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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

無伴奏 - 2019.11.17(作品)

はる 6772
 展示中

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ヒグラシのなく頃 - 2019.11.14(作品)

はる 6769
 香港の悲惨な動画がツイッターで上がってくる。もう白昼堂々とショッピングモールなどに武装した警察官がライフルのような物をもって反対を唱える市民を捉えている。デモ隊など捉えてはこん棒のようなもので滅多打ちだ。圧倒的な勢力でもうどんな暴力でも罪に問われないことが分かっているようだ。まるで映画を見ているようだ。これが日本で報道されているのだろうか。

 いったんタガが外れるともうだれも止めることができない。これはもう戦争状態と言って過言では荷だろう。市民は何の武器を持たないのに、警察隊は完全武装だ。それにそれなりに武闘訓練を受けている。こういうの目の当たりに見ると、自由というのは本当に奇跡的なものなんだとおもえるな。どんな理想も夢も哲学も圧倒的な暴力には無力だ。

 香港の状態は他国のできごとではない。我々も放っておけば簡単に自由をおかされてしまうだろう。50年後100年後の日本の姿だ。

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今日のアトリエ - 2019.10.28(作品)

はる 6752
 何でもない段差につまずくことが多くなった。たぶんこれが年取ったということなんだろうな。普段暮らしている分にはほとんど
意識することはない老化なんだけれど、ちょっとした動きに対応できなかったりするとやっぱりなと思う。例えば大きな絵を描いていて昔は少々の大きさでも重さでも平気だったのが、とてもじゃないが一人で車に乗せられなかったりすると、やっぱり少し悲しいな。

 だんだんにゆっくりと確実に老化してゆく。体が言うことを聞かなくなる。まぁ絵はどういう状態になった絵も描いてゆけるので、それはそれで幸せなのかもしれないけれどね。今が一番いいのかもな。二十年やりたい。何とか持ってほしいと願う。

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今日のアトリエ - 2019.10.16(作品)

はる 6740
「はるか」SM部分
 かなり寒くなってきた。

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はる 6709 - 2019.09.15(作品)

はる 6709
 
20192「鳥の歌」F20部分 No2245 混成技法
ギャラリーSHIMAの個展に出品予定
■2019年 10/1(火)~10/6(日)
  期間中作家在廊予定
第96回・榎並和春個展
個展タイトル「永遠のゆくえ5」
ギャラリーSHIMA
662-0036
西宮市大井手町7-15
0798-70-7000

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はる  6707 「ラッパ吹きの休日」 - 2019.09.13(作品)

はる 6707
 ちょっと休憩。
 中学はブラスバンドでチューバを吹いていた。本当はトランペットをやりたかったのだけれど、多くの生徒がやりたがったので抽選になったが、何故か私は外れてしまった。メロディー楽器は一人でも楽しむことができるから羨ましかったな。チューバはリズム楽器に近いので、週一回のみんなでやる合奏が楽しみだった。もう50年も前の話になるか。それでも今でも指使いは覚えているから大したものだ。

 モチーフとして色んなものが出てくる。個展で展示した時に出来るだけ変化が有った方が楽しいかなと思うので、無い知恵をしぼる。ピエロとか楽士やサーカスや旅芸人が私のモチーフとしてよく出てくる。自分の生き方も旅芸人のように作品を持って地方をドサマワリするので同じようなものと思えるからだ。

 30になった時に就職はしないと決めた。山あり谷ありでやってこれたのは人に恵まれたからかなぁ。。有難いと思っています。ついでに最後まで観てくださいね。ははは。


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はる 6705 - 2019.09.11(作品)


2019「最良の日」F0部分 No2193 
混成技法 
ギャラリーSHIMAの個展に出品予定
■2019年 10/1(火)~10/6(日)
  期間中作家在廊予定
第96回・榎並和春個展
個展タイトル「永遠のゆくえ5」
ギャラリーSHIMA
662-0036
西宮市大井手町7-15
0798-70-7000
・・・・・・・・・・・
『It's a wonderful world 』というサッチモの歌が浮かんだ。「素晴らしかなこの人生」とでもいうのだろうか。なかなかそうは問屋がおろさないのが悲しいけれどね。でもまぁはったりでもそうやって生きて行けば幸せは向こうからやってくると信じましょう。


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護符 - 2019.08.29(作品)

はる 6692
2019「護符またはお守り」SM部分 混成技法
未発表
・・・・・・・
 個展の絵は小品がほとんどだ。観た人が飽きないようにできるだけ色んなバリエーションを出せるように無い知恵を絞るのだけれど、それはそれ私という人間は極普通の人間で、一年やそこらでそれほど大きく変わることはない。それでもよく見ると少しずつ変化しているのが分かる。

 私の中でお守りとか、護符のようなものは幾度となく出てくる。特に意識して描いている訳ではないのだが、いたずら書きしている間に何気なくそんなものになる。私の中ではたぶんそういったモノへの憧れのようなものがあるのだと思うな。

