FC2ブログ

あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

2019「お買い物」f10 - 2019.11.02(未分類)

はる 6757
 県民文化祭という昔の県展がこの秋にある。県展そのものは歴史が古く、たぶんどこの県でもこういった催しは毎年行われているのだろう。大がかりなものは神奈川県展という全国公募で有名だった。今はどうか知らない。私なども昔は年一回の県の公の公募に燃えて出品したものだ。その頃は同じくらいの年代の作家も多く出品していたように思う。

 今日はその県展の搬入日で私は朝からそのスタッフとして出かける。この展覧会を開催するにはその会議も含めて年間に何回か集まる。驚くべきことにこれらはすべてボランティアである。金銭的なことを言ってるのではない。こういった文化的な行事を運営するのはある意味趣味的なものだから、お好きな方がやってくださいというスタンスなんだな。

 この間のあいちトレンナーレの国の助成金の不交付などの話もあるけどね。公が金を出すなら口も出すというのじゃこれまた困るけど、何でもかんでもボランティアというのもおかしいな。我々は専門家であるし、それなりの知識も技術をもった仕事人でもあるわけだ。そこのところ少しは考慮してもらえないだろうか。と愚痴ってみる。

comment(0)

引用記事 - 2019.10.26(未分類)

はる 6750
 上田さんていう方の記事。引用します。

『上田 欽一

多くの人がこう言います。
「私には絵が描けないから」
絵が描けない人、というのはいなくて、誰でも絵は描けます。でもなぜ自分は絵が描けないと思うか、というと、絵には「正しい絵」と「間違った絵」があって、自分は「間違った絵」しか描けないから、自分には絵が描けない、と思うのです。
だから、絵が描けるようになりたい、と思う人は、「正しい絵」の描き方を教わりに行きます。
しかし、絵に「正しい絵」と「間違った絵」などありません。そこにあるのはただ「自分の絵」です。しかし私たちのたいていは、「自分の絵」の価値を信じられず、「正しい絵」と「間違った絵」という「社会の決めた評価」の方に従います。私たちは自分の価値を自分以外の他人の判断に委ねているのです。私たちはそうするよう、ずっと飼い慣らされてきたので、この事になんらの疑問も抱かない。
障がい者アートの魅力は、彼らが「正しい絵」と「間違った絵」という社会の決めた評価を気にせず、「自分の絵」を描いているところです。もちろん、彼らにも彼らなりの「正しい絵」と「間違った絵」があって、自分にとっての「正しい絵」目指して切磋琢磨しています。でも彼らの「正しい絵」と「間違った絵」は社会の、自分以外の他人が決めたものではなく、自分で決めた価値です。
実はこの、自分なりの「正しい絵」と「間違った絵」の基準を持つことは、単に障がい者だけでなく、絵を描く人すべてが持とうとして努力していることです。人の決めた価値から離れ、自分で自分の価値を決める。この自分なりの価値基準こそが個性であり、自分なりの価値基準を持っていない人の絵は、どんなに技術が高くても、全く退屈なものに過ぎません。
障がい者アートの魅力は、私たちが長い時間をかけて努力して獲得する、真の意味での個性を、直感的にダイレクトに彼らが獲得しているところと言えるでしょう。障がい者は障がい者であるがゆえに、自分なりの表現を形にするには長い時間がかかるとはいえ、彼らが他人の作った評価基準を経ないでそこに至る道筋は、私たちから見れば、ダイレクト、と言えるでしょう。
もちろん、直感的にダイレクトに獲得したものと、長い時間をかけて、意識的に努力して獲得したものでは、その質に違いがあり、どちらの方が素晴らしい、ということではありません。しかし、障がい者アートが発する伸び伸びとした自由な力の魅力は、個性をダイレクトに獲得出来る事から生まれるのではないか、と私は考えます』

comment(2)

はる 6722 - 2019.09.28(未分類)
はる 6722
 明日からしばらく私は出かけます。よって更新は写メだけになるかもしれません。悪しからず。

comment(0)

- 2019.04.11(未分類)

はる 6553
 今年で8年丸々過ぎた。これを忘れてはこれからは生きて行けんやろうと思う。避難指示が解除になってどんどん住人に帰宅を勧めてるらしいけど、どう考えてもオカシイやろ。素人考えだけど、どう考えてもオカシイ。間違えていると思う。

 事故がある前は年間1ミリシーベルトが国際基準やゆうてたのに、事故が起きた後は20ミリまで基準を上げた。放射能管理区域と同じや。年間1ミリやと東京でさえ場所によっては非難せんならんからかな。

 まぁええわ。いろいろゆうてもどないしょうもない。アホばかりやからな。素人考えやゆうて思うたことゆうたろ。

 第一はやな。即刻すべての原発停止するように手順を考えることやな。すぐには無理やゆうんやったら、期限決めていついつまでに止めると決めるこっちゃ。そうすることで再生エネルギーの新しい起業も考えも出てくるやろ。いまのままやってたんじゃ死の車やで。

 第二は、もっとはようせなあかんかったことやけど、事故起こした原発全体を大きなカバーで覆って放射物質がこれ以上飛散専用にすることやないかな。汚染冷却水ももう一杯やゆうてるし、どないすんねん。除染なんてできひんねん。これは無くなるもんやあらへん。穴掘って埋めるしか手なんねん。敷地内にどんどん集めるしかないねん。でないと日本全体が汚染されまっせ。


comment(0)

城跡 - 2018.10.17(未分類)

