あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

雨だ。 - 2018.04.24(ポケットの窓から)


はる 6200
 今日は本当は東京で審査の日。私は仕事が休めないので昨日とんぼ返りしてきた。暇人なのにそれなりに忙しい。東京の公募展は年に一度の絵描きのお祭り。全国からそうとうな絵描きが集まってくる。昔はその中にいることが凄く高揚感があって面白かった。画集やカタログでしか見たことがなかった作家と話が出来たりできたりすることが、何か別世界に居るような華々しさがあったな。それも有る種の自己満足だけれどね。やらない人間にはまるで関係のない事だけれどね。しかし、いざ自分がその中に入ってしまうとただ夢を見ていたんだなという感慨しかない。夢を見せてくれただけでもよかったのかな。

 他のブログに面白い話が出ていた。
「竹熊 健太郎 (著) フリーランス、40歳の壁――自由業者は、どうして40歳から仕事が減るのか?」
この本読んでみたい。自由業は40代で仕事が減るらしい。40代は新人でもないし、若くもない。そこそこのキャリアで単価も高くなってきている。そこそこの技術なら若いそして安い新人を使うというわけだな。絵描きの場合も同じような事が言えるかな。今やたらと新人が受けている。若いそれこそ学校でたてのような新人の需要が多い。まぁそれは分かるわな。同じなら安い方をと誰でも考えるから。商売ならね。

 でもまぁ私なんかの場合、これには当てはまらないなと思う。もともとそんなに売れる作家ではないので比較の対象にはならないのかもしれないけれど、単価も高くないからかもしれないけれどね。昔からそう変わらないな。飛ぶようには売れないしブームになることもないけれど、欲しいという人は少しはいるようだ。ありがたいことだけれど。作家としてのスタンスが自分の生き方とリンクしているので歳を経ることがそのままスタイルになってゆく。より強固に自分の生活のスタイルというのが絵に反映して行く訳だから当然だろうな。反対にいえばどうして他の人はそうしないのか、不思議だな。目や耳や技術など歳とともに衰えてくる。そんなものだけに頼った作品などいつかは描けなくなるのだな。年食って自然に衰えてそれでも尚且つ他人に良いと想ってもらえる物が本物だろう。そういう作家でありたい。

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ポケットの窓から - 2018.04.23(ポケットの窓から)


はる 6199
 帰宅しました。東京は疲れます。すみません、今日はここまで。

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ポケットの窓から - 2018.04.22(ポケットの窓から)



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ポケットの窓から - 2018.04.21(ポケットの窓から)


はる 6197
 どうもまだ体調悪し。しかし明日は東京で仕事だ。はやく寝ます。


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ポケットの窓から - 2018.04.20(ポケットの窓から)


はる 6196
 花粉症なのか風邪をひいたのかその両方なのか昨日から体調悪し。この日曜日は東京に出かけなきゃならない仕事があるので今日明日には何とか直しておかなくてはならない。という訳で今日は寝ます。ごめんなさい。

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ポケットの窓から - 2018.04.19(ポケットの窓から)



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画廊通信178 - 2018.04.18(ポケットの窓から)


はる 6194
 山口さんの画廊通信。無断転載します。例によって不許可ならいってください。いつもながら面白いです。

画廊通信 Vol.178              待つ人
 榎並さんの個展は、今回でちょうど10回目となる。2009年から毎年の開催で今に到るわけだが、その度にこのお便りも合せて書いて来た事になり、この機会に今までのナンバーにざっと目を通してみたけれど、足りない頭を無理に絞りつつ、よくもまあこれだけの雑文を書き散らして来たものだと、我ながら感心した次第である。手を替え品を替えその都度異なる角度から、作家とその作品を何とか文章に浮び上がらせようと、自分なりに健気な努力はしているのだが、如何せんその出どころは一緒のわけで、よってまとめて読んでみると、どうも同じような事を繰り返しているに過ぎないという、悲しい事実だけが際立つ。もともと「○○論」というようなものをぶち上げる頭も無いし、そもそも研究や論文では把握出来ないものが美術には有るだろうと思っているので、はなから鋭利な論考を披露しようなどという大それた考えは無いのだけれど、それでもこれだけ回を重ねれば「榎並和春論」とまでは言わずとも、それに近いものはおのずと浮上して来る。結局集約してみればそれは至極単純な事で、つまり榎並和春という作家は「待つ人」であるという、その一言に尽きるようだ。制作という能動的な行為において「待つ」という受動的な姿勢は何を意味するのか、それについては各分野の先人が残した興味深い証言があって、この雑文中でも何度か引かせてもらって来たので、この機会に今一度まとめて羅列してみたいと思う。ここから私達が促される認識は、表現=能動・待つ=受動という一般的な図式の転換であり、むしろ強靭な能動でさえあり得る「待つ」という行為の、思いも寄らない深さである。以下は過去の画廊通信から。

