あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

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2001-2 - 2001.02.01(日記)
はる62     2001/Feb/28(Wed)

   小さい頃ちょっとお腹が痛くなったりしたときに「くまのい」なるものを飲まされた。それが(熊の胃)なのか(熊野猪)なのか今となっては分からないが、とにかくやたらと苦いもので子供心に(熊の胃)は苦いものだと思った。あと熱さましの赤い丸薬のとんぷくや歯の痛みを止める根治水など、お多福とかだるまの絵が描かれた小さな紙袋に入れられてくすり箱にはいっていた。

 一ヶ月か二ヶ月おきぐらいに大きな風呂敷づつみを担いだおじさんが、色々な話をしながら減った薬を補充していった。薬はそうやって何処からともなくやってくるおじさんが、ただで配っているものだとかなり大きくなるまで思っていた。小学校であれが「富山の薬売り」だと教えられたとき何だか少し暗い気持ちになったのをおぼえている。


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  はる61                       2001/Feb/25(Sun)

   「ものつくり大学」なんて聞いたこともない学校が泥まみれになっている、まだ一人の学生もいないのにすでに先が見えてしまった。ドイツの職人学校のマイスター制度を真似したのだろうけれど、こういった件だけでなくバブルの頃に浮かれたように,何の計画性もなくただの思いつきで次々と実行された巨大プロジェクトがこのところバタバタとつぶれている。

 地道にものを作って商売していくのではなく、金が金を生むようなまやかしが大手をふってまかり通っていたあのバブルとはいったいなんだったのだろう。冷静に考えれば誰だっておかしいとわかるはずなのだが、当時まじめに家業を捨てて投資に走ったおっさんも多かった。右肩上がりの成長が当然で,給料は必ずアップするものだと誰もが信じて疑わなかった、それは一種の信仰に近かった気がする。

 怖いのは新聞やテレビのマスコミもだれも本当のことは言えなくて、浮かれた人々をくいとめることはできなかったことだ、たぶん戦前の軍部の独走を良くないと思いつつも誰も止められなく、あれよあれというまに全面的な戦争にのめり込んで行ったこととよく似ている気がする。たぶん人間はその時代の空間に身を置いた場合、何も見えなくなってしまうのだろう。

 歴史的な事実を事実として記録し、責任の所在を明確にして二度とそういったことがないようにしっかり反省しなければまた忘れた頃に同じ過ちをおかすだろう。しかし日本人にとって一番にがてとすることだ。今日は少しかたいなぁ。


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  はる60    2001/Feb/24(Sat)

   新聞の折込広告を見ていると案外時代の流れがわかる。最近はエステの記事や健康に関する(一部眉唾ものの薬など)広告に混ざって、電気屋さんの広告が多い、同じような安売り店のしのぎをけずった争いも我々消費者の利益になるのであれば大いにやってもらってけっこうだが、あれだけ毎日広告を入れればそれだけで膨大な費用だ。当然それが価格にはねかえってくるわけで、なんだか本末転倒だなぁと思う。

 電気屋さんといえば我々が学生の頃は,オーディオ機器が花形の主力商品で、プレイヤーだけで5,6万もした。ダイレクトドライブという今の人はほとんど知らないとおもうけれど、モーターで直接レコードをまわすプレイヤーが初めて市場にでた時で、ワウフラッターいくらなどという回転むらを表す数字に一喜一憂していた、高級機になると赤いストロボが付いていて水の波紋のような干渉波が現れ,回転むらが起きると波が乱れてわかるようになっていた。あの時プレイヤーの回転むらにあれだけこだわっていたのに、CDプレイヤーがでたらほとんどきにしなくなった。

 熱にうなされたようなあのこだわりは何だったのだろう。今電気屋さんにいってパソコンのコーナーをみると当時のオーディオコーナーを思い出す。


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  はる59    2001/Feb/23(Fri)

   本なんかの場合タイトルってとても大切だと思う。ほとんどの本屋では背表紙しか見えないのだし、それによってだけ人の気を引くのだから。最近の言葉でいうならキャッチコピーっていうのだろうか、まぁ新聞の下の週刊誌の見出しにはのタイトルだけでも中身が想像できるうまいコピーもあるね。

