あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

シアンクレール F20 2017 - 2018.07.10(作品)

はる 6278
 夏風邪をひいた。久しぶりだな。夏風邪はつらいね。地熱なのか体温なのかわからない。家内がひいていたので時間の問題とは思っていたが、きっちりはまってしまった。

 最初に銀座で個展を始めたのが88年だと書いた。それから今年でちょうど30年になるわけだ。自慢できるものは何もないけれど、日本に居なかった95,6以外は休まずに続けたということかな。自分一人だけでは続けられなかったわけで、協力してくれた家内がいたからだとは思います。面と向かってお礼を言ったことはありませんが、不平も言わずに良く付き合ってくれたと思います。

 今だからこそ言えますが、当時は本当に皿をなめるような貧乏でした。今では少しはましになりましたが、一家の大黒柱が定職を持たない生活というのは今から考えても戻りたくはないですな。しかし、そうやって生き残ってゆけば必ず助けてくれる人があらわれるのです。捨てる神あれば拾う神ありで、なんとかなってゆくものだなぁというのが、実感です。

 援助者の一番最初は身内です。親や兄弟です。そのうちに近しい友達や関係のある人たち、そしてやがては見も知らないお客さんという事になって行く。身の回りの人たちが援助してくれている間に新しい本当のファンを獲得して行くことです。

 それから絵を売ることが芸術家のなれの果て、というイメージでいる人が多い。高尚な芸術は大衆には理解できなくて死後にようやっと認められれば御の字だ。ゴッホの例にあるようにそれが伝説化しているのだけれどね。私は自分の絵を芸術作品だとはおもっていないな。今ここで同時代を生きている人々に何かを感じて、共感してもらえれば充分だ。それが何年か後にはゴミ同然となって瓦礫に捨てられたとしても、それを買ってくれた人がその時に慰められ、心の糧になったなら充分その存在価値はあったのではにだろうか。私にはそれ以上の事はいえない。絵などそれ以上でも以下でもない。真にその人の心の持ちようだ。

 

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泣くことはない・部分 - 2018.07.03(作品)

はる 6271
 昨日無事帰って来ました。地震が有ったりして少し危ぶんではいましたが、天候もそう崩れることなく無事終了することが出来てほっとしています。さすがに地震直後だったのでお客さんの数は少ないように感じました。夕方は音もなくスーといなくなるようです。やっぱり帰宅できなくなるのは避けたいですものね。しかたないでしょう。

 大阪の雑踏はいつものようで、東京と似ているけれどやっぱり関西独特の雰囲気は健在です。いい意味でバイタリティがあるようにおもいますね。東京はオシャレですけど、スマしている感じがしますね。私が関西人だからでしょうかね。

 デパートで個展を開催するということは明らかに「売る」という意識がないとできないし、そこそこ売れるという算段ができないと企画してもらえない。町場で場所を借りてやる場合責任は自分だけ持てばいい、しかしデパートという事になれば多くのスタッフが動いているわけで、DMだけでも2000枚近く配られる。個人でこれをやればたぶん元が取れないだろうな。ノルマなどないけれど、売れないとなるとその場にいたたまれなくなる。今までそんなことはよくあった。

 売るとか売れるというのは微妙な問題だな。私は絵を描いて生きて行こうと考えていたけれど、絵を売って生きて行こうとは考えていなかった。凄く矛盾するけれどね。それならアマチュアではないか?そうなんだけれどね。絵など売れるものだとは考えていなかったと言った方がいいかな。だから最初の頃お金を払って買ってくれる人がいるんだと本当に驚いた。それってなんだろう。普通の労働の対価にしては高額になるわけで、心苦しいわけだ。例えば器があってそれで用途として使えるわけだ、けれど絵画などは用途が殆どない。純粋にその人にしか価値のないものだ。その人が10万なら10万の価値をそれに見出したということだな。

 ここらあたりもう少し考えてみたい。今日はねる。


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2018「バラーダ」F3部分 No2089 混成技法 - 2018.06.15(作品)