 絵を描く際に「偶然」は最も重要な側面で、創造力の源泉になっていると思います。例えば無意識でカンヴァスに付けた筆の跡から非常に深みのある示唆を受けて、描きたかったイメージが明確になる事があります。あるいは、作品がありふれたものになってしまい、怒りと絶望から絵をバラバラにしてしまった時、突然そこに直観的なイメージが浮ぶ事もあります。そう考えてみると、私の仕事がうまく行くのは、いったい自分が何をやっているのか、意識のレベルでは分らなくなった瞬間からなのでしょう。だからいい絵が描けた時は、それは自分が描いたものではなく、たまたま「授かった」ものだと、私には思えてしまうのです。(フランシス・ベーコン)

 独創的であろうとして躍起になるのは、時間の無駄だし間違った事だ。もし何かを得られたにしても、それは自分の好きな事を繰り返しているだけに過ぎない。更にそれを推し進めるのなら、結局は自分に出来る事しかしないという事になってしまう。アイデアだって単なる出発点だ。頭に浮んだアイデアを、そのまま画面に定着して終る事なんてまれだね。何故なら描き始めるとすぐに別のアイデアがペンの先から生まれて来るからだ、一人の男が浮んで来たらそれを描く、それが女になったらそっちを描くという具合にさ。自分の意志とは関係なく、ペンの先から自ずと生まれ出て来るものの方が、アイデアなんかよりもよほど面白いんだ。(パブロ・ピカソ)

 その短篇を書き始めた時、義足を付けた博士号取得者がそこに出て来るなんて、自分でも知りませんでした。まして途中から聖書のセールスマンが登場して、彼がその義足を盗む事になるなんて、その10行前になるまで私にも全く分らなかったのです。でもそれが明らかになった時、私はこう思いました。これこそ、起こるべくして起こった事だったんだと。(フラナリー・オコナー)

 初め、このようにして小説が新しい展開を示して終るという構想は、私にまったくなかった。そしてそれを生んだ強い発想は、終りの前の章を書いているうちに、あれとしてやって来たのだった。あれとは、日々小説の文章を書きついでゆく精神と肉体の運動が滑走路を準備して、そこから自分にも思いがけない滑空に向けて走ることになり、それまで地続きに展開していた小説が別の次元に到る、それをもたらす力である。そのようにあれはやって来る。あれがやって来てはじめて、私はわれを忘れて小説を書き進めることになるのだ。(大江健三郎)
 始めからこのように描こうと思い、その通りに出来たというのは、図面通りにビルが建ったというだけの話で、それは言うなれば建築家の仕事だ。やってみなければ分からないものをやる、それが芸術家の仕事なのだから、彼らはどういうものが出来るかなんて、たぶん自分でも知ってやしないのだ。だから優れた芸術家ほど、自分の描いたものに驚いているに違いない。(小林秀雄)

