極的で、授業をやっていても「あぁーこんな形が本来の学校の姿なんだなぁ」と妙なところで納得したりしていた。建築の二級の免許を取得する資格が取れるということも関係しているのだろうけれど、彼らには一生の仕事として建築を選択したという自負があるのだろう。
 ところで楽しかったこの授業も今年で終了となる。それは週休二日制というお上のお達しで、残念ながら私の授業は単位から削られることになってしまった。まぁ文句いっても始まらないのでいいません。
 来年度から新しい指導要領で学校が大きく変わります。「生きる力を養う」なんて全く意味の取れないお題目で何ができるのでしょうか。「ゆとり」と言いながら子供たちはどんどん「ゆとり」を無くして行ってるようにみえます。こんなこと言ってる大人たちが一番「ゆとり」がないのだから、結局子供たちの世界は大人社会の縮図だから学校だけ変わるという訳にはいかないのでしょう。
 何だか面白くもない話になってしまった。また明日。
 


更新時間 : 15:27:51


2月8日 (金)


はる 310
 私の住んでいる町には大きな川が流れている。昔はずい分と暴れ川だったらしいが、ここのところの護岸工事の技術の進歩で私がこの街に来てから氾濫したという事は聞いたことがない。
 日本のほとんどの大きな川がそうであるように、川の両サイドは幅10メートルほどの芝生になっており、サイクリングロードっていうのか色の違うアスファルトで舗装されている。私はほぼ毎日この道をハホハホと歩いている。
 昔「お前は橋の下で拾った」などと兄貴に言われてひどく傷ついた憶えがあるけれど、なぜか橋の下には嫌な思い出がある。初めて他人とボコボコの喧嘩したのも大阪の淀屋橋近くの橋の下だった。(訂正・ボコボコにされた喧嘩)
 今年はずい分と暖かいようだ、なぜならいつもなら居ないはずのホームレスのおっさんが今年は元気で越冬している。彼らにとって橋の下は誰にも迷惑をかけない別天地なのだろうか。それにしても人に限らずあらゆる動物は物を集める癖があるのだろうか。我々から見て絶対に役に立ちそうも無い電気製品のガラクタを山のように集めている奴やらゴミそのものを集める奴など不可解だ。ある意味で収集癖は動物の本能かもしれないね。私のアトリエも紙一重だな。


更新時間 : 18:19:08


2月7日 (木)


はる 309
 今日は朝からけっこういそがしかった。例年この時期にこの地方の大きな団体展の展覧会がある。まぁ前にも書いたけれど何処の世界でもこういった徒党があるもので、それが気になるのであれば参加しなければいい。そういう訳でいつまでたっても我々が「若手」なんてことになる。そりゃ70の爺さんからすりゃ若いかもしれないがねぇ。まぁいいか。
 「見ても見えず、聞いても聞こえず」なんてことを高校の漢文の先生が口癖で言っていたのを思い出した。たとえば健康で子供のころから風邪ひとつひいたことがなくて医者になった人には、病人の気持ちはわからんだろうなとか、頭が良くていつも誉められていた優等生あがりの学校の先生には出来の悪い生徒を教えるのは無理かなとか、どんなに高尚ですばらしいことを言っても聞く人に聴く気持ちがなければ何も伝わらないのじゃないのかなとか・・。結局人は自分の度量でしかものが測れないのじゃないかねぇ。悲しいけれど。
 なんかどうでも良い結論になってしまった。今日はここまで。


更新時間 : 20:09:47


2月5日 (火)


はる 308
 ニューシネマパラダイスのラストシーンを憶えてる?ネタをばらすのは本意ではないのだけれど、私はウルウルしながら何回も観た。あのシーンは映画好きでなくても泣いてしまうでしょう。実は古い映画のキスシーンだけをつないだものだった。(後は映画観て下さい)
 ところで今朝の新聞にこんな記事が載っていた。ブッシュ大統領の肝いりで昨年末からこの一月まで、古今の映画の傑作からアメリカの愛国心あふれるシーンを三分半に編集して全米の映画館で上映したそうだ。アメリカという国は若い国だけに怖いなぁと新たに思いなおした。
 もしこれが日本やヨーロッパなら物凄い世論の反発を食うでしょう。我々には苦々しい思いがあるからだけれど、それにしても、ここのところの彼の国はなりふり構わずといった感じで怖いなぁ。主義とか思想、原理とか原則といった人によって作られたもので国が出来ている場合、いい時には凄くいい回転するのだけれど、いざ悪い方にまわり出すと止まらないのじゃないかと危惧する。全く誰も反対できないような雰囲気は「右翼」だよ。
 新聞でも心配していたけれど、ヒットラーのベルリン・オリンピックじゃないけれど、ソルトレイク・オリンピックがそういった国威発揚の場として利用されるのじゃないかと私でも心配するよ。