はる 6377
2018「城跡」F4 No2148 混成技法
未発表
・・・・・・・・・・・
 甲府の駅を降りるとに石垣だけ残した城跡がドンと控えているのがみえる。この台形のかたちがなんともかわいらしい。お城などなくてもいいように思うな。どうなんだろうか。月がなければほとんど抽象画。抽象と具象の中間が私の仕事だと考えている。ちなみにこの月は下弦の月。上に玄が見えるから上弦だと勘違いする。上弦・下弦は月が沈む時の向きで判断するらしい。

comment(0)

生きがい - 2018.01.29(未分類)

はる 6125
 思想家という言葉はあるが思索家という言葉はあまり聞かないな。思索にふける。ぼーとモノを考える。次から次に浮かぶろくでもない事柄をそれなりに納得した言葉に置き換える作業。説明する。

 私は授業中生徒に作業をやらせながら頭の中ではほとんど他の事を考えている。その時に必ずメモを取りながら考えている。本当は言葉を発して独り言でもいいのだけれど、そうするときっと生徒は気持ち悪く思うだろうから、メモを取ることにしている。とても生徒には言えないことだけれど、まぁ毒にも薬にもならない単に思い付きのメモだったり、次のアイディアスケッチだったりするのだけれど、閻魔帳にはさんである。何枚かたまるとシュレッダーにかけてこの世から消えてなくなる。生徒から見ればいつも何か書いている先生はどう見えるのだろうか?

 さてそんなことはどうでもいい。この輪っかの話だな。むかしからこういった領域の話はあった。必要条件とか十分条件ってね。数学の分野だったけ。でも今の話は数学の話ではない。「君たちはどう生きるのか?」というはなしだよ。まぁ昔からの永遠の命題だけれど、今その本が流行って来てるらしいな。この間漫画本になっているのを読んだ。

 なんだろうな、政治がほとんど今だけの事しか考えていなくて自分たちの票を取ること、徒党の数を増やすことそんな見苦しい争いをやっている間に、どんどん国力が落ちて若い人たちが不安にかられている。仕事は不安定でまともに結婚して家庭さえ持てない状態だ。いやそんな中でも雄々しく生きている人はたくさんいるのだけど、全体的にみてやっぱり停滞しているよな。どこかおかしい。

 基本的には個人的な問題なんだけれど、どう生きるのが幸せなのかということをゆっくり考える余裕がなかったんだよな。国も企業もそして個人も。戦後はモノがなくて追いつけ追い越せで闇雲に走ってきた親父たちの世代があって、まぁ戦争も体験した世代だから地獄をみた人たちだから強かったんだな。そのあと生まれた俺たちはそんな親父の姿にやや批判的だったんだけど、結局何も変えられなくて挫折して親父と同じように猛烈に働いて来たんだな。

 この後の世代は俺たちとは違うね。豊かな物の中で育ってきたからね。有って当たり前の人たちだから。働かない結婚しないという選択も有りになってしまった。そうなると自分の存在ってなんだ。という本質的な問いかけがでてくるんだな。動物として生きる事の意味を見失った民族というのは存在が危ないんじゃないかな。たぶん。

 哲学というのか思想というのか宗教でもいいのだけど、人間の本質を本気になって考える時が来たのじゃないかと思うんだ。

comment(0)

今日は画像なし - 2017.08.16(未分類)
はる 5960
 どうも画像が一日遅れで着くようだ。どこまで行って帰ってくるのか。光の速度で一日かけるとどこまで行くのだろうか。というわけで今日は画像を省くことにした。明日の夕方には画像も到着しているでしょう。

 アメリカと北朝鮮が意地の張り合いというのか、後に引けなくなっている。チキンレースという言葉があるようにこういった力の見せびらかしや意地の張り合いは子供喧嘩ではよくあることだけれど、一国のそれも大国がやるとこれは戦争になる。危なっかしい綱渡りだな。

 日本などの周辺国はどちらにしてもあたふたと近所迷惑以外の何ものでもない。力を持てば誇示したがるのは人間の性でこれはしかたないかな。やっぱりどうにかしてすべての国が武器を捨てる、恒久の平和を誓うといった日本国憲法の真髄がいよいよ大事になってくる。

 いずれどちらかが手を出せば人類は無傷ではすまない。日本はとばっちりで原発が二三個ばくはつするかもしれん。そうなるともうどこにも住めん。もういい加減馬鹿は止めて気が付いてほしいものだ。

comment(0)

- 2017.06.22(未分類)

2017 「誕生」部分 F6

20141127005700.jpg
ピカソ 盲目のギター弾き
はる 5906
 上の構図のスタイルは何処から来たのか?ということだけれど、潜在意識の中に下のピカソの顔とスタイルがあったように思う。直接観たわけではないけれど、ピカソの青の時代のセンチメンタルな絵のスタイルが好きだったからかもしれんな。



comment(2)

- 2017.06.21(未分類)

2017 「鳥の歌」F3 混成技法
はる 5905

comment(0)

- 2017.06.20(未分類)

今日から始まりました。よろしくお願いいたします。


comment(0)


カテゴリ
アーカイブ
シンプルアーカイブ
月別アーカイブ
プロフィール

あそびべのはる

Author:あそびべのはる
画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

リンク
このブログをリンクに追加する
カテゴリ
ポケットの窓から (4013)
未分類 (209)
日記 (942)
ベッドの上の王国 (15)
裸婦クロッキー (164)
作品 (223)
写真 (67)
今日のアトリエ (81)
「家族ごっこ」挿絵 (10)
未選択 (45)
ブログ (35)
you tube (101)
原発 (75)
イタリアスケッチ (21)
画集「こたえてください」1 (24)
「こたえてください」2 (6)
「山峡」挿絵 (7)
動画 (7)
フリーエリア

designed by まて