あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

1971年神戸から北海道 - 2018.02.18(写真)

はる 6135
 馬鹿をやる体質は変わらんな。関西ではイチビリという。何と言うのかな、お調子者。目立ちたがり。そんなところか。ほとんどホームレスのごとく駅や空屋に忍び込んで野宿のごとく寝ていた訳だから高田渡の「ところ構わず寝たのです」そのままです。そんなのでも生きて行けたのですな。若いという事だ。

 ある意味で放浪者というのか浮浪者というのか、何処でも何をやっても生きて行けるそんな人間になりたいと思っていたな。でもそれって何処から来ていたのかな。ある種時代の傾向だと思うのだけれどね。ビートルズから始まった反体制的なスタイルというのか、そんなものにどっぷりと浸ってしまったようだな。今もあまり変わらんけど、当時はもっとそんな傾向が強かった。就職したくないとも思っていたな。

 何だろうな世捨て人的な生き方が憧れだったな。まだこの頃は絵を描いてなかったからな。模索していた時期だろう。
 


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松屋・銀座個展DM - 2017.12.02(写真)
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はる 6068
 自分の作品Noをつけ始めたのはいつごろからだろうか。学生の頃はそんな意識などまるでなく描き散らかしていたわけだからね。30になって絵描きとしてスタートしたわけだけれど、その頃もまだ作品Noは付けていなかった。

 つい最近何点かコレクションしてもらっているお宅に伺って昔の作品を久しぶりに見たのだが、裏に小さなシールが貼ってあるのが1993年の作品だった。その前の作品には貼ってなかったので、ちょうどその頃からシールを貼りだしたのだろう。シールを貼るという都合上トータルNoがあった方がいいということに気がついて、アバウトだけれどそれまでの作品の整理をしたのだと思う。

 作品No一番は1980年作の100号の大作で地元の公募展で大賞を受賞した記念すべき作品とした。兎にも角にも小学校以来初めて賞状をもらったもので舞い上がってしまった。まだ学生だったので電話ももちろん新聞さえ取っていなかった。教育実習中のことで受賞の知らせは学校の図書館で新聞を読んだ時に初めて知った。びっくりして友達に頼んで美術館に飛んで行ったらその日は休館日だったという落ちもついている。

 それがこの間やっとNo2000を越えた。37年かかっていることになるな。もちろん最初の頃は年に20点くらいしか描けなかったわけだから簡単にはいえないけれど、平均するとまぁ年40点くらいか。これが多いのか少ないのかわからないけれど、まぁ死ぬまでに一万点ぐらい描きたいな。もう完全にむりだけどね。

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2017/11/11個展オープニング - 2017.11.12(写真)


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はる 6048
 オープニングライブの様子。こういったお祭りは最初は有料でやろうかと考えていた。ライブを聴いて簡単な食事を出して楽しんでもらう訳だから当然有料でもいいわけだ。しかし一番楽しいのは誰か?と考えると企画した私なんだな。やってみると分かるけれど、招待した人たちが楽しんでいる様子をみてしてやったりと楽しんでいるのは私の方で、自分の楽しみのためにやっていることでお金を取るのは違うよなと思った次第。

 楽しんでもらえたかな?


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秋の月 - 2017.09.05(写真)

はる 5980
 いい月だな。こういったおぼろ月が気持ち的にはしっくりくる。例えばドビッシーの「月の光」だとこうではないだろう。キンキンに凍りついた空に突き刺さるような光が落ちてくる。それを孤独に眺めているという光景が浮かぶ。ところが日本の場合空にも全体を包む空気も湿潤で柔らかだ。ぽやぽやとしてあいまいだ。輪郭も確かではない。

 写生したとしたらたぶんつまらない絵になるだろう。メリハリのない抑揚のないものになってしまう。高山辰雄の絵に似ているな。彼の絵は写生ではない。写生ではないけれど自然観察から離れているか?といえばあくまでも自然を描いている。ある種の理からは離れていない。だから多くの人の心の中に入って行けるのだろう。

