あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

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うす曇りの日 - 2014.03.19(イタリアスケッチ)

イタリアスケッチNO124 うす曇りの日
はる 4639

 どうにも心配なのは原発のことだ。ひょっとして取り越し苦労なのかもしれない、そうあってほしいとはみんな考えていることだろう。しかし、本当のところはだれも誰もわからない。見ることはできないし、放射能の汚染は目には見えないし、だれが責任者なのか、だれを信じたらいいのかそれもわからない。政府の言っていることはまったく信じられないということだけは確かなことだけどね。

 あれだけ嘘をついて、絶対安全だといいながら、当然のことながら事故は起きてしまった。事故後のことだってできるなら過少に表現して何も心配することはないのだといいたげだけれど、本当はどうなんだ。目には見えない状態で事態はどんどん悪くなっているのではないか。

 汚染水なども当然、だれが考えてもそのうち一杯になるさ。どれだけ大きなプールがあったとしても無限大ということはない。どうにもならなくなって海に流すことになるだろう。何十年もどんどん世界の海を汚し続けて、それでも止めることができなくて、海の魚や貝やその他のものも食べることができなるのではないか。そんな大きな事故を起こしながら、まだ原発を推進してゆく理由はどこにあるのだろう。

 不思議な国だな。

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イタリアスケッチNO122 - 2014.03.18(イタリアスケッチ)


イタリアスケッチNO122
Caitone村ジュゼッペ爺さんの納屋
はる 4638


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イタリアスケッチNO71 - 2014.03.17(イタリアスケッチ)
71no.jpg
イタリアスケッチNO71 ローマ ポポロ広場
はる 4637
 今はどうなのかよく知らないが、小学校で図画の専門の先生がいるのは東京と神戸だけだという話をきいたことがある。嘘か本当か事実は知らないが、確かに小学校では図画や工作が盛んだった気がする。年一回全校写生大会なるものがあって、普通に遠足の支度をして絵を描きに行った。勉強しないで絵を描けばよかったのだから、私にとっては嬉しい行事だったのだけれど嫌いな生徒もいただろう。

 もともと絵を描くことは嫌いではなかったが、小学校の頃の専科の先生に褒められたというのはけっこう今になって考えると大事に事だったんだな。勉強は平均点ぐらいしか取れなかったけれど、音楽と図画の成績はよかった。あと家庭科とか理科の実験なんかも好きだったな。どうも頭を使うよりも手を使う作業が好きだったようだな。

 風景なんか特にそうだけれど、描く場所を探すところから絵を描く作業が始まっている。絵になる構図というのかモチーフ、心揺さぶられる絵柄が見つかれば絵は自然に出来てくる。その絵になるモチーフ探しに結構時間を食うことになる。半日も探して結局見つからなかったということが何度もある。適当なところで妥協して描きだすとどこかで適当になってしまっていい作品にはならない。

 描く気にさせる場というのは結構似たようなパターンがある。それが自分のたぶん原点なんだろうな。ヨーロッパの街並みはどこをとっても絵になるように作られている。それはやっぱり西欧の美意識の表れかもしれない。ある理想てきな美の基準みたいなものが、普通のそこら辺のおっさんやおばさんににもあって、それは百年たっても変わらないといった自信になっている。

 われわれ八百万の神を普通にいただいている民にとっては、不動のものなどない。どこにもかしこにも真実があって絶対これだというものがない。すべてが不確かでその場しのぎだな。

 眠くなった。また


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イタリアスケッチNO114 Capitone村 - 2014.03.16(イタリアスケッチ)
イタリアスケッチNO114 Capitone村
ブドウ畑からの眺め
はる 4636


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イタリアスケッチ番外21 - 2014.03.15(イタリアスケッチ)
番外21
1995 イタリアスケッチ番外21 ナルニの街角

はる 4635
 風景スケッチは場所を見つけるのに苦労する。描く気にさせる場所が見つかればあとは何とかなるように思う。ヨーロッパの石造りの建物はそれだけで絵になる。西欧にあこがれて油彩画を始めた当時に留学生なども、それを見てたぶん歓喜しただろうと想像する。佐伯祐三なども西欧の風景は絵になるけれど、日本の湿度の高い風景は絵にならないなどと嘆いていた。

 スケッチするといってもこれがなかなか難しい。一人で知らない街に入って堂々と画材を広げて絵をかくというのは結構勇気がいる。慣れてしまえば何でもないことだが、胡散臭い異国人がうろうろすると余計に不審に思われるのではないかと、小心者の私などは思った。

