あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

2001-3 - 2001.03.01(日記)
  はる82    2001/Mar/31(Sat)

   何のコマーシャルだったのか気がつかなっかたけれど、タイガース(阪神タイガースじゃないよ)の「花の首飾り」が聞こえてきた。(井上陽水が唄っている)なつかしくて思わず聴いてしまった。

 時代の空気というのが確かにあるのだなぁとつくづく思う。当時タイガースのヒット曲の多くが「すぎやまこういち」だった、他に「筒美恭平」など天才的な和製ポップのヒットメーカーがいた。今までの泥臭い歌謡曲ではない、垢抜けたオシャレな感覚が受けた。あれほど多くのヒットを飛ばし、超売れっ子だったにもかかわらず、時代はいつしか彼らを追い越してしまった。流行歌の運命といっていまえばそれまでだが、よくも悪くもその時代の雰囲気をよく伝えていると思う。それに我々の青春歌だったので思い入れもそうとう深い。

 それにしても井上陽水は目の付け所がするどいね。とてもアンテナが高いと思う。我々50歳前後の世代の泣き所、泣かせ所を良くわきまえていて、ちょうどよくくすぐってくれる。それだけでも充分幸せになれるのだ。


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  はる81    2001/Mar/30(Fri)

   ホームセンターに行くことが多い。釘一本、金具一つ見ていても飽きない、まして電動工具などすぐに必要なくても全てそろえたくなる。知り合いの絵描きは家一軒まるまる建ててしまった、そんな本格的じゃないけれど、家をあちこち少しづつ改造するのは楽しい。

 石油ボイラーに煙突をつけたいと思った。去年の夏頃、修理屋さんに頼んだけれど、その後音沙汰がない。めんどくさいのか、金にならないのか知らないけれど、とにかく滞ってしまった。頭の片隅に、ずいぶんと昔だけどホームセンターの焼却炉のあたりに確かステンレスの煙突が積み上げられていた映像が浮かんだ。自分でやってみることにしよう。さっそくホームセンターに行く。しかしこれがなかなか見当たらない。なぜなら最近は家庭でゴミを焼却することがなくなったからだ。金物屋さんを探すが大型のホームセンターができたために、個人の金物屋さんなどほとんど姿を消してしまった。幸いにも何軒かあたって爺さんのやっている金物屋で今回は首尾よく手に入れることができたが、これもそのうちに難しくなるだろう。

 広く一般的なもの、規格品などは、すばやく簡単にそろえることができる。反対に規格品以外、時期のずれたもの、特に修理はもうほとんど無理だ。新品を買うよりかかってしまう。何かがおかしいなぁ。


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  はる80   2001/Mar/28(Wed)

   仕事がらというのか、不安定な収入であるのでというのか、未だに色々な料金を銀行振り替えにしていない。毎月定額で予想がつくものは、そのかぎりではないのだが。電話,電気、水道、ガスなど、こんなこと大きな声では言えないけれど、小さい声で言うと少しぐらい遅れてもおおめにみてもらえるとたかをくくっている。ライフラインだからだ。

 で問題は銀行だ、窓口はいっぱいあるのに、いつ行っても待たされる。行員はいっぱいいるくせに、だれも手を貸そうとしない。もっと問題は未だに電卓やそろばんで計算している、少々おかしいのじゃないかと思う。それに3:00にはシャッターを下ろしてしまう、おまえ達は商売するつもりあるのか。コンビニに行けば24時間バーコウドがあるのでいちいち計算なんかしない、ピツでおしまいだよ。コンビニでできるサービスが大企業の銀行ができないはずないじゃないの。バブルの頃に不動産屋と組んでやたらと儲かったくせに、不景気になったら政府に泣きついて税金投入してもらって一息ついたくせに、まったく懲りてない。こんな時代遅れの企業なんて世界で戦えるはずない。日本の銀行はみんな外国資本に負けるだろう。

 もひとついえばそうやって助けるからリストラや合理化に本腰をいれられないのだ。また同じことをやるぞきっと。大体日の丸の息のかかったものにろくなものはない、国鉄にしても電電公社にしても遅すぎたぐらいだ、電電なんて民営化しなきゃ、未だに黒電話一本じゃないのか。競争させなきゃ、マイラインはNTT以外にした方がいい。ほっておくとNTTになちゃうぞ!


