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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

今日のアトリエ - 2020.01.08(作品)

はる 6824
 これがいいのかどうか、それはよくわかりません。それでも随分と楽に描けました。特に背伸びもしないし、卑下もしない今の私の等身大の絵だといえるでしょう。

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窓辺 - 2019.12.17(作品)

はる 6802
 昔々、今から40年も前になります。六畳一間のアパートに住んでいました。ベットは半分押し入れの中に突っ込んで、そこで無理やり絵を描いていました。古いアパートでしたが、洒落た出窓になっていて、拾ってきた瓶や貰った花がいつの間にか枯れてドライフラワーになったものや、何かしら面白そうなオブジェを飾っているという意識もなく置いてありました。

 午後からの光が逆行になって緩やかな諧調をつけている。いつかここを絵にしてやろうと思っていた。その頃はまだ写生に少し自分のイメージを乗せて描くぐらいしかできなかったので、なんとか見たままではない絵を描けないものかと四苦八苦していたころです。

 見たままを描く写生から、自分なりの絵を描くにはかなりの意識の転換が必要です。写生を続けていれば、やがて自分なりの表現ができるようになるか?といえばなりません。見えたままいくら描いても写生が上手くなるだけで、自分なりの表現にはならないのです。写生と自分なりの表現の間にはかなりのギャップがあると思います。

 自分の表現というのは人に教わるものではありません。ほんの少しアドバイスが参考になるかもしれませんが、基本的に自分んで見つけなければ自分の表現にはならないのです。自分で見つけない事には、何かそれ風に描いたとしてもやがてはメッキが剥げて自分の言葉になってこないのです。たとえ稚拙でも下手くそでも自分で探し出したものには人を納得させるものがあるのですね。

 例えば人にものを教える場合もそうです。どこかで聞きかじったような正論を語ってもなかなか人には伝わりません。自分で見つけ出した言葉には真実があるんですね。言葉を探すのもよく似ています。

 この絵にはそんな想い出がたくさん詰まっています。

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まれびと - 2019.12.09(作品)

はる 6794
   95年に一年かけて夫婦でイタリアを中心に西欧を見て回った。優雅な奨学金のひも付きの旅ではなくまったくの自前の旅で、仕事も何もすべて放り投げて帰宅後のことは全く考えない貧乏旅行だった。結果、油彩画はやめてしまった。もっと土俗的なアジアの風土を意識した絵作りをしなければということに気づかされた。そういったことで出てきたのがこの「まれびと」など風土神です。


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聖なる丘・アッシジ - 2019.12.06(作品)

はる 6791
 この作品は1996年度のものでイタリアから帰ってきて最後に描いた油彩画の一つです。具象絵画です抽象的な絵作りも兼ねた自分の中ではいい感じの作品に仕上がっているように思います。こういった女性をモデルにした作品もいくつか描いていますが、うまくいった作品は少ないな。作品の出来としては代表的な平均律よりこちらのほうが、私なりの想い入れも含めていいように思います。メインテーマである「いのりのかたち」というのが画面の中からしみじみとにじみ出ている。

 その後作画のスタイルがミクストメディアになって油彩画を描かなくなってしまったから、ここら辺の作品は私の中でも貴重な作品だ。何も新しくないごく普通に絵画だけれど、それはそれでいいのじゃないかな。

 今回寄贈する作品の中の一点です。


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庭掃除SM - 2019.12.04(作品)

はる 6789
 画像が飛んだり飛ばなかったり。非常に不安定になってきた。いいのかのブログは。

 毎日が飛ぶように過ぎて行く。年取るわけだ。何気にすごしている日常の中でも時々不思議な感覚に陥ることがある。あぁこの風景はどこかで見たなとか、こんな時間を前にも体験したなとか。そんな時すごく幸せな気分になる。私だけではないとは思うのだが。

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帰去来F4部分 - 2019.11.29(作品)

はる 6784
 写メが飛ばないので作品を添付した。

 急に寒くなって冬らしくなった。つい一週間前は暖かだったのになぁ、秋がほとんどなくなったかんじ。

 それにしても安倍一族はめちゃくちゃだな。やりたい放題。これでもかというほど好き勝手にやっている。香港の市民を見てほしいな。

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ラッパ吹きの休日 - 2019.11.22(作品)

はる 6777
 大きな絵を最終的にどうするか?というのが我々年取った絵描きの考えることだ。資産家で後継者があれば何も心配することはない。誰かが私設美術館でもつくって維持管理してしてくれればいちばんいのかもしれないが、私は資産家でもないし、後継者もいない。残されてもカミさんは困るだろう。あと10年だな、体の動くうちに後始末を考えなければならない。

 今は大きな倉庫を人様の好意で貸してもらっている。もう30年にもなる。これだけでもありがたいことかもしれんがね。これもいつまでもというわけにはいかない。いずれはどうにかしなければならない。

 美術館で引き取るなどという夢をみていても実現しそうにないし、多くの人がそれを望んでいるわけだからね。順番待ちでもないだろう。できるだけパブリックな場所で、スペースがあって、まとまって置いてもらえる場所として、今考えていることは学校だな。学校に寄贈するかたちが一番いいかな。ということですこし話を進めている。具体的に決まったらここに書きましょう。ポシャルかもしれんしな。
 


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無伴奏 - 2019.11.17(作品)

はる 6772
 展示中

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ヒグラシのなく頃 - 2019.11.14(作品)

はる 6769
 香港の悲惨な動画がツイッターで上がってくる。もう白昼堂々とショッピングモールなどに武装した警察官がライフルのような物をもって反対を唱える市民を捉えている。デモ隊など捉えてはこん棒のようなもので滅多打ちだ。圧倒的な勢力でもうどんな暴力でも罪に問われないことが分かっているようだ。まるで映画を見ているようだ。これが日本で報道されているのだろうか。

 いったんタガが外れるともうだれも止めることができない。これはもう戦争状態と言って過言では荷だろう。市民は何の武器を持たないのに、警察隊は完全武装だ。それにそれなりに武闘訓練を受けている。こういうの目の当たりに見ると、自由というのは本当に奇跡的なものなんだとおもえるな。どんな理想も夢も哲学も圧倒的な暴力には無力だ。

 香港の状態は他国のできごとではない。我々も放っておけば簡単に自由をおかされてしまうだろう。50年後100年後の日本の姿だ。

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今日のアトリエ - 2019.10.28(作品)

はる 6752
 何でもない段差につまずくことが多くなった。たぶんこれが年取ったということなんだろうな。普段暮らしている分にはほとんど
意識することはない老化なんだけれど、ちょっとした動きに対応できなかったりするとやっぱりなと思う。例えば大きな絵を描いていて昔は少々の大きさでも重さでも平気だったのが、とてもじゃないが一人で車に乗せられなかったりすると、やっぱり少し悲しいな。

 だんだんにゆっくりと確実に老化してゆく。体が言うことを聞かなくなる。まぁ絵はどういう状態になった絵も描いてゆけるので、それはそれで幸せなのかもしれないけれどね。今が一番いいのかもな。二十年やりたい。何とか持ってほしいと願う。

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