FC2ブログ

あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

裸婦クロッキー2018/9/23 - 2018.09.23(裸婦クロッキー)


DSC03400.jpg

DSC03401.jpg

DSC03403.jpg

DSC03404.jpg

DSC03406.jpg

DSC03408.jpg


DSC03409.jpg

DSC03410.jpg
はる 6353
 今日も裸婦クロッキーだった。
 不思議なもので、自分で言うのもオカシイのだが今日はほとんど失敗がなかった。こういう時は最後まで上手くいく。たぶん人が観ても分からないと思うのだ。何だろう、乗って描けるときと全然ダメな時がある。不思議だな。

 上手く言葉で説明できないかもしれないが、やってみる。
 まず上手くいかない場合、腕が縮んで部分ばかりにこだわってしまう。全体が見えていない。人の目が気になる。どんどんだめになる悪循環。上手くいく場合、今描いている場所と全体のバランスが程よく見えている。細部にこだわらない。

 まず全体を大きな透明な風呂敷で包んだように捉える。この時大体頭の先から、足まで上手く入るようにモデルをトリミングする。委細構わずこうだろうと思う線を動きムーブマンに合わせてどんどん引いてゆく。この時に決めなければならない要所を決めておく。例えば肩の位置、乳首の位置、おへその位置、骨盤の位置、これで大体の輪郭が取れる。鉛筆は画面から離さないで描く方がいいだろう。刻み込むように描いてゆく。線は残しておく。

 全体に線がひかれたら、また頭から段々正確な形を、線を見つけて行く。何時も全体をみながら、そうやって明るいところと暗いところ二分割くらいの明暗を薄くつけておくと塊が意識しやすい。そうやって何回か往復して段々に形と明暗を取って行く。




comment(0)

裸婦クロッキー18/09/20 - 2018.09.20(裸婦クロッキー)


DSC03396.jpg

DSC03395.jpg

DSC03393.jpg

はる 6350

DSC03394.jpg

DSC03391.jpg

DSC03390.jpg

DSC03389.jpg

DSC03387.jpg

DSC03385.jpg

DSC03384.jpg 

はる 6350
下書き②
 少し書き換えしました。

「永遠のゆくえ」

 耳が遠くなれば小さな音を、目がかすんで来れば見えたように、飾ることなく淡々と表現してゆければそれでいいなんて思う。

 よく考える事がある。生きる事にたいした目的も無いのなら、神は何故人間なんて、いやこの私をこの世に送り出したのだろうか?たかだか百年生きるだけだ。それほど遠い所へ行ける訳も無い。

 まだまだ分からないことだらけだけれど、一つの解答が芸術というのか、音楽とか美術でもいいのだけれど、究極の形というのがそこにあるのではないかなと思ったりする。なぜならこれだと思うものがすべてそちらの方向を向いているからだ。言いたい事が上手くいえないなぁ。

 「美は発見である」

 で、ここでいう「美」というのは「うつくしい」ということではなくて、「真理」とか「ことわり」といった類のもののようなきがするのだな。そんな雰囲気が少しでも表現できないだろうか。

 さて、今年も新しい作品をそろえました。楽しみにお出かけください。こころよりお待ちしております。
・・・・・・・・・・・


comment(0)

2018/7/15裸婦クロッキー - 2018.07.15(裸婦クロッキー)


37167478_973106172867691_7815534404935090176_n.jpg

37113073_973105026201139_6497371631411789824_n.jpg
はる 6283
 フェイスブックフレンドでがん患者であった知り合いが亡くなった。私とは一度個展会場であったきりだったが、つい最近までFB上ではやり取りしていた。私の大阪の個展が震災で影響を受けるのではないかなど配慮したコメントをいただいたりした。もっとも凄いなと思ったのは一週間前に痛み止めを打ちながらも友達を招待してコンサートをやったことだ。そのライブの様子も配信されている。