 このナルニという古い城下町はイタリアのどこにでもある城壁に囲まれた小さな中世の町で、私たちが住んでいた村から一番近い町ということになる。町と言っても今はお城があって市役所や教会や小さな劇場があったり広場があって人々が暮らしているというだけで、何らかの生産的な仕事場があるわけではない。日本の感覚で言うならばお城があってその周りの城下町を含めてお堀で囲ったような感じだろうか。ただその町全体が数百年経た骨董品のような街で、規制も多くたぶん住むのには色々不便だろうけれど、あえてそこに住むということに意気を感じている人も多い。

 イタリアの人々はみんなそんなところに住んでいるというイメージですが、普通の下町に今風の家に住んでいる人の方が当然多いわけで、こういった骨董品の町に住むには相当覚悟が必要だろうと思われる。日本でいえばなん百年ものの古民家に住んでいるようなもので、かなり手を入れないと普通には住めないと思う。

 絵の道具は普通の小さな携帯用のスケッチセットで、紙は現地調達でいいと思っていた。一年間という短い期間なのでそれで充分だと考えていた。 ローマやフレンツェなどの絵になる都会にいたわけではなく、ほとんど誰も知らない田舎町に住んでいたので、そこに住んでて食べて寝て遊んで、時々旅に出て時々スケッチする。それで充分楽しかった。


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イタリアスケッチNO74 - 2014.03.14(イタリアスケッチ)


イタリアスケッチ NO74 1995 ローマポポロ広場
はる 4634
 どう考えてもこれだけは言える。東電と政府と電力官僚は責任を取るべきだ。彼らは犯罪者だ。このままなし崩しになかったことにしてはいけない。そんなことを許してはいけない。そのためには何をすればいいのだろうかね。静かにデモをやっている程度じゃだめだな。


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イタリアのスケッチNO89 - 2014.03.13(イタリアスケッチ)

1995 イタリアスケッチNO89
はる 4633 
 こんなスケッチもたまに見入ると新鮮だな。今ではヌードクロッキーは別にしてほとんど観て描くことはしなくなった。イタリアに滞在するにあたって手間のかかる油彩など描く気は毛頭なかった。ただただ旅をしてできるだけスケッチをするということを自分に課した。せっかく異郷にいるのに閉じこもって絵をかいても仕方ない。この際徹底して旅に出ること、そしてその感動をスケッチなり文章なりにすることを心掛けた。今あらためてこの絵を見て当時のことを思い出す。いい旅をした。

 震災から三年たった。この国は深い傷を負った。実際の話震災だけなら時間とともに風化して行くことは悪いことばかりではない。忘れることで立ち直ってゆくということもあり得るわけだ。にもかかわらずいっこうに気持ちが晴れないのは原発のせいだ。原発のことは決して過去の出来事にはならないし、してはいけないのだ。覆い隠そうと、本当のことを知らせないようにしているのが、ずいぶん露骨に見え隠れする。

 震災直後、世界中から日本の治安の良さや行儀のよさを称賛する声が聞かれた。だれも我先にと人を押しのけて治安を乱す者がいなかったとか、行儀よく並んで待つ姿が震災のダメージが大きければ大きいほど冷静に普段通りに暮らす一般の人々の姿が称賛に値いする行為だと褒めたたえられた。

 しかし、今になって思うことは、だれも本気になって怒らないし、だれも責任を追及しようとしない、なってしまったものは仕方ないじゃないかというあきらめ、よく飼いならされた人々という風に考えられないか。いや、そうなんだ。いっそ暴動でも起きて政府が転覆でもするような大騒ぎになれば、上の方も真剣に考えるのじゃないか。これはまったくコインの裏表だな。

 反対にこれをいいことにどんどん悪い方に、一般の人が決して見えないように、分からないように、いいとこだけ見せて、人々が興奮して我を忘れるような楽しいことだけ見せて、その陰で着々と自分たちだけで通用する法律を成立させて、グローバリズムなどという片言をいかにもそれが当たり前のように適用して戦争に加担できるようにしている。おいおい本気でそんなこと考えているのかい。どこに持って行こうとしているのか。困ったものだ。

 もっと怒っていいんだよな。だれも責任取らないから、また同じようなことやるんだぞ。もう今更遅いのだけど、どう考えても原発は廃止だろう。このままゆけば日本は放射汚染の見本のような、実験室のようで、世界中に避難しなければならないようになるのではなかろうか。

 汚染されたものはすべて東電の敷地内に巨大な深いゴミ箱を作ってそこに持って行く。そこから一歩も外には出さない、それが責任取るってことじゃないか。なぜか今は反対に日本中にばらまいている。おかしなことをする国だ。だれのことを考えているのかわからない。東電を生かすことを第一に考えているとしか考えられない。のうのうと東電がいまだに存在して偉そうにしていることが信じられない。さっさと犯罪者として責任取れよ。いまでも多くの人が自分たちの人生おしゃかにされたんだから、その責任はどうするんだ。


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