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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

ブログ - 2020.03.31(今日のアトリエ)

はる6908
 不定期の仕事というのはこういう時につらい。まったく収入が途絶えてしまう。たぶん多くの若い非正規労働者は存亡の危機を感じているだろう。

 若いころは不正規でもなんでも仕事にありつければ御の字だった。なくなればまた探せばいいわけで、好みを言わなければ仕事はいくらでもあった。身体にも自信があったし、明日は今日と同じように必ず来ると信じていたわけだ。実際この騒ぎがあるまではあったわけだ。

 短期でみるなら、正規で仕事しても非正規で仕事をしても変わらないか、非正規の方が効率がよかったりする。それには将来の保証という保険が入っているからだ。「自由に仕事が選べる」というのは言い換えると自由に使い捨てされますよという事でもあるわけだ。そのことに若い時は気が付かない。キャリアアップするのはごく少数だ。ほとんどの労働者は年を経るたびに労働環境は悪くなる。国はそのことを十分に知っていた。知っていてそういう方向に舵を切った。大企業にために。

 今回のコロナ騒ぎで見えてきたことも多い。欧米各国がロックダウンして都市が封鎖された。封鎖されると仕事が奪われるわけで、一番最初に首を切られるのがそういった底辺の労働者だ。そういう人たちにどういう手が差し伸べられるか。国は誰のために存在するか。欧米各国は早々に援助を打ち出した。日本はどうなんだ。それがちゃんと明示されなければロックダウンなどありえない。自己責任では無責任すぎる。

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ブログ - 2020.03.23(今日のアトリエ)

はる 6900
 私のブログのカウントも凄いことになってきた。6900だよ。あと100で7000だ。約三か月だから6月の末あたりには7000カウントだな。また何かプレゼント考えないとな。

 コロナ騒ぎでオリンピックどころじゃなくなってきた。日本だけの問題ではないからな。今から南半球が冬になって行くわけだから、そういった国がパンデミックになって行くと考えれば、とてもオリンピックどころではないのは容易に想像できる。もともと大嘘ついて誘致してきた経緯から考えると、このオリンピックは返上した方がいいようにも思う。選手たちには申し訳ないけど、どう転んでも心から喜んで楽しんで応援できる事態ではない。責任はすべて森と安倍にある。この人たちをどういう手を使っても引きずりおろさねば明日の日本はない。

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今日のアトリエ - 2020.03.16(今日のアトリエ)

はる 6893
 新しいアイディアというのは考えて出てくるものではないらしい。いつも思うことだけれど、画面に向かってうんうん唸ってみても浮かばないものはいくらやっても浮かばない。これはやったことがない人には分からないかもしれないが、アイディアは溜めることができない。浮かんでは消えて行くものらしい。何やっていないときはアイディアも止まっているだな。だからしばらく休んでいるとさぞかし多くのアイディアがたまっただろうと蓋を開けてみると中はすっかり空っぽだ。20,30枚並べてどんどん描いているときほど次から次とアイディアが浮かぶ。井戸とよく似て汲みださなければ出てこないもののようだ。

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今日のアトリエ - 2018.08.28(今日のアトリエ)

はる 6327
 今日は久しぶりの授業だった。約二か月ぶり。非常勤などという仕事はあてにならない暇つぶしみたいなものだな。それでも生徒たちは真面目に取り組んでいた。不真面目なのは私一人だ。はやく時間が過ぎないかと時計ばかりみていた。辞めた方が人の為かもしれんな。

 スタイルは生き様で、形は真似ることはできるけれど、真似てもあまり意味はない。作家が10人いれば10通りのスタイルができるはず。しかし、大事な事はスタイルを作ることではない。スタイルは生き様を反映したもので、結果でしかない。絵描きは絵を売ってるように見えるけれど、実は生き様を売っている。みんながそのことに気付くと私の場所がなくなるので、そっとつぶやいておこう。

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はる 6137 - 2018.02.10(今日のアトリエ)

はる 6137
  すみません、言語化は出来ません。絵画的な感動に修正しました。思ったことをよく吟味もせず垂れ流しているので間違えることも多々あります。それを踏まえて少し書き加えます。仮に一枚の絵を鑑賞したとします。何も考えないで心を無にして只観る。まぁ今までは鑑賞とはそういったものだと教えられていました。でもそれで済ましてしまえば鑑賞した人間にはほとんど何も残らないのですね。そこから始まって、上にも書きましたけれど「何が心に引っ掛かりをおぼえたのか」「何がいいと思ったのか」そこのところをしっかり言葉にすることでより深く心の中を探ることが出来るように思うのですね。表現しようと思った場合も同じですね。どうでしょう。


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今日のアトリエ - 2017.09.11(今日のアトリエ)

はる 5986
 画像が直接ブログに飛んでくれないので、面倒だ。どうした理由なのかさっぱりわからない。


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今日のアトリエ - 2017.09.08(今日のアトリエ)