 画家2人・小説家2人・批評家1人、計5人の言葉を一気に並べてみたが、明らかにこの5人の表現者には、或る共通したスタンスがある。言うまでもなくそれは、自らの意識を超えた所から訪れる、未知なるものとの出会いを模索する姿勢である。むろんその模索が、具体的にどのように為されるかは個々に異なるだろう。ベーコンなら偶然と破壊によって、ピカソなら線描の無意識的な動きに任せて、オコナーならひとえに書き進める事によって、という風に。ただ、それらの行為を貫く底流は「待つ」という姿勢に尽きるように思える。省みれば、5人の誰も「待つ」という言葉は使ってないけれど、思いも寄らない邂逅という一点で、彼らの希求するものは同じなのだろう。ある者は混乱と破壊の中で、ある者は偶発的な自動書記の中で、ある者はとにかくも書きゆくその途上で、思いがけない何かとの出会いを模索している。確かにそれは積極的な能動の行為には違いないが、詰まるところ彼らの行為の意義は「待つ」事以外の何物でもない。表現者にとっての「待つ」とは、時に強力な能動行為に成り得るのである。その末の邂逅を、大江健三郎は「あれがやって来る」と表現し、何がどうやって来るのかは「やってみなければ分からない」と小林秀雄は言った、これは表現を個性の発露と解する通常の見解を、真っ向からくつがえすものだろう、むしろその個性を超える事こそを、彼らは求めているわけだから。所詮「待つ」とは、自らの領域を超える行為に他ならない。

 この辺りでそろそろ榎並さんに話を戻せば、榎並さんもまた、上述の作家と同様に「待つ人」である。考えてみれば当店で扱わせてもらっている作家は、多かれ少なかれそのようなスタンスで制作に臨む人が多いのだが、榎並さんが突出しているのは、その「待つ」という行為をそのまま、自らの手法としてしまった点である。よって榎並さんにとって「待つ」とは、単なる姿勢でもなければ在るべきスタンスでもない、「待つ」というその事自体が、制作の手法そのものなのである。それについても以前に記したので、少々の抜粋をお許し願いたい。

 榎並さんは長年ブログを続けられていて、面白いので私もよく拝見するのだが、そこに制作途中の映像が折々にアップされる。大小取り混ぜた色とりどりのパネルが所狭しと並んでいる光景だが、そのほとんどは地塗りの顔料が塗られていたり、時には壁土が練り込まれていたり、或いは布地が貼られていたりという段階のもので、未だ作品という形に到っていない。通常は下書きのデッサンがあって、それを徐々に肉付けして行くというのが定番なのだろうが、榎並さんの場合はたいがい弁柄や黄土を塗り込んだり、そのせっかく塗った画面を今度は消し潰したり、はたまたその上から金泥をかけ流したりといった具合で、なかなか「絵」らしきものが見えて来ない。しかし実のところ、それこそが榎並さんにとっての「制作」であり、画家はじっくりと自己との対話を続ける中で何かの端緒が図らずも立ち現れる「時」を、待っているのである。そんな榎並さんの制作方法を見ていると、通常は受動的な意味で用いられる「待つ」という行為が、実は能動的な意味も持ち得るのだという事が分る。画家は支持体上に様々な変容を仕掛け、それによって画面に揺さぶりをかけて、時には大胆な破壊も加えつつ、いつか何かが立ち現れ、あるいは何かが降り立つその瞬間に眼を凝らす。それがつまりは榎並さんにとっての「待つという行為であり、延いては「描く」という行為に他ならない。やがて、幾重にも重なり混じり合った布や絵具や顔料の狭間に、画家の眼はゆくりなくも何かを見出し、そのフォルムは白線でなぞられてあぶり出される。そして私達は、その画面上にいつの間にやって来た、どこの民とも知れぬ人々が浮び上がるさまを、目にする事になるだろう。もちろんそれは、画家の描き出したものである事に違いはないのだが、しかし画家本人の側から見れば、どこからか奇跡のように降り立った客人(まれびと──榎並さんが用いるキーワードの一つで、異界より来訪する存在を言う)」達なのである。

