あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

no title - 2017.05.26(ポケットの窓から)

旅2日目


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no title - 2017.05.25(ポケットの窓から)

旅1日目


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- 2017.05.24(未分類)

はる 5877
 明日から二三日私は出かけます。故に更新はないかもしれません。あしからず。

 

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今日のアトリエ - 2017.05.23(ポケットの窓から)


はる 5876
 今日は一日パートタイマー疲れたのでまた明日。

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- 2017.05.22(未分類)

はる 5875
 自分にあった画材を探すというのも、結局は自分