 積極的な治療はもうすでに止めていて、後はゆっくりと最期を迎えたいとはっきり明言していた。その潔さはカッコいいなと思った。なかなか出来ないのではないかな。

 SNSの使い方もこれからは多少変わってくるかもしれんな。例えばこういうふうに自分の最後を友達限定で公にしてゆくことで、最後まで孤立することなくコミニケーションして行くことができる。スマホさえあればそれも可能なわけだ。老人ホームに入って気に入らない人たちと暮すよりその方が何倍も充実しているのではないかな。

comment(0)

裸婦クロッキー2018/5/13 - 2018.05.13(裸婦クロッキー)
32332599_924530334391942_4392785047317381120_n.jpg


32423071_924530401058602_1427381691621572608_n.jpg



32536970_924529744392001_8958729453588971520_n.jpg

はる 6129
 今日はクロッキー。いつも楽しみにしているのだけれど、今日は上手くいかなかった。最初の一発目はほとんどフリーな線で遊ぶことにしている。自由に出来るだけ筆をあそばせるくらいの方が後肩の力が抜けていいクロッキーが出来るのだが、ここまではよかったのだけれど、木炭に切り替えてから上手くいかなくなった。理由はよくわからない。モデルさんとの相性もあるかもな。

 明日は国展の最終日片づけのため午後から美術館に詰めています。よかったら声をかけて下さい。



comment(0)

クロッキー - 2018.04.08(裸婦クロッキー)


DSC03200.jpg

DSC03197.jpg

DSC03196.jpg
はる 6184
 裸婦クロッキーは面白いな。午前中から昼休みを挟んでほぼ一日中絵を描いている。それもかなりの集中度でつぎつぎと描いてゆく。やったことがある人なら分かると思うのだが、終わり近くなるとふらふらになるほど疲れる。不思議な事にふらふらになって集中度が切れる頃にいいクロッキーができる。特に最後の五分間ぐらいが一番いいものが出来る確率が高い。反対に一番最初のクロッキーはどんなに良くできたと思っても後から見ればよくないな。

 他人から見ればかわり映えしないクロッキーをよく飽きもせずやってるなと思うかもしれんな。本人にすれば毎回かなり違ったことをしているつもり。今回は何を試したかといえば、最初に線をひかないで全体に薄ぼんやりと明暗を付けた。炭だからできるんだな。鉛筆だとこんなに大まかな明暗は付けられない。そのあとに線描きしたものだ。大きく全体に色を付けることで塊として人体を捉えることができる。それから炭の色だな。さっと上からなぞった炭の色と少し指でこすった炭の色。全く違う表情をみせる。

 本画でも言えることなんだが、技というのか技術というのかそういった小技で見せたくないのだな。あくまでも愚直に正々堂々と正攻法で攻めたい。上手いと言われるのではなくいいと言わせたい。


comment(2)

はる 6166 - 2018.03.21(裸婦クロッキー)

はる 6166
 もう三月の半ばを過ぎたのに、今日は雪がちらついた。毎年この時期に湿った雪が降る。これを過ぎると一気に春になる。もう寒いのは飽きた。

 作家としてはほぼ小品作家だな。大作を描いてどこかの大きな展覧会の企画や美術館で招待を受けるということはまずないな。今は昔のように個人の個展を美術館で企画してくれるなどという幸運にあやかるのはほんの一部の物故作家ぐらいだろう。今盛んなのはどちらかと言えば外国人相手のアートフェア―かな。そこから海外に拠点を延ばして行く若い作家も多い。大作そのものの需要が殆ど国内にはないからなぁ。残念だけどね。

 まぁ唯一慰められるのは小さな作品ならまだ求めてくれる人たちがいるという事だ。有難い事だ。


comment(0)

デッサンについて - 2018.03.19(裸婦クロッキー)

はる 6164
 昨日のクロッキーの一つ。こういった角度から描くのは凄く難しい。人間の頭脳というのは普通に日常的にみている物はそのままの形で認識している。だから立ちポーズだとかすわりポーズみたいなものはいつも見慣れているので普通に描ける。ところがこういった寝ポーズ、それも普通見ることが少ない位置からのポーズというのは異常に難しい。

