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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

ブログ - 2020.01.29(ブログ)
はる 6845
 今日は画像がとばない。
 
 教えるものは圧倒的な力の差がなければ教えることはできない。しかし、その圧倒的な力を見せつけることが教わる方に有益か?といえば、反対であることの方が多い気がする。教わる方の性格にもよるのだろうが。よくない典型的な例が圧倒的な差を見せつけて教わる方を委縮させて、下手をすれば優越感に浸る馬鹿がいる。教える側が陥りやすい悪癖だ。教える側は黒子に徹するべきだ。前面に出てはいけない。あくまでも火付け役でしかない。相手のやる気のスイッチを入れる事、それが教える側の役目だと思う。

 圧倒的な能力の差というのは分かりやすい。凄腕の技術とか細かいとか綺麗だとか、そこのところが特徴なら売りやすい。

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ひな祭り - 2020.01.26(ブログ)

はる 6842
 人に言われて気が付いた。ひな祭りのようだな。

 2020「モボモガ」B5サイズ ドローイング 混成技法
紙 千代紙 ボールペン アクリル 墨 金泥 その他
・・・・・・・・・
 いたずら書きしていたら出てきたもので、なんの主義も主張もありません。きれいにきっちり仕上げる事のないようにしています。細かいところが描けないように、出来るだけ大きな筆を使います。無意識とか深層心理みたいなものが大事じゃないかと思っています。奇麗にきっちり描ける人は私でなくても一杯いるでしょう。大雑把、大体、適当というのが秘訣です。偶然を生かすも殺すもその人次第、それが醍醐味でしょうか。作品は自画像です。

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メールの返事 - 2020.01.21(ブログ)
はる 6837
 HPのメールホームにコメントくれたトーマさん。お返事したのですが、返ってきました。どうしてそうなるのかわかりません。もし可能なら、ヤフーメール以外で再度送ってみてください。
 最近絵を始めたようですね。どんどん楽しんでやってみてください。

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ブログ - 2020.01.19(ブログ)
はる 6835
 さて今日は日曜日ですね。曜日の感覚はかなり薄くなってきました。まだ火曜日と水曜日には学校に出かけるのでそこは間違うことはなにのだけれど、他の曜日はほとんど飛んでしまいます。完全にリタイヤした人は曜日はなくなってしまうのでしょうか?

 若いころからヤクザな道に入ったから、一生現役で働くつもりでいました。どのみち年金など当てにできないと思っていましたし、絵で食えなきゃ旗振りでもなんでもやるつもりでいました。働けなくなればさっさと終わりにします。そう思っていましたね。漂泊者というのかな、一切何も持たないで行倒れというのも有かな。粋がっている訳じゃなく、そのくらいの覚悟がなきゃ絵描きなどやれません。何をいまさらと思います。絵をやり始めたころ「絵などやってると一生棒にふるよ」と忠告する奴がいたけれど、そいつはさっさと死んでしまった。どのみち死ぬんじゃ棒に振ってもいいやと思ったな。あの頃絵に一生かけようと思ったやつはみんなそう思ってたよ。二十歳すぎのころの話だ。

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収穫祭 - 2020.01.13(ブログ)
無題1
はる 6829
 NHKのアレキサンドロスというロックグループの18フェスというのをカーラジオを聴いた。聞いたことある?私はこのグループそのものも初めて聞いたし、若者に人気のグループだという事も知らなかった。この18フェスというのも今年だけではなく、昨年もやっているらしい。

 知らない人はYouTubeで検索すればたくさん出てくる。内容は1000人で一緒にオリジナルを歌おうという企画。オーディションして自分が今一生懸命やっていることを動画にとって送ってそれを彼らが選ぶというわけ。

 私なんかも覚えがあるのだけれど、18歳というのは本当に微妙な歳なんだな。普通大学に行って学生やっていたとしても、四年後には進路を決めなきゃならない。今はそのためのモラトリアムだよなぁ。。みたいな。何か面白そうなこと見つけてもそれが将来仕事として結びつくか?今はそれなりに面白いけど、そんな奴はいっぱいいて、それで一流になって、いやその道で食ってゆけるのか?みたいな、不安や焦燥感、コンプレックスみたいなものにさいなまれている。何となく大人になって忘れてしまっているけど、そのことは宿題として持っていて解決していない。あの頃をリアルに思い出して、あの一生懸命さに泣けたな。単純だけど。

 二十歳頃に絵を描いてゆくと決めた。決めたけど絵で食ってゆけるか?などという事は誰も分からないわけで、親に相談することでもないし、相談したところで賛成してくれるはずもない。自分にそれだけの実力があるのかどうかも分からんわけだし、今は勢いでやれているけど、20年30年後に果たして絵を描いてやれてるかどうか、心もとないわけだ。もう50年近くやってきて、後戻りできなくなってあの時の選択は間違っていなかったとかいってるけど、そうじゃないな。

 もう居直りだな。将来を捨てるんだな。結果それで何ほどの人間になれなくても、生涯それをやり通したというだけでいいと覚悟した。この間の話とつながるけど、あれもこれもはできない。喜んで捨ててやっと一つだけ(生涯それをやり通してという)望みが叶う。そんなところだろうか。

アレキサンドロス「フィロソフィー」

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ブログ - 2020.01.11(ブログ)
はる 6827
 誰も私のように絵は描かない。それはそれで有難いことなんだけれどね。みんなうすうす感じてはいるのだろうけれど、気づいた人は言わないし、気づかないひとは分からない。みんな一生懸命的外れな努力をしているように感じる。絵描きでいたいから、このことは黙っていた方が私にとっては有利なんだけどね。