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  はる79    2001/Mar/27(Tue)

   東西の違いがうんぬんされるけれど、つまるところ「ある」か「ない」かを決めたことだろう。

 西洋のものの考え方の核になっているものは、肯定的に「ある」ということだ。それは宗教的にいえば「最初に光ありき」と決めた人間性から出てくるものだ。芸術でも西洋のものを見ていて何となく感じるのは、彼らには「理想の美」というものが「あり」、それに近づくことを究極の目的にしているのではないかということだ。そうでなければあれほど美しい街や街並みが、戦争で壊滅的な破壊を受けても又全く同じように復活することが理解できない。

 今問題になっている政治や経済にしても、彼らには至るべき「理想」というものがそこに「あって」、それに照らし合わせて「いい」か「わるい」かを判断しているように思われる。論理的な考え方のよりどころとなっているものは、最初に「ある」を選択したことにある。

 それに反して東洋では「ない」を選択していまった。絶対なものなど「ない」し全ては相対的なものだとした。「不変的な美」など存在せず、壊れれば又新しく作ればいい。ものにこだわることを良しとせず、流れるままに身を任せることの方が大人とされる。多言を有するのは弁解じみて潔しとせず、言葉少「ない」のを賢いとする。

 いい悪いの問題ではなく、それが事実だからしかたないのだけれど、今は少し分が悪い。だけど実は密かに「ない」方が正しいと思っている。


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  はる78   2001/Mar/26(Mon)

   歳とったせいか毎日が非常に速く過ぎる。無感動で同じような繰り返しの日々は十年一日がごとく過ぎるものだ。戒めよう。

 さて昨日は月一回の裸婦クロッキーの会で、一日ヌードと向き合い鉛筆を走らせる。もう十年近くメンバーもあまり変わらずやっている。五分十分長くとも二十分ぐらいのポーズでどんどん描いてゆく。一日のうちでも午前中はあまり乗ってかけない、少し疲れてきて「うまく描こう」とか「誰かが後ろで見ている」とかどうでもよくなって、頭のなかが白くなって来た時くらいの方が後で観るといいようだ。

 部分を描いていて全体が見えている時、全体を意識している時、絵はうまくいっている。これは大作でも同じだ。私の絵は実際に物を見て描く絵ではないが、こうやって頭をからっぽにして筆を走らせることは、私は単純に楽しい。スケベな気持ちがないといえば嘘になるけれど、絵を描いている時はほとんど何も考えていない、その方がいい絵になるようだ。嘘だと思うなら一つ描いてみな、スケベゴコロ以外の興味が湧くから。


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  はる77   2001/Mar/23(Fri)

   [KARAOKE][BONSAI][OTAKU]は世界語になったようだ。共通しているのはかなり小さい世界をカルト的に愛好するところかな。

 イタリアにはシシリーとサルデニアという大きな島が二つあるがご存知か?日本人にはシシリー島の方がメジャーかもしれないね。なんせマフィアの発祥の地だからね。私たちはお世話になった奥さんの出身地がサルデニア島だったという関係で、サルデニアを訪れた。一時イタリア産のウエスタン映画「真昼の用心棒」だとか「荒野の用心棒」だとかの撮影に使われた土地といえばだいたい雰囲気が想像できるかな。荒れた真平らな平原が延々と続く、はるか遠くに羊羹をぶつ切りにしたような山というのか台地というのか点々とある。雨が少ないので隆起した地面がそのままの形で残っているのだという。地平線に沈む夕陽というものを初めてみた。これはけっこう感動的だったね。真っ青な空と海、それと背丈以上のきれいな緑のサボテンとオレンジ色の実(じつはこの実はデザートとして食うのだ。甘くてけっこううまい。)

 日本にいてこの国が非常に湿潤で,生き物にとって恵まれた土地であることを実感として感じにくいけれど、こうやって海外に出ると体験としてわかる。あるホテルのロビーに今日のアトラクションの告知が例のイタリア人的な字でこう書かれていた。12:00~18:00[BONSAI] 20:00~22:00[KARAOKA] 「ぼんさい」「からおか」・・・・。


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  はる76    2001/Mar/22(Thu)

   やっとというのか、今ごろというのか、私も花粉症になったようだ。ニ三日前からどうもくしゃみがひどく、鼻がグジュグジュで気持ち悪い。まぁこれだけ山に囲まれた地域に住んでいて、今までならなかったことの方が不自然だったのかもしれんぞ、と一人納得している。それにしても何故こう突然この症状がでるのだろう、グスン。毎年同じ様に暮らしているはずなのに、不思議だ。