2018「バラーダ」F3部分 No2089 混成技法
はる 6253
 「あるモノで何とかする」というのは日本語の表現として的確ではあるけれど、カッコウはよくないよな。プリコラージュというそうだ。

 絵画表現の中でそれが出てきたのはそんなに古い事ではない。例えばピカソなどが新聞紙をコラージュしてそれにグラスの形を描きこんだり、トロンプルイユといってだまし絵的に大理石模様のプリントをそのまま代用したり、自転車のサドルを何か動物の顔に見立てるとか。初めは単に効果的に面白かったりしたからそのまま使ったりしたんだろうな。

 身近にあるモノをそのまま他の意味に転用することの面白さ、新しく意味を発見する、見立てるということに大きな価値を見出したという事かな。

 考えてみるとこの「見立てる」という価値の変換に意味を見出したのはたぶん千利休の頃の茶道からではないだろうか。このあたりのことはそんなに詳しくはないのだけれど、何でもない日常雑器であった朝鮮の井戸茶碗に「無作為」の価値を見出した。「見立てる」という価値を作り上げたわけだから。

 現代アートのコンセプトというのはこの「見立て」という事じゃないかと思っている。


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2018「しまかげ」SM部分 No2080 混成技法 - 2018.06.12(作品)

はる 6250
 2018「しまかげ」SM部分 No2080 混成技法
 今日は学校だった。風景スケッチに出した。しかし、最近は風景スケッチなど面倒な事はやらないみたいだな。それとも二時間続きの授業が取れないのだろうか。まぁ一番簡単な授業だと思うのだけどな。ただ指導するのは結構大変かもしれんな。興味のある生徒ならいいけどな。興味のない生徒を如何にして一生懸命に取り組ませるか、こいつがなかなか難しい。美術などみんなが興味がなくてもいいのだけどね。ほんの少しでも面白いと思ってくれれば、やった甲斐があるというものだ。

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2018「子守歌」F6部分 No2086 混成技法 - 2018.06.08(作品)

はる 6246
 2018「子守歌」F6部分 No2086 混成技法


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2018「古い手紙」F0部分  - 2018.06.05(作品)

はる 6243
 2018「古い手紙」F0部分 No未定 混成画法
阪急で展示予定


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2018「うたたね」F0部分 No未定 混成技法 - 2018.06.02(作品)

2018「うたたね」F0部分 No未定 混成技法
阪急で展示予定
はる 6240
・・・・・・・・・・・
技術について転載
はる 6151
 技術について書かれていた。面白いなと思った。技術は見えてはいけないと。確かにな。技術が見えないようにまで技術を磨かなくてはならないと。下手くそであれ上手であれ技術が見えるとそればかりが気になるんだな。で、本当に見せなくてはならないこと、ものが見えなくなってしまう。

 絵でも同じだな。デッサンがくるっていても全く気にならない場合とデッサンがくるっていると全く話にならない場合がある。わざと下手くそに描いてもわざとらしさがあると嫌らしく見える。技術がたって見えるようじゃまだまだだ。苦なく観ることができるまで、技術を磨くということだ。

 それからもう一つ。気になった言葉。言葉で説明できるなら言葉で表せばいい。絵を言葉だけで説明すればイメージがどんどん痩せてくる。そうなんだな。言葉は凄く大事。自分で意識を確認するためにも言葉にする必要がある。確認することでメッセージとして発した時により強いものになる。しかし、言葉だけで説明すれば事足りるかといえばそうじゃない気がする。

 例えば絵をみてタイトルを考える。描いた時には何のイメージもない。こういう感じを表現したいということもない。ただ漠然と人だったり物だったりする。で、何となく仕上がってくる途中で気がつくんだな。あぁこんな感じに仕上げたいな。憂いを含んだおばあさんシスターが上向いて涙こらえている。これってなんだ。この婆さんなんで泣いてるだ。自分の親の事をちらっと考えたりする。誰でも年取って行くわけだ。まぁそれが悲しい訳じゃないけれど、色んなことがあったなぁ。。大きな病気もしたし。大好きな人との別れもあったなとか。そんなことを漠然と表現したい。いいタイトルないかなぁ。「悲しい人にしか見えない」というタイトルが浮かぶ。そうするともうそれ以外にはありえないように思えてくる。