 特に顔など少し克明に描こうとすると見たこともないような形にひしゃげているわけで、鼻の穴を下からのぞきこむような形というのは難しい。だから面白いともいえる。その寸法のバランスが通常の配分ではないわけでそこのところを間違うと絵にならない。そんなところが気になって描きこんでいると明らかに時間が足らなくなってしまう。もっと要領よく描けるようになりたいと思う。もう何十年もやっていながらこんな基本的なことがクリアーできていないことに唖然とするな。

 よく見えたように描け。よく見ることだというけれど、ただ見てるだけじゃだめなんだな。普通に見ているのは何も見ていない、見えていない。見ているように思いこんでいるだけだ。目には映っているけれど、何も認識していない。観るというのは比べる、計る、発見すると言ってもいいかもしれん。デッサンとは私はこう見ました、という報告なんだな。だから見えないことには何も描けない。新しい発見が無くなった時点で終わりなんだ。それ以上は描けない。


comment(0)

2018/3/18裸婦クロッキー - 2018.03.18(裸婦クロッキー)
29314032_894280304083612_4562875322456041016_n.jpg

29366000_894280050750304_5779684724790417284_n.jpg

29386741_894281080750201_1908836911867026320_n.jpg




comment(0)

2018/2/25裸婦クロッキー - 2018.02.25(裸婦クロッキー)


28166798_882238295287813_2836721866279415784_n.jpg

28166700_882238515287791_6885387744715968270_n.jpg




comment(0)

2018/01/21裸婦クロッキー - 2018.01.21(裸婦クロッキー)


26904401_863456880499288_5838843043478385941_n.jpg

はる 6117
 今日はクロッキーだった。今回また木炭に戻ってやってみた。最初は墨でやるつもりで用意していたのだけれど、途中で方向転換した。筆によるにじみやぼかしが面白い効果を生むのだけれど、それに頼ってしまって形や陰影があいまいになる。作品として見た場合、偶然の効果が作為的な線や陰影よりはるかに面白いのだけれど、実際にモデルを見て描く場合何だかもったいないなぁと思ったんだ。何処が?モデルさんが一生懸命ポーズしているのにそれを差し置いて勝手にデフォルメしていることが。

 それと確かに筆の勢いみたいなものは面白いのだけど、もっとこうバリバリと描きたいという気になったんだな。間違えてもいいから委細構わず線を引く、今はまだそんなところじゃないかと思ったんだな。筆と墨というのは画材としてとても面白い材料だけれど、習作というのかデッサンには向かない。

 いつもスタンスは同じだと思う。上手さというのかテクニックで勝負したくない。手業はとても大事な売りなんだけれど、技みたいなものはいくらでも上があると思うんだな。それだけで勝負したらたぶん負けることの方が多いだろう。天才的に上手い人というのはいるからね。そんな人たちにはどうやっても勝てない。

 心がけるのは無作為な線や陰影だな。これは自分にしか分からないかもしれないが、こう没頭して夢中になって我を忘れて集中している時にポッとそんな時があるんだな。そんな時が一番気持ちいい線が引ける。やっていてよかった思う瞬間だ。実際はその時は気付いてはいないのだけれどね。


comment(0)


カテゴリ
アーカイブ
シンプルアーカイブ
月別アーカイブ
プロフィール

あそびべのはる

Author:あそびべのはる
画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

リンク
このブログをリンクに追加する
カテゴリ
ポケットの窓から (4075)
未分類 (209)
日記 (942)
ベッドの上の王国 (15)
裸婦クロッキー (166)
作品 (239)
写真 (73)
今日のアトリエ (84)
「家族ごっこ」挿絵 (10)
未選択 (45)
ブログ (58)
you tube (102)
原発 (75)
イタリアスケッチ (21)
画集「こたえてください」1 (24)
「こたえてください」2 (6)
「山峡」挿絵 (7)
動画 (7)
フリーエリア

designed by まて