 そんな絵を私も描きたいと思う。

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阪急夙川ギャラリーSHIMA個展のご案内 - 2017.09.04(写真)

はる 5979
 次の個展の案内です。つぎは関西西宮の阪急夙川です。


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お盆飾り - 2017.08.14(写真)

はる 5958
 また今回もシャメが上手く飛ばない。何日かたってから突然画面に登場したりする。今の画像は一旦自分のパソコンのメールに送ってあらためてブログにあげている。こんなことは普通やらない。なんとも面倒なことだ。

 今日は町内会の夏祭り。お盆さんってわけだ。午前中にお寺さんが線香をあげに来て、しばらくして夏祭りの準備にはいる。昔は祭りと言えば的屋さんの屋台がずらりと並んでそれを冷やかすのが結構な楽しみだったけどな。今はすべて町内が主催する催しものになってしまった。屋台は出るけれどやっているのは的屋のガラの悪いお兄さんではなく、近所の良く知っているおじさんになっている。なんだかそれじゃ面白くないだろうと思うのだけどな。。喧嘩になることはないけど、祭りと喧嘩は対になっているものだろう。あまり礼儀正しいばかりじゃ面白みに欠ける。

 的屋とか香具師というのは字のごとく、どこかヤクザな雰囲気をふくんでいる。マトヤとかいててきや。香具の師とかいてヤシ。なんともおどろしい。

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今日のアトリエ - 2017.08.13(写真)

はる 5957
 スマホになったけれど使っている機能はガラケイとほとんど変わらんね。スマホにした意味ないねこれじゃ。写真が綺麗というだけか。


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どう住まうか? - 2017.08.10(写真)

はる 5954
 ある種の人たちにはわからないだろう。例えば少しでもいい学校へ、少しでも名前の通った会社へ、少しでも安定した職場へ、皆と同じように、出来れば誰でもが分かりやすい順番がついている方がいい。偏差値など一番分かりやすい序列だな。次はブランドだな。

 生き方は家を見れば分かる。普通に真っ当に生きてきたら家の一軒ぐらい持つことが出来る。どんな小さな家でもボロイ家でも自分の棲家であることに違いはない。個人が持つ一番大きい買い物も家でしょう。財産家でもない限りローンを組んで20年か30年かけてやっと自分の物になるわけだ。だからその人の一生の想いがそこに現れるのは当然の事じゃない。。

 家は有名なハウスメーカーが建てたのがいいのではない。有名な建築家が設計したから素晴らしい訳じゃない。持ち主がどんな住い方をしているか、しいてはどう生きているのか、生きたいかと同等の意味がるきがするな。

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森の生活 - 2017.07.15(写真)

夏本番。スマホからの投稿です。
はる 5929
 この森の中の一本道のような風景が好きなんですね。自分の家の庭ではなくて隣に住んでいた一人暮らしの爺さんが亡くなって私が一応管理している庭なんですが、半分は畑にして後は大きな樹をそのまま残している。年々大きくなって今は庭の半分を覆うような大木になってしまった。一応町中なのですがここだけ森の中のような風景です。

 自分の家を持って一番よかったのは好きなように住まうことが出来るということですね。借りた家ならそこのところに一応遠慮が生じますが、自分の持家ならどう住もうが私の自由ですね。そこのところが一番楽しいところだ。

 昔憧れた生活にソローの「森の生活」というのがあった。タイトルだけでもロマンチックだよな。内容はほとんど忘れてしまったけれど、昔々のヒッピーのバイブルのような「地球の上に生きる」というのもあったな。すごく浅はかだけれど、私の生活の芯になっているのはそんなところだな。

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山梨美術協会80周年記念展 - 2017.07.05(写真)

はる 5919
 山梨美術協会80周年記念画集です。5年ごとに発刊します。展覧会は明日からです。山梨県立美術館にて。


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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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