 もともと日本人には俳句や短歌などの伝統があるので短い文章で世界を表現するのはうまいはずだけれどね。絵画にはもともとタイトルなどなかったのかもしれない、後世の人が便宜上名前をつけたものも多い。レンブラントの有名な「夜警」など時代焼けしたニスを洗い流したら昼間のように明るかったという逸話もある。

 時代が下がって抽象全盛の頃はタイトルに一切の文学臭を排除してクラッシク音楽のように「作品1」「作品2」とかつけるが流行ったこともある。私はタイトルも作品の一部だと考えている、だって多くの人はタイトルから見るものこれを使わないのはもったいないね。ない知恵をしぼってタイトル考えるのも楽しみの一つだ。


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  はる58    2001/Feb/23(Fri)

   森 茉莉(漢字はこれでいいのか)の小説に「貧乏貴族」ってなかった?「贅沢貧乏」だっけ。詳細は違うかもしれないがこんなシーンがあった。ラムネやサイダーなどの綺麗なビンや小さなキャラメルの箱や缶の隙間に、もう色が変色して定かでなくなってしまったボッチチェリの「プリマベラ」(ビーナス誕生かもしれん)の切り抜きを飾り、どんな宝物より美しいと一人納得するところがある。

 当時貧乏学生だった私は毎日静物画ばかりを描いていた。大学生としてはけっして優等生ではなかったけれど、絵描きのたまごとしてはまじめだったと思う。どこからか集めてきた大小のガラクタを自分のイメージを元に組み直す、ピカソやブラックが考えた立体派の手法を夢中になって追体験していた。何でもないただのガラクタがある時、周りの空間と完全に調和して心地よく響きあう美しい瞬間がある。そんな毎日とどこかでリンクするところがあったのだろう、そのシーンだけおぼえてる。


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  はる57    2001/Feb/21(Wed)

   毎年50点ぐらいの小さい作品を作る。たぶんそれが全部売れたとしても絵だけで食べられるか微妙なところだ。そういう訳で週の前半は出稼ぎに出る。これがけっこう憂鬱の種なんだけど人に言わせると、案外ストレスの発散になっているのじゃないかというのだけれどね、どうかなぁ。

 人とうまくやれないわけじゃない、話をするのも好きなんだけれど、どうしてか人を緊張させてしまうところがあるみたいだ。そうならないようにと考えること自体もう不自然だものね、そういったオーラが出てしまうのだろう。最近はそれも私のパーソナリティーだと思ってるけれど。それ故当分この出稼ぎ仕事は続き憂鬱から解放されることもないだろうね。


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  はる56    2001/Feb/18(Sun)

   「今ある問題は全て少しずつ自分に似ている」いつ頃からだろうか、絵描きになりたいと想ったのは。イラストレイターとか挿絵描きみたいな仕事としての絵描きではなく、いわゆるげいじゅつ家として表現者として絵を描いていけないだろうか、あわよくばそうして食べてはいけないだろうか。

 若い時、どんながりがり亡者の守銭奴も芸術家にあこがれる時がある、やがて時と共にしだいに忘れ本来の自分に戻ってゆく。あの巨人のピカソでさえ若い時は甘い感傷的なブルーな絵を描いていた。多くの人は大人になる前に通り過ぎてしまう、そのことを未だ性懲りもなくやっている、ある種青春の残り香みたいなものだ。作品が売れたりするのも案外多くの人のそこの所をくすぐるからかもしれない。そうであったとしても、どこかで少しそんなマイナーな絵描きの存在もいいかなと思う自分がいて問題は自分に戻ってくる。


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  はる55    2001/Feb/17(Sat)

   今日の朝刊に北村 薫さんのこんな記事が載っていた。小学生のころの事、歯をみがみながら考えた。「毎日やって来る、こんな平凡な瞬間なんて、絶対記憶に残らないだろうなぁ」