 絵によってイメージが喚起され、言葉によってさらに深めることが出来る。絵は言葉の説明じゃないからな。相互にからみあって探って行くものじゃないだろうか。



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かぶきものF0 - 2018.05.31(作品)

はる 6238
 タイトルをずっと考えていて、最初はただのピエロだった。それでもよかったのだけど、なにかもっとぴったりするタイトルがないか、考えていた。この顔の縞々は元々の布の模様で私が描いた訳じゃない。たまたまここに顔が出現した訳で、最初から顔を描きたかった訳じゃない。

 けれど、このしましまがこの人の顔にぴったりと合うから不思議だな。囚人みたい。アイヌのひとの入れ墨のようにも見えるな。。などと考えていた。もともと私たちは体に模様を描いたりすることに抵抗などなかったのじゃないかな。化粧などみるとそんな気がする。アフリカの人たちを見ると、ごく自然に体に模様を描きこんでいる。あれは自分を目立たせるためというより自然と一体になる、自分を隠すというような意味がある気がするな。

 サーカスのピエロ。歌舞伎のくまどりなどはどういった意味があるのだろうか。かぶくというのは傾くとかふざけるといった意味があると聞いた。そんなところから「かぶきもの」というタイトルが浮かんだ。



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2018「思いがけぬ邂逅」F10部分未完  - 2018.05.29(作品)

2018「思いがけぬ邂逅」F10部分未完 

・・・・・・・・・・・
一行の詩のためには、
 あまたの都市、
 あまたの人々、
 あまたの書物を見なければならぬ。
 あまたの禽獣を知らねばならぬ。
 空飛ぶ鳥の翼を感じなければならぬし、
 朝開く小さな草花のうなだれた羞らい(はじらい)を究めね ばな らぬ。
 まだ知らぬ国々の道、

 思いがけぬ邂逅。

 遠くから近づいて来るのが見える別離。――
 まだその意味がつかねずに残されている少年の日の思い出。
 喜びをわざわざもたらしてくれたのに、
 それがよくわからぬため、
 むごく心を悲しませてしまった両親のこと……。
 さまざまの深い重大な変化をもって不思議な発作を見せる
 少年時代の病気。
 静かなしんしんとした部屋で過ごした一日。
 海べりの朝。
 海そのものの姿
 あすこの海、
 ここの海。
 空にきらめく星くずとともにはかなく消え去った旅寝の   夜々。
 それらに詩人は思いめぐらすことができなければならぬ。
 いや、ただすべてを思い出すだけなら、
 実はまだなんでもないのだ。
 一夜一夜が、
 少しも前の夜に似ぬ夜毎のねやの営み。
 産婦のさけぶ叫び。
 白衣の中にぐったりと眠りに落ちて、
 ひたすら肉体の回復を待つ産後の女。
 詩人はそれを思い出にもたねばならぬ。
 死んでいく人々の枕もとに付いていなければならぬし、
 開け放した窓が風にかたことと鳴る部屋で
 死人のお通夜もしなければならぬ。
 しかも、こうした追憶を持つだけなら。
 一向なんの足しにもならぬのだ。
 追憶が多くなれば、
 次にはそれを忘却することができねばならぬだろう。
 そして、
 再び思い出が帰るのを待つ大きな忍耐がいるのだ。
 思い出だけならなんの足しにもなりはせぬ。
 追憶が僕らの血となり、目となり、表情となり、
 名まえのわからぬものとなり、
 もはや僕ら自身と区別することができなくなって、
 初めてふとした偶然に、
 一編の詩の最初の言葉は、
 それら思い出の真ん中に思い出の陰からぽっかり生れてくる だ。
 
            リルケ「マルテの手記」より
 


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五月の庭 F4部分 - 2018.05.12(作品)

はる 6128
 今日はパスします。


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