 はる 5983
 どうも写真が上手く送れないな。これはFBのメッセンジャーに送った物を転用したものです。

 千葉の山口画廊さんの個展が無事終了しました。今回もまぁ成績的には満足のいく結果ではありませんでしたが、嬉しかったのは半分以上が新しいお客さんだったということ。もちろん常連さんが毎回見てくれるというのは非常に励みになるのですが、それにもまして新しいお客さんがコレクションしてくれるのはうれしいなぁ。やっていて人生満更捨てたもんじゃねぇ。。などと思ってしまう。

 もともと絵などというものはなくても生きて行けるもので、生きるか死ぬかの瀬戸際では真っ先に捨てられるものだな。食えるモノではないし、特に私の絵など飾って美しい綺麗なえでもないわけだからね。下世話な話で言えば10万あれば結構な冷蔵庫が買えたり、クーラーが買える。中古なら車だって買える。一か月それだけで充分食って行ける額だよな。それを一枚の絵に替えてしまうというのは凄い事だよな。自分の生活考えてみても10万は大金だ。有難い話だな。

 これを生業にしている以上、責任があるよな。買ってもらった人に対して、自分の人生で返して行かねばと思うな。まぁいまさら辞めるわけにはいかんけれど、どうしてもやり通すぞというのか、まぁ見ててくださいみたいな。見事やり通してみせますみたいな。

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- 2016.10.28(今日のアトリエ)

はる 5669
 さっそくミシンが壊れて修理に出いた。厚いカーテンの生地を重ねて縫ったために送りがうまくいかず噛んでしまったということで、過失は私の方にある。けれど買ってからまだ一か月くらいだったので保証期間という事もあって早速販売店に持ち込んだ。

 最近は修理するより買った方が早いなどという本末転倒なことが当たり前に行われているので、これも修理不能ということで帰ってくるのではないかと思っていた。しかし、何と言っても日本のミシンの本丸のようなメーカーだったから少しは期待していたのだ。

 修理に出して二週間、今日電話があって取りに行ってきた。さすがにメーカー品。トラブルの原因から修理の方法など手書きの手紙まで入っていて結構感動した。こういうちゃんとした対応をされるとまだまだ日本も捨てたもんじゃないと思う。当たり前だけど保証期間だったので修理費は無料だった。

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2016/9/24 - 2016.09.24(今日のアトリエ)

はる 5635
 アトリエからキッチンを望む。それにしても私の世界は狭いなぁ。。


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今日のアトリエ - 2016.09.05(今日のアトリエ)

黎明⑨
はる 5617
 京焼の絵付けの仕事を成り行きで辞めて、これで晴れて本当に何にも属さない素浪人になってしまった。まぁとりあえず陽のある内はスケッチに出かけたりしてプラプラと適当に暮らしていた。それはいいのだけれど、何か仕事を探さなくては蓄えも徐々に少なくなって行く。

 何を考えていたのかよく覚えてないのだけれど、午前中だけ仕事して午後からは絵を描こうと思っていたように思うな。それで近くのモール街の八百屋さんで午前中だけ働かしてもらうことにする。それでもまだ、絵描きになるなどとは考えていなかった。一生こうやって適当にアルバイトして絵を描いて食ってゆけりゃいい。大それた大志を抱いていた訳じゃない。

 八百屋は結構朝が早い。市場から大量の荷物を買い込んできてそれをまず今日すぐ必要なものと、そうでないものを仕分けする。すぐに必要でないものはちょっと離れた大きな冷蔵庫にしまい込む。それも出来るだけ古いものを前に出して新しいものを後ろにしまい込む。あとはパック詰めやビニールづめをしてコンテナにきれいに並べてお店のオーダーに答える。そんな裏方の仕事を午前中やっていた。近くに大きな団地があったのでお店は小さかったけれど従業員はたくさんいた。アルバイトだけでも多い時は10人ぐらいいた。

 アルバイトは早い人は一日で長い人でも一か月単位で辞めて行く。だからここでも何か月も働いているとバイトの中でも役が付く。少し自給が良くなるんだな。そりゃそうだろう。私が仕切らなければ裏方はてんでバラバラでアルバイトは右往左往するだけになってしまう。いいか悪いかそうやって仕事をも覚えていった。

 午前中仕事を終えるとゆっくり飯食ってそこからは自由だな。何をしたかというと京都の平安神宮の近くの関西美術院でデッサンの勉強をしにゆく。この美術研究所は大変ながい歴史があって、なんせ開学者はあの明治の巨匠浅井忠というのだから驚いてしまう。さすが京都。受験指導の研究所が多い中でそうではなくて、私のような受験とは関係のない大人のために開かれた学校だった。

 まぁそうやって細々と絵描きの下準備の生活もまわり始めていた。そのままどこにも出品せず、細々と絵を描くだけの生活でもよかったんだけれど、段々ともう一度じっくり絵を勉強したいという気がむらむらと起きてきた。

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