更新時間 : 23:08:13


2月4日 (月)


はる 307
 昨日は節分。そうだなぁ、何時からなのか豆まきを欠かしたことがない。例によって鰯の頭を柊の枝にさして玄関先にさらして置く。理由は良く分からないけれど、何となく毎年やっていることだから、止めると良くないかと思ってね。しかし何なんだこれは、何で鰯なんだ。そのために食いたくも無い鰯を食わされた。
 最初はオズオズとやがて居直って「鬼はそと~福はうち~」と面倒だと思いながらやってしまう。もう来年は止めにしないか。
 「鬼はそと」で思い出したのだけれど、普通新しい土地に家を建てる時地鎮祭みたいなことやるでしょ。今の家は中古住宅を自分で改造したことは前に書いたけれど、その際に誰が住んだか分からないまま移り住んでしまうのは何となく嫌でしょ。そういう訳で一応知り合いの神主さんに来てもらって清めてもらった。塩とお酒と海の物と山の物を何点かそろえて、簡単な祭壇を作っておく。軽い服装できた神主さんはその場で着替えて、烏帽子のようなものをかぶり榊を持ってはらう。その言葉の内容は良く分からなかったけれど、この部分だけは良く分かった「・・・えかきのみちにはげみたまえ・・・」


更新時間 : 13:47:28


2月2日 (土)


はる 306
 たとえば絵を描いていて、これを仕上げれば今日のメシ代がでるというのであれば(話が下世話だけれど一番分かりやすい。)それならそれで納得がいく気がする。精一杯がんばって沢山の仕事をすればいい、でも実際は今描いている絵が直接収入になるとは思えない。じゃぁ何のために描いているのか?ここのところの動機付けが難しい。地位とか名誉とかが欲しいのか、はたまた全く別なことがあるのか、何ともあやふやな動機にしかすぎない。「いい絵を描きたい」なんていうのは初期の動機にはなっても一生それだけでやって行ける保障はない。
 世界の多くの美術品を観て感じたことは、これらの後ろにある宗教的なバックボーンの存在だ。煎じ詰めれば結局のところ人類は神との交感のためにこれらの美術品をつくってきたといっても過言ではないと思う。そう考えると東洋も西洋もアジアもアフリカも形やスタイルは違ってもそれぞれの方法で「いのりのかたち」をかたちづくってきたのだなぁと理解できる。
 それでは今我々にとって必要とされる「いのりのかたち」とは何なのだろうか?ここまで来てその指先がぴたりと止まってしまう。その謎解きの答えはあるのだろうか?

 私はある特定の宗教は持っていない。それは現代の多くの日本人の典型的な精神生活者といってもいいわけで、多分私の持っている宗教観と大差ないのだろうと想像する。(違っていればごめんなさいね)そこで考えた、我々は何処にこころの拠り所を置いているのだろうかと。「神も仏も信じていない」と公言してはばからない我々だけれど、たぶん何処かでちょっと信じているところがあるんだなぁ、「どこかでだれかが見ている」と。でなければ正月の初詣、家を建てる時の地鎮祭、結婚式の日にちなどなどどうして気にするのか。
 そこで行き着いたのが我々の言葉の中にある神的なものの存在だ。言葉は「言霊」といって我々の祖先は魂が宿っていると考えた。銅鐸や銅鉾がなぜ土の中から発見されるのかといえば、そこに書かれてある言葉に言葉以上の力を信じたからだ。知らずに使っている言葉に三千年以上の我々の祖先の思いが閉じ込められていると思うならば、この言葉こそ今の我々にとっての「いのりのかたち」なのかもしれないよ。どう思う。


更新時間 : 22:12:12


2月1日 (金)


はる 305
 二月になりました、また後で。

 今日は「映画の日」普段の半額で観ることができる。という訳で朝から映画のはしごをする。
 まず一番に観たのが評判のイタリア映画「息子の部屋」。イタリアというだけで私は星三つほどあげてしまうのだが、なかなか良かったよ。なにげない街の風景や部屋のインテリアなんかが「あぁオシャレだなぁ」とまいってしまう。さりげなく壁に絵が掛けてあったりするんだ、それが心憎い抽象だったりすると思わず感動するねぇ。映画の筋よりそんなのばかり観ていた。だから映画としては良くないのかもしれん。
 二つ目がハリウッド映画のドンドンパチパチでまぁそこそこの娯楽映画かな。
 そんな訳で一日遊んでしまった。
 


更新時間 : 20:36:42



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