 ずっと以前のNHKで興味深いことをやっていたのを、くしゃみをしながら思い出した。アメリカの黒人の子供がある種の血液の病気を患っていた。それは調べていくとその家系に独特な遺伝的な疾患で、非常に珍しい病気という診断であった。何故その家系だけに現れるのか、不思議に思った医者がその家系のルーツを探っていくとあることにたどりついた。

 彼らの祖先のアフリカのある部族はある時、マラリアか何かの伝染病で突然に全滅する。その時辛うじて生き残った人たちが彼らの祖先で、その血液には特異なDNAを持っていた。現代の都会の生活では不必要なそのDNAも、もとをたどればそれがあったがために生き残れたという話だ。

 あらゆる生物はDNAの舟にすぎないという仮説がある。いろんな生物がいて、いろんな種があって、同じ種の中でも色んな差異があったり、様々な病気でもいろんな症状があったりするのは、何かの手違いで伝染病や不測の事態が起きたときに、全てが全滅しないためだというのだ。そのことを肯定的に考えるなら、花粉症も何らかの生き残りの要因になるのかしらね。グシュ、グシュ。グシュ。

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はる75    2001/Mar/21(Wed)

   共通の美しさというのはないのかもしれない。ある時代で「美」とされたものがこの時代では「醜」だということはある。

 しかしどう考えても河原に流れついた、ビニールの紐や缶やぺットボトルが美しいと感じる人はいないだろう。テレビのCMで美しい風景の中をさっそうと走る車のシーンなどで多くは外国の町並みだったり風景だったりする。そんなことを考えあわせると、何が快くて何が不快であるか大方の人の認識は一致していると思う。それにもかかわらずどうして平気な顔をしてゴミを何処でもすてるのだろう、不思議だ。

 もっと不思議なのは使い終わったらゴミにしかならない、そしてけっして自然にはなくならない物をどんどん気にせず平気な顔して作りつづける企業と、その企業から金をもらって私服を肥やすことのみを考えている政治家と、地元の有利に働いてくれることのみを優先する、小市民たちとでどんどん自分たちの首をしめていることに気付きながらも、いっこうに変えようとしないことだ。ゴミを捨てるのは悪いだから決められたルールを守って捨てましょう。いっけん正しいがそうじゃないと思う。はっきりいってゴミにしかならない物を作った企業が悪い。責任とって最後まで回収すべきだ。そのことをどうしてもっと大きな声で主張しないのだろう。

 循環しないものは作らない、買わない、使わない、そのことを世界に先駆けて実践した低成長国家を売りにしてもカッコいいと思うけれどね。


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  はる74     2001/Mar/18(Sun)

   ラジオのFM放送を聴くことが多い。ものを考える仕事以外つけっぱなし状態だ。それで感じることは人の声はじゃまになる、特に民放のやたらとうるさいDJは騒音以外のなにものでもない。

 我々の世代はラジオを生活の中で聴いた最後かもしれない。まだテレビがなかった頃、ラジオの相撲の実況中継が楽しみだったし、歌謡曲より浪曲や長唄、三味線や琴が普通だった。

 中学生の頃、鉱石ラジオ(ゲルマニュウムラジオ)を知って飛びついた。初めて自分の小遣いで買えたまっとうなメカかもしれない。今でこそ当たり前だがラジオの深夜放送の始まりはその頃からだ。オールナイトニッポンなどのDJにユーミンなどのスター未満が出演しだしたのはもう少しあとだ。関西ではフォークソングが全盛でフォーククルセダース、高石ともや、岡林信康、西岡たかしなど彼らの深夜放送に熱中した。学生紛争が我々の高校にも波及し、ベ平連やら何やらで学園祭が中止、全学総会なるものが開催されたりで時代は騒然としていた。

 山下洋輔や坂田明の前衛ジャズが一世風靡して,私もFMのジャズをエヤーチェックするようになる。土曜日は渡辺貞夫の「マイディヤーライフ」新宿のピットインには一度行きたかった。NHKの「ラジオ深夜便」ってご存知か?最近は夜更かししなくなったので聴かなくなったけれど、よく聴いていた。ご老人をターゲットした番組だったけれど、若い人もよく聴いてるようだ。今日はしまりのない文章だけどこれでおしまい。


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  はる73    2001/Mar/17(Sat)

   美大の大学院をでたばかりの若い作家の個展を観にいく。汚れを知らない初々しい印象を受けた、反面この子はこれからどうやって生きて行くのだろうと余計なことだけどちょっと心配になった。美大にしろ音大にしろ世の中に芸事を教える学校は星の数ほどあり、この時期にいっせいに卒業していく。生活のことを考えなくていい人は別にして、多くの人は何らかの仕事をしていかねばならない。