 美大やなどでは絶対に教えてくれない。いや教える方が気づいていないから教えようがない。本当はこれは教えごとではない。教えることもできない。気づかなければ一生分からずに、無駄な努力をするんだろうな。

 自分自身であること。言葉で言えばそういう事なんだけど。

 極意は「捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」、醍醐味は「喜捨」かな。

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ブログ - 2020.01.05(ブログ)
はる 6821
 とりあえず何か書いてみる。支離滅裂です。

 学生時代は主要五科目、国語、数学、理科、社会、英語の出来不出来がその後の人生を決定するのに大きくかかわってくると脅されて、何もわからないうちからせっせと勉強させられる。たまたまというのか、要領よく点を取る技術を身につけたものが人生の勝ち組みたいな気になって我が世の春を満喫する。まぁまったく無駄とは言わないけれど、学校の成績がいいというのは一元的な尺度であって、人間の価値そのものではないことは言うまでもない。まぁ他に誰が見ても有効な客観的な物差しがないものだから、一応それで測りましたというだけにすぎないね。

 何をやっていいのか?自分には何が向いているのか?可能性があるのか?そんなものはある意味自分とは何か?というような真に高度な哲学的な命題で、一朝一夕に答えの出るものでもない。掘っても掘ってもたどり着けない迷路のようなもので、学生時生代に早々に就活などといって進路を決めて一生安泰だなどと思うのは違うと思うな。食べること(生業・職業)と生き方は違うのかもしれないけれど、死ぬまで間違えたと思ったら躊躇せずに修正する度量がなければ何をやっても面白くないように思うな。

 人は自分の持っている度量でしか判断できない。どんなに素晴らしい高等数学でも小学生には理解できないのと同じだな。生涯現役でいる覚悟がなければ芸事は習い事に終わってしまうだろう。自戒を込めて。

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ブログ - 2020.01.04(ブログ)
はる 6820
 きょうは画像がとばない。
 徒然に「こたえてください」④
 油彩という画材では自分がやりたいことはできないのじゃないか?という疑問はイタリアに行く前から少しずつ大きくなっていた。私が学生だった頃70年代に大きなウエーブがあった。それは少し前に書いたような、日本人にとっての油彩画って画材はどうなの?という疑問から出てきたものだ。我々の頭の中にはどうにも舶来物に対するあこがれみたいなものがあって、海を渡ってきた文物は上等で手持ちの物は劣ってるといった偏見だな。まぁこれは今に始まったことではなく、弥生時代からこの国が始まってからずっとそうであったわけだ。我々のDNAにはたぶん優れたものは海を渡ってやってくるといった「まれびと」信仰のようなものがあるように思うな。

 話がとんでもない方に飛んでしまったので、戻します。
 私が絵を描いてゆこうと考えた時に、迷わずに油絵をやりたいと思ったのはひとえにこの西欧に対する憧れを否定することはできないな。水彩や水墨画をやろうとは思わなかった。選択肢には浮かんでこなかったのは、水彩画より油絵の方が高級であるという思い込みのせいだろう。

 で、学生時代の話に戻ると、ちょうど世の中全体が自分たちのアイデンティティを問い始めた時期と一致する。今までは何の疑問もなく、油彩画といえば画材店に飛んで行ってキャンバスとチューブに入った油彩の絵の具を買ってきて、イーゼルにキャンバスを立てて木炭で下描きして、オイルを使ってゴシゴシ描けばそれらしい油彩画が出来上がった。それはそれで価値はあったのだけれどね。

 さて油彩画ってなんだ?絵画ってなんだ?ということを疑問に感じ始めると、どうも尋常ではいられなくなる。日本の絵画を志す多くの人たちが一斉に気づいたんだな。これが不思議なんだけれど。70年代に色んな学校でも絵を描く材料という分野ができるんだな。

 絵を解体すると、描くものと描かれるもの(支持体)に大きく分けられる。描くものは油彩であったり、顔料であったり、岩絵の具であったりするが、もとをただせば色のついた粉なんだな。それを何で画面に定着するかで名前が変わる。植物の樹脂で定着すれば油彩画になり膠で定着すれば日本画とよばれる、水性のノリなら水彩画となる。しかし、元をただせば色の粉を何かで定着したものに過ぎない。支持体は紙であり布だったり木だったりなんでもいいわけだ。

 カレーを作るのにビーフカレーやキノコカレー、チキンカレーといろいろバリエーションが考えられる。けれどカレーのルーを買ってきて中に入れる具材を変えたところで本質的には何も変わらない。一種類のカレーであってそこに新しい発想は何も生まれない。ところがカレーのルーをその材料(ターメリックなど)から作るとなるとバリエーションは千変万化いくらでも新しい発想がうまれる。それと同じことだな。

 イタリアから帰ってきて油彩画をやめた。まずパネルに綿布を貼るところから始める。次に麻布をを張込む。色んな布をコラージュする。絵の具は基本的には水性で水になじむものなら何でもいい。土でも日本画の顔料でも水彩絵の具でも、それをアクリルのノリで画面に定着するミクストメディア(混成技法)という描法を考えた。

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あけおめ - 2020.01.01(ブログ)
無題1
はる 6817
 みなさん明けましておめでとうございます。

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ブログ - 2019.12.21(ブログ)
はる 6806
 年末に個展がないというのもあわただしくなくていいものだな。半面ややさみしいところもあるけれどね。

 どうも、画像が飛ばなくて間が持たないね。

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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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