 第10回展に臨んで、今までの拙文を総括しつつ、何か気の利いた事でも言えればと思っていたのだが、どうやら安易な抜粋でお茶を濁しただけで終りそうである。 それだけではどうも宜しくないので、少々の蛇足を加えさせてもらえば、以前に読んだシモーヌ・ヴェイユの論文に、こんな一節があった──芸術や学問においてさえも、二流の制作は自己を拡張するけれども、すべて一流の制作である創造の仕事は、自己放棄である──、何も「待つ」事がイコール「自己放棄」とは言わない、しかしどちらかと言えばそれは「自己放棄」に近いだろう。一見「自己拡張」という言葉にも、狭い自我の領域を出るというイメージはあるが、しかし自己をどう拡張してみたところで、それはやはり自我の範囲内に過ぎない。ならばその範囲を破ろうと試みる時、範囲を作り出している自我そのものを捨てなければならない、それが「自己放棄」の原理なのだとすれば、正にヴェイユの主張は正しい、等しく一流の創造とは、自己を超える行為に他ならないのだから。ただ、現実に自己を放棄する事は極めて困難である。良くも悪くも、それまで生きて来たあらゆる総集が自己であるのなら、それを捨てよと言われても、そう簡単に実現出来るものではない。だからこそ芸術家は「待つ」のだろう。自分の中に無いものは、外からの到来を「待つ」他ない。とは言え、実はそれは外からに非ず、自身の深層から来たものではないかと言われればそうかも知れない、そうであったにせよ、自身でさえ意識の出来ない領域からの到来は、ある意味外からの到来に同義ではないか。ある日、思いも寄らず何かが降り立った時、その人は確かに自己を超えたのである。
 
年を経るごとに榎並さんの画面には、以前の宗教的な題材よりは、ごく日常の風景が描かれる事が多くなって来た。しかしよく作品と付き合えば、時にその日常からにじみ出す「祈り」に気が付く。とすれば、ことさらに宗教的テーマを描かずとも、やはり榎並さんの世界にはある種の宗教性が潜在している。もしやそれは「待つ」事からの帰結なのだろうか、上述したヴェイユのこんな言葉を聞くと、そうも思えて来るのである──待つことの中に、求めることの中に、神はいるのかもしれない。
              (18.04.16) 山口雄一郎


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ポケットの窓から - 2018.04.17(ポケットの窓から)


はる 6193
 恫喝や暴力でモノを言うことがはばかれるような世の中になってはいけない。右であれ左であれ関係ありません。最近の風潮をみるとどうもそんな雰囲気が漂ってきたように思います。ネットは顔が見えないのでエスカレートしがちですね。止めておきましょう。政治的なことはよくわかりませんが、悲しみだけは伝わってきます。憎しみは憎悪しか生まない友愛だけが唯一の安全保障だ。



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改装 - 2018.04.16(ポケットの窓から)


はる 6192
 キッチンを少し改装した。改装前の写真を撮り忘れました。こういったモノはもう後には戻れないので撮っておくべきでしたね。残念です。基本的には手製のレンジフードでしたが既成のものを取り付けてもらいました。それによって周りの環境をを変えました。絵でもそうですが一か所変えると全体のバランスが崩れてしまうので、結局すべてに手を入れる結果になるのですが、それとよく似ています。レンジフードを黒にしたのでレンジ周りをすべて黒に統一しました。昭和の雰囲気の台所でしたが何となく近代的なキッチンに生まれ変わったように思います。それにしてもこうやって小さな工作はとても楽しいね。夢中になって夜中でもやってしまいます。私の最も得意とする分野かも知れませんな。

 明日は全日の最初の授業です。ちょっと憂鬱だな。

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ポケットの窓から - 2018.04.15(ポケットの窓から)


はる 6191
 町内の葬儀のお手伝い。この写真はその施設の結婚式場の方のロビーの様子。少し前まではこの結婚式場も華々しい雰囲気があった。何回か私も招待されたけれど、そうだな大きな広間は招待客が200以上などという披露宴もあった。その頃が一番活気があったのじゃないだろうか。芸能人の真似して長い階段を新郎新婦が腕を組んで降りてくるなどという演出も違和感なく観れたけれど、今そんなことやる人いないかな。大体大きな会場でたくさん招待してという結婚式そのものが変わってきたようにおもうな。

 今はその隣の葬儀のホールの方がにぎわっている。今日も我々の後にもう違う人がスタンバイしていたもの。ある意味葬儀のラッシュだな。団塊の世代がこれからどんどんお陀仏になるからね。

 こういった施設というのは使わなくなると途端にほころびが見えてくる。会場が大きくて立派なだけにかえって間が抜けて見える。遺産とか遺物めいてみえるな。少し悲しくなるな。

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