小学校に上がる前の頃だったな。いつも行く駄菓子屋でチューインガムを買った。それは当たり券付きで、当たるともう一つもらえるおまけがついていた。その時は外れ券でとても悔しい想いをしたんだな。何気にお店の中を観ると誰もいなかったので、思わず手が伸びてホケットの中に入れて、急いでお店をでた。

 まぁ後悔したこと。人様のものを盗んでしまった。たぶんこのままでは私はとんでもない悪人になるのではないか、と子供心に思ったんだな。どうすればいいのか。

 私は小さなお守りに願をかけていつも持ち歩くことにした。その後そんなことは忘れてしまったから、悪人にはなったが、盗人にならずに済んだ。



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ひぐらしのなく頃 F8 部分 - 2019.08.24(作品)

はる 6687
 2019「ひぐらしのなく頃」F6部分 No未定 混成技法
未完
・・・・・
 未だ絵描きというのが良くわからないのだけれど、女性作家であろうと男性であろうと作家を続けるのはけっこう難しいね。

 どういう作家になりたいのかというのが大事だな。社会的に問題作をいつも発表して美術館とかに企画として参加したり呼ばれたりする、そういったまぁメジャーなアーティストになりたいのか、もっとこう個人的な関わりのなかで有名ではないけれど必要とされる作家になりたいのか。まぁ、必要であれば世界が放って置かないだろうけれどね。

 この間ボルタンスキーのカタログを読んでいたらこんなことが書かれていた。引用するのもおこがましいけれど(ボルタンスキー・カタログ P96~)

 「アートはこれぞ大作といったモノを創造するのではなく、・・・不滅の芸術作品といった考え方はいらない」・・・アーティストは、街から街へと巡回して「小さな共同体に働きかける説教師のようなもので、人々と交流し、その心に触れ、そしていくつかを問いかける」のが役目だ・・・問いかけるといっても、作家本人が「説教師」として正しい答えを持っている訳ではもちろんない。彼が狙っているのは、新たな理想や表現の独創性を観客の前に誇示するのではなく、観客自身に揺さぶりをかけて、たとえばその生と死をめぐる潜在的な想いや感情を、知らないうちに封印していた痛みや悲しみを、明るみに引き出すことにある。
 
 私はこの彼の考え方に深く共感する。私は極マイナーな一地方の作家だけれど、どさまわりの演歌歌手のように地方を順繰りにまわって、観た人が自分の心の中を旅するきっかけとなればそれで本望だ。そうやって一生を過ごせればいいなと思う。



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スケッチ - 2019.07.08(作品)

はる 6641
 新聞の原稿
 1995年から一年間イタリアで暮しました。今回は少し趣向を変えて一度Webで発表した文章に、少し手を加えて載せて行こうと思います。
イタリア滞在記1
 アムステルグムダ経由でローマ・ダビンチ空港に着いたのは1995年4月18日の深夜だった。 これから一年間お世話になる利夫さんとは、一面識もなく、電話で到着の時刻を告げただけだった。不安な面持ちで空港のロービーで待っていると、「ヨッ」と言う陽気な言葉と共に 利夫さんが現れた。それまでの不安と疲れが一度に吹き飛んでしまった。

 ローマから車で一時間半ほど北に走った所にカピトーネ村がある.。地理的に言えばローマとアッシジの中間点になる。利夫さんは在イタリア20年のベテランツアーコンダクターで、イタリア人のマリアと息子のタロー君の三人でここで暮らしをしている。

 カピトーネ村は高原の村だ、見渡す限りになだらかな丘が続き、薄黄緑色の牧草とオリ ーブの苔むした緑と葡萄畑の濃い緑が美しい階調をつくっている。煉瓦色の屋根と乾いた 薄い薄土色の壁、黒い糸杉ときらきらと光るポプラ、始めて見るイタリアの田舎の美しい風景 に言葉を失うほど感動した。

 初めの一ヵ月ほどは車がなかったので、家の周りを歩くしかなかった。天気が良ければ いつも午前中はスケッチに出かけた。

 五月といっても朝夕はかなり肌寒くリビングの暖炉 には火が入っていた。それでも陽が登れば、イタリアの輝くような太陽が照りつけ汗ばむ こともあった。

 いつものようにスケッチの道具を持って家を出た。愛犬ロビンが後を追って来るが、無視すると隣の家の近くで諦めて帰る。ここからは一人だ。何処でもすべて絵になるのだが、それなりに構図を考えなくてはならない。うろうろして時間を取られる、いつもそんなことで焦ってしまう。午後になると光の様子が変わるからだ。

 隣の家の畑から の場所に決める。遠くに農家と家畜小屋が見えるこの場所は、いつも下町へ行く時に通 る 道で、丁度午前の最後の光が大きな樹に濃い影を作らせていて、それとまだ充分新芽の出 ていないオリーブの樹の薄く霞のかかったような枝とのコントラストが面 白く、いつか絵 にしてやろうと思っていた。

 良く見ると薄黄緑色の牧草の中に点々と羊が草を食んでいる のが分かる。ゆっくりと実にゆっくりと彼らは移動していて、気がつくと視界から消えて いた。


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