 そういった気持ちって良く分かる。毎日繰り返される、まったくなんでもない日々、時、瞬間、過ぎてしまえば、もう二度とは振り返らないありふれた日常、そんなものの積み重ねが私の人生なのだが、そういった何気ないひと時がただただ無性にいとおしく切り取って置きたくなる時ってあるよなぁ。

 作家というのはそこのとこをうまい具合に「ことば」にする、あぁこの感じっておれにもあるなぁと共感させれば、もうその作家の手の内に乗ってしまったも同然だ。自分のことを語りながら、いつのまにか広く一般的な普遍に至る、これがプロの作家というものだ。画家でいうならだれだろう、たとえばクレーとかピカソとかだろうか。子供の様でありながら大人も充分に満足させる絵。あぁ本当に豊かないい絵を描きたいものだ。


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  はる54    2001/Feb/16(Fri)

   「遊」・・・方は旗の意味、それも自分の氏神さまをしるした吹流しの象形。子はそれを手に持ち動きまわるかたちの象形。まだ多くの神が存在していた時代、自分たちのテリトリーを離れるときは氏神様のご加護を必要とした。「あそぶ」とは神とともにあることを意味した、またそういった状態、何者にも囚われない自由な境地をいう。ウンなるほど。


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  はる53    2001/Feb/15(Thu)

   団体展の功罪。よく言われるのが「絵画は個人で創造するものだ、それにもかかわらず徒党を組むやからの気が知れない」確かにその意見もわかる。「**会の会員で一年に一作しか描かないで画家といってはばからないのがいるがあれは絵描きか?」その意見もよくわかる。

 団体展はある特殊なピラミットと築いていて、日本独特だとおもうのだが下のものはなかなか意見がいえない仕組みになっている。本当は絵描きは作品だけ描いて発表すればいいのだけれど、いうのは簡単だがやりつづけるのは難しい。なぜなら無名の画家の展覧会などだれも来ないからだ。多くの場合絵より肩書き、人気で足をはこぶからだ。絵の良し悪しなどどうでもいいのだ。一人一人が自分の意見を持っていいものはいい、悪いものは悪いと言える国民になればきっとその時は団体展もなくなっているだろう。

 それにしても人気の芸能人が有名な画廊やデパートでどうどうと個展をやって即日完売してしまう、なんだかおれたちゃ何をやってるのかなぁと思うね。関係ないけど。


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  はる52    2001/Feb/13(Tue)

   さすがに神社のお社の中でずうずうしく寝る勇気もなかったので、同じ境内にある物置小屋のやっかいになることにした。こういった旅の場合早寝早起きが鉄則で日が暮れたら早々に寝ることにしている。旅の疲れもあってすぐに寝込んでしまった。ザクザクと玉砂利をふむ音で目がさめた。不思議なことに私のいる納屋の前でぴたりと止まるのだ。「誰かが用事で納屋を開けにきたのか、まずいなぁどう言い訳しょうか」と思案してると、次から次ザクザク、ザクザクと何人もの人がやってくるではないか、こうなったら先手必勝、さきに扉を開けてあやまっちまえと根性を決めてエイッヤッと開けたら、だれもいなかった。

 後日談、四国にはたくさんの巡礼さんがいるが何故か若い坊さんと一緒に旅することになった。その時にその話をするとさもありなんとこんな話をしてくれた。「神社はその地方独特の霊を祀ってあることが多い、良い霊もあれば悪い霊もある。たぶんそれはどちらかの霊が君にいたずらしたのだろう、それだけですんでよかったね。そいいった意味で一番安全なのはお寺の縁の下だよ」と教えてくれた。おしまい


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  はる51    2001/Feb/10(Sat)

   占いとかまじないその他霊感みたいなものは私にはないし、幽霊もUFOも見た事がない(UFOの方は一度見てみたいものだが)

 高校を卒業してすぐの春休み、それまでの受験勉強のまねごとから開放されて、どうしても四国一周の巡礼の旅に出たくなった。体力的にまったく自信がなかったので、適当に歩いてはヒッチハイクでと簡単に考え、当時実家の納戸の片隅にあったフーテンの寅さんが持っているようなトランクを片手に精一杯のかっこをつけて出発した。当時はそんな変な格好のフーテンでもけっこううまい具合にヒッチハイクでき、まぁ途中色々な人にごちそうになったり家に泊めてもらったりで、なかなか快調な旅を続けていた。