 多くの作家予備軍は大学に入ることでほとんど燃え尽きてしまう、若干残った作家のたまごも卒業をピークに作家活動を止めてしまう。正確にいえばやり続けることが困難になる。これから後の長い人生をどうやって生きればよいか、ただでさえ難しい問題を、芸事を続けることでさらに難しくする。他人事ながらがんばれよと一声かけたくなる。

 反面世の中にはそれほど多くのアーチストはいらないわけだから、どうにもならないと思ったら速めに諦めろ。生き方は一通りではない「人生いたるところに青山あり」だ、生きて行けさえすればいいじゃないか。そんなふうに思った。


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  はる72    2001/Mar/16(Fri)

   大金持ちは昔から金貸しと相場がきまっている。洋の東西を問わず金貸しは嫌われ者の代表格で、小説でも芝居でも悪役をいってに引き受けている。

 ルネサンスのパトロン,メディチ家(メジスンの語源)ももともとは薬屋だったけれど、途中から悪く言えば金貸し業で財をなした。物を作ってちまちま売っていたのでは、どうやってもたかが知れているわけで、一番健全だけれど一番ドン臭い銭もうけの方法だと思う。

 資本主義は最終的に、財を持った資本家が金が金を生む投資に走る。投資は言葉を変えると博打だ。アメリカには投資(博打)を是とするお国柄があり、小学生が学校の授業で投資の勉強を堂々とやっていて、成績のいい生徒は表彰されていた。根本的に博打はやくざか博徒が隠れてこそこそやるものだという健全な日本人とは違う。貧乏人が慣れない大金を持ったがために,前後の見境もなく世界で投資に走り、いいかもになったというのが今日の日本の状態だろう。

 ドン臭いけれど日本は物を作って売っていく職人国家になるしかない気がするがね。高い授業料はらったけれど。


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  はる71     2001/Mar/15(Thu)

   詩人とか芸術家なんて職業はない。他人からみて「あいつは詩人だから」とか「芸術家の気持ちはわからんよ」とかある意味で非難めいた言葉として使うことが多い。だから「職業は画家です」とはなかなかいいずらいものがある。

 「絵描き」というと「作詞家」とか「作曲家」と同じように単に絵を描いて生活しているんだなぁ、という感じがあっていい易い。「作画家」という言葉があればいいのかもしれないが、注文を受けるイラストレイターとか挿絵画家を指す感じがしてちょと違うきがする。

 芸術家というのは生き方の問題である。宗教とか哲学に近いものだ。ただし宗教にも学問にも属さず、聖と俗、インサイダーとアウトサイダーのはざ間にいて、どちらにも自由自在行ける特権を持ち、表現する義務がある。そうやって人々の精神を解放し癒す使命がある。ただし時々脱線する愛嬌もあり憎めない、そういった生き方をいう。(この話は前にも書いたのだが、なぜか消えてしまったのでひつこいけれどもう一度書いて置きたかった。)


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  はる70    2001/Mar/14(Wed)

   私の絵は下地作りから始まる。作業が始まると前にも書いたようにさながら鳥の巣状態になる。アトリエの真中にどかりと腰を据えパネルにボロ布を張りこんでいく、チョンチョンとコテにのりをつけパネルにしっかり塗らしたボロ布を空気が入らぬように,しわにならぬように張り込んでゆく、ちょっとした職人だね。

 前にテレビで見た下駄屋のおやじとか昔よく回ってきた傘の修理屋のおっさんの仕事とよく似てる。まんざら嫌いじゃないんだな、これが。絵を描くのはしんどいけれど、まだまだ先の話だ、ここらへんは楽しいね、鼻歌でも歌いながらチョチョチョイノチョイはい一丁あがり。絵など描かずにこれだけやっていた方が幸せな気がするがね。もっとも絵描きも職人の端くれでね、なんでもできなきゃいけなかったのよ、昔は。


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  はる69    2001/Mar/13(Tue)

   CTスキャンを受けたことがあるか?簡単にいえばレントゲン連続断層写真とでもいうのだろうか。肝臓なら肝臓を1cm間隔でスライスしたように透視できるというわけだ。

 人間のからだというのは同じようでいて顔と同様にまったく同じという人はいない。もっといえば一つや二つかなり人と違っていたりする、はやくいえば奇形だ。生きて行く上で全く問題ないので普段は無視されているのだが、詳しくしらべるとぼろぼろとそんなものまででてくる。私の場合心臓はど真ん中にあって、大静脈が二本に枝分かれしているそうだ。 

  閑話休題、この間テレビを見るともなく観ていると、韓国の音楽事情みたいなことをやっていた。突然韓国語のラップが聞こえてきて,日本の若者と同じようなことをしているんだなぁと思ったのだが、アメリカの植民地でもないのにどうして我々はそんな格好だけをまねするのだろうか。アメリカの歴史の中で虐げられた黒人たちがいて、つらい労働があってそんな中からブルースが生まれたり、ジャズが生まれたりラップ音楽が生まれたりする事情はわかる、でも我々の血の中にはないものだからなぁ、どうやってもかなり無理があるのじゃないか。

 経済の上でグローバル化とかいって、いままでの日本のやり方は間違っている、この世界基準に合わせなさいといってスタンダードを押し付けてくるけれど、単にそれはアメリカ化じゃないのかなぁ。人のからだがそれぞれ違うように,我々の中を流れているアジアの血は変えようがなく、単にカッコイイからといって単純にその国の文化まで真似するのは,竹に松を継ぐみたいなものでどうしても本物になりきれないチャチなものしかできないと思うがどんなものか。


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  はる68    2001/Mar/12(Mon)

   「悲しくなったらご飯をたべて、またおなか減ったらご飯たべて、先のことは考えんのよ」(藤山直美主演 「顔」より)このせりふに涙腺が開いた。気が付くと横の家人もうるうるきていた。何のこともないせりふなんだけれど、我々二人のつぼに入ったということかな。

 人は歳とると涙腺が柔になるという、ずうっとそう単純にそう思ってきたけれど、本当はそうじゃなく積み重ねた悲しい経験が引きがねになるのじゃないのかなぁ。喜びも悲しみも同じ数だけあるのだけれど、どうしても悲しい思い出だけが残っていってしまうようだ。「悲しい人しか見えない」どこかで聞いたせりふだけれど、私はどんなことでも感じないより感じた方が人生豊かになる気がするがどんなもんだろう。


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  はる67   2001/Mar/10(Sat)

   家の近くに大型のスーパーマーケットができたのは小学生の頃だった。「せいきょう」とは何のことか訳もわからず、10円のものが9円に20円のものが18円になるのが不思議だった。「けったいな名前やなぁ、でもええわ安いから」と深く考えることもなく、明るく大きな店内いっぱいにお菓子からおもちゃ、日用雑貨、電化製品、晩のおかずまで所狭しと並んでいるのを、なんとなくうきうきとながめ回っていた。

 今でこそ当たり前の風景だが、買い物かごを持たず、好きな物をお店の備え付けの籠に適当に入れ、その場で金を払うのでなくレジで清算するというやりかたも、当時は革新的でアメリカやヨーロッパ(当時はよく知らなかったけれど)のようだとカッコよく思った。反対に今まであった昔ながらの市場は見る影もなく、シャッターを下ろした店も多くなって、最後にはなくなってしまった。

 うんと小さい頃市場は楽しみの一つだった。魚屋なら魚屋の独特の掛け声があり、雑踏と店の主人と客とのやり取りがあり、どことなく生き生きとした活気があった。昔がすべていいはずはない、それは当然のことだ。しかし便利、効率がいい、安い、速い、と経済的なことだけを考えるとそれが至上命令なのだが、そのために我々は何を失ったのかよーく考える必要があると思う。

 私が一番問題にしたいのは、仕事の質の変化だ。多くの職業からプロ=職人が必要でなくなった。パートタイマーは労働を売ってるのではなく、その人の時間をうっている。コンビニの店員はどうやっても売り子でそのことに生きがいを持つことは難しい。魚屋のおじさんは魚屋としてプロの職人だ、ただの売り子ではなかったはずだ。我々はもう一度家内制手工業ぐらいからやりなおす必要があるのじゃないかね。


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  はる66    2001/Mar/7(Wed)

   おおげさじゃなく、本当に十何年ぶりに床屋へ行く。今までは自分で風呂にはいった時に、適当に剃刀でカットしていた。後ろの方などうまくいかないだろう?と疑問におもうかもしれないが、なれればうまくいくって、誰でも。ただカットするだけならそれほど技術はいらない。それに失敗しても誰も怒りゃしない、自分が一ヶ月ほど我慢すりゃいいのだから。今まで行かなかったのになぜ急に床屋にいったのか、そのことが今回のテーマだ。

 昔詩人の富岡 多恵子さんが「年をとるということは、体力をカバーするお金が必要だということだ」と何かで語っていたが、まさにその通りだ。真冬の風呂場でさむいおもいをしながら剃刀で自分の髪をカットするその行為と三千幾らかのお金とを天秤にかけて、十何年ぶりに前者が負けた。そのことの意味は大きいかもしれない。


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  はる65 追加    2001/Mar/6(Tue)

  五里夢中は五里霧中の間違いです。誰か気が付いたのかなぁ。


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  はる65      2001/Mar/6(Tue)

   大阪には学生時代も含めて2,3年いた。10代の後半から20代の前半の記憶はもう恥ずかしいことばかりで、もう一度時間をあげるからやりなおしてみろといわれても、あまり気が進まない。何をやったらいいのか、自分には何ができるのか、皆目見当もつかず暗中模索、五里夢中、あっちこっち顔出しては、恥じかいてすごすご引き返す、そんなことの繰り返しだった。

 大阪などの都会の雑踏の中にいると、自分がいかにも小さくて、無力で、意味のない存在かに気付かされる。初めて他人と意味のない殴り合いのけんかしてボコボコにされて、映画やテレビのようにはいかないカッコ悪い自分に嫌気がさした。大阪というと自分のそういった青春時代の傷を見るようでつらい。唯一の救いは、淀川沿いの淀屋橋や天満橋の垢抜けた洋館たちで,中央公会堂はよくスケッチした。


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  はる64     2001/Mar/3(Sat)

   実にゆっくりと、でも確実に沈んでいっているんだろうなぁ。私は政治的人間じゃないし、なにも偉そうなこといえる立場でもないけれど、ここに来てこの国は大きく傾いてきていると思う、もう取り返しがつかないかもしれない。

 特に政治がもうだめだ、こんなになっているのに誰も本当のことを言わないし、何も変わらないし動かない。もともと最近の政治には多くを期待していなかったけれど、それでもそれなりに一目置いていたところもあった。明治以降親方日の丸でここまでやって来これたというのもその理由だけれど、もうだめだ。

 だいたいこれだけ借金していて未だに借金しょうという政策が信じられない。普通まず借金返すよ、それでなきゃこれから何年かかって返すよというビジョンを示すよ。国民もばかじゃないから「これこれの理由で年金は少し我慢してくれ、消費税は少し上げるよ」とちゃんと説明すれば納得すると思うけれどなぁ。いつまでも大本営発表で、今まで通り公共事業はやる、ばら蒔きやって景気をつけよう、金は借りまくってそのうち徳政令で帳消しにしてくれるだろう、そんなんばっかりやってるから国債のランク下げられて二等国になってしまう。変に今内向きになってるし、憂国が愛国になって戦争に向かって行くことを杞憂するなぁ。今日は少し雄弁だ。


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はる 63      2001/Mar/2(Fri)

   ある大学のオケラの卒業演奏会に行く。こういった感想はとても失礼なんだろうけれどあえて書く。とにかくブルックナーは長すぎる、最後は時計を見ながらはらはらしていた。 田舎から出て行った人間にとって最終に乗れるかどうかは、けっこう大切な選択肢だと思う。それ故とてもゆっくり音楽を聴いてる気持ちになれなかった。

 クラッシクのコンサートにいっていつも思うこと。どういった鑑賞の仕方が正しいのか、それがよくわからない。たとえばジャズやロックの場合からだを揺すり,調子をとるのが普通でしょう、あくまでもノリとかスィング感みたいなものが第一だと思うのだけど。クラシックの会場ではほとんどの人が直立不動じゃないけれど,お行儀よく椅子におさまっている。首を振る人もあまり見かけない。ああいう状態じゃ二時間は苦痛なんだけど。

 私は邪道かもしれないが他の人に迷惑にならない程度に首を振り,指揮者になったつもりで手を小さく振る、あれって隣にいる人は気になるだろうね。この場を借りてあやまっておきます、すんませんでした。それにしても交響曲は私には荷が重過ぎるようだ。音の厚みとか音色の違いによる音の立体感みたいなものの良さは理解できるし、構築性とかある種の昂揚感みたいなものも理解できるけれど、やっぱり面白くない。西洋の油絵に感じた違和感みたいなものと同じものを感じる。三重奏とか四重奏のような室内楽なら楽しめるのだが。坪庭とか盆栽みたいな小さな世界に親近感をかんじるのと同じかもしれないね。


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