 室戸岬の手前に中村という小さな漁港がある、昼間のうちにそこに着いて、今日はもうここまでにしょうと銭湯を探して一風呂あびて、一膳飯屋で早いめしをくって、今日の寝場所を探しに町をうろついた。町外れに小さな神社があった。どんな小さな漁港でもそうだが必ず海の安全を祈願する神社がある。お寺なんかと違いはるかに陰々減々として怖い、今ではそう思うが当時の私は何の恐れもしらない青少年だった。 つづく
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  はる50   2001/Feb/8(Thu)

   子供の頃、土曜日は半ドン(半ドンって通じるのか)で学校からとんで帰ってきて、昼飯を食いながら吉本新喜劇をみるのが楽しみだった。今でこそ吉本興業は知らない人がいないほど全国区で有名だが、当時は関西だけのマイナーな会社だった。一時漫才ブームの頃色々な地方の芸人が登場してきたが、どれもだいたいブームの衰退とともに消えていった。

 我々関西人からみると、当時の関東の芸人の笑いは全く分からなかった、というかぜんぜん面白くなかった。今でもたけしやタモリはお笑いなの?とおもう。吉本の笑いは本音の笑いだ。風刺やジョークなんていう上品なものでなく、徹底的に弱いものをいじめる、踏む、ける、ぶたったく、それでも笑いがとれなきゃ、下ねたでもエロでもなんでも良しとする。

 基本的にアドリブが持ち味だ、それゆえ今のテレビが一番得意とする分野で吉本は全国区にのし上がった。・・・・吉本を批判するつもりで書き始めたのだが・・・・本音とたてまえ、理想と現実、とかく最近の風潮として理想やたてまえの分が悪いけれど、確かに本音や現実は強いのだけれど、理想を語らなくして夢の現実はないし、ダンディズムみたいなものはやせ我慢だとおもう。なんか説得力ないなぁ。根が関西人やからなぁ。ほなさいなら。

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  はる49    2001/Feb/7(Wed)

   まがりなりにも油絵を20年以上描いてきた。その根底には前にも書いたが意識していたかどうかは別にして、西欧に対するあこがれがあったとおもう。あることをきっかけに油絵の道具をアトリエから追い出してしまった。その変化は突然おこったわけではなく、ずいぶんと前からだんだんと心のなかに油絵に対する違和感がひろがっていたのだとおもう。

 ある時ひょんなことからイタリアに一年間遊びに行けるチャンスをもらった。希望はしていたがまさか現実になるとは思っていなかった。一年は長いようで短い、ヨーロッパにいるうちにと世界の名だたる美術館を観てまわった、最初は物珍しく見るもの聴くもの新しく、教科書で観た名画や建築にワクワクした。そのうちにだんだんどれを観ても感動しなくなった、みんな同じようにみえる。そんなはずじゃと思ってもやっぱりもう観たくないのだ。

 そんなある日、住んでいた地元の教会に出かけて何気なく柱を見ると、そこには誰のというのではなく、もうはげかかって人の顔も定かでない、フレスコ画で埋め尽くされていた。油絵以前のその乾いた質感、仏画にも共通する平面性、装飾性そして何よりもその匿名性に自分の肌にぴたりとするものを感じた。

 それからは意識してルネサンス以前のイコンやフレスコ画を観て回った。帰ったらもう油絵をやめよう、水性の我々日本人の体質に合った表現材を探そうとおもった。不思議なことにその感覚と同じものを、現代の作家であるスペインのタピエスやドイツのキーファーにも感じる。根底にあるものは今手に入る材料で現代を表現するということ、そして根っこになっているのは「いのり」だとおもう。

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  はる48    2001/Feb/6(Tue)

   昔ユーミンが「こんな情報過多な世の中で、死んでから発見される隠れていた天才なんていないョ、今じゃどんなへんぴなところでもテレビがあって、隠れていようと思っても寄ってたかって引っ張りだされてしまうョ」と生意気に本当のことをいっていた。

 確かにそうなんだけれど、売れたか売れなかった、有名無名、メジャーマイナー、だけで判断されると少し違うなぁと思う。大衆性をもつことはある種の才能だとはおもうのだけど、多くの場合単にブームで終わってしまうか、生きている時だけのことにすぎない。「生きていた時は絵が一枚も売れなくて、貧乏して死んだ」なんてことが美談で語られるけれど、これもピントがずれてるなぁ。本物はいつも隠れて見えないのだとおもう、淡々と自分の仕事をしているのだと思う、でたまたま時代が追いかけてきてなるようにして世の中にでるのだと思う。

 たとえば今気に入った絵があったとする、それがずっと気に入ったままで終わるかといえばそうじゃなくて、だんだん目が肥えてきてもっと違うものが良くなる。最初にいいと思ったのは自分の目がそこまでだったからで、年とともに好みも変わる,普通深くなる。案外最初に嫌いだったものを好きになったりするものだ。本物はずっと本物で最初っからそこにいた。そのときは誰も気付かなかっただけじゃないの。単に負け犬の遠吠だけどね。

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  はる47   2001/Feb/4(Sun)

   作文はにがてだった、子供の頃に本を読まなかったということが大きく影響していると思う。それゆえに未だに句読点の打ち方が小学生なみだといわれる。自分の気持ちなり思ったことなりを文章で表現して人に伝えることができるんだと知ったのは、中学校一年生の時書いた作文を国語の先生がほめてくれた時だった、かなり脚色して嘘を書いたのだけど、自分の気持ちを伝えるにはそれくらいでちょうどだと思った。それ以来幾星霜あまたの文章を書いてきたけれど、あの時以上のワクワク、どきどきはない。

 インターネットは第二の「つづり方」ブームだとおもう、程度の差はあれ(おしゃべり言葉)を(かき言葉)に変換する知的作業が必要で、自分を表現するにはそれなりの文章力が必要なことに気付くはずだ。こういったデジタル機器で文章を打っていておもうことは、我々の世代だけなのかもしれないが、機械を単に道具として使っているだけで感覚としてペンや鉛筆の筆記用具とかわりない。外国語を勉強していても「こんにちは」「元気ですか」くらいは三日で習得できる。問題はそこから何を話すかで、いつものことながら「自分とは何者か」ということを知らなければ話は進まない。案外最先端の技術は一回転して自己探検の道具になるかもしれないね。

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  はる46    2001/Feb/2(Fri)

   「風をきく」、もともと風は四方の風神の仕業で鳥が運ぶものと考えられていた(鳳)、それゆえその地方独特の習慣を「風俗」「風土」という。いわゆる聞こえないものをきいたり、見えないもの見たりできる人を神と交感できる人と考えた、耳をすましてつま先だてて聞こうとするその姿の象形が「聖」である。遠い昔われわれの祖先はなんとロマンチックにものごとを考えそして表現していったのだろうか。全てが簡単に便利にすばやく手っ取り速くなるにつれて、人の想像力も表現力もなえていってしまうようだ。

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  はる45     2001/Feb/1(Thu)

   どこかでやっぱり信じているところがある。若者が成人式で悪ふざけであばれても、14歳のくそガキが人を傷つけても、目つきの悪そうなアホ坊主どもがコンビニの前でとぐろ巻いて地べたにしゃがみこんでダベッテいても、いつかはそのむなしさに気付くだろうと、やっぱり甘いのだろうなぁ。宗教にしろ芸術にしろ哲学や科学にしても最終的に目指しているのは「大いなる秩序の存在」を感じさせるところにあると思う。我々は生まれたくて生まれたのではなく、ただその大いなる存在の一部とたまたまここにいるだけなのだ。それはここにある草や木や犬や猫、山や川ひとかけらの石にさえ共通する「大いなる力」なのだ。人間はさまざまな悪いこともしてきた、人類はもうながくないのかもしれない、でもまだまったく捨てたもんじゃないと、そんな歌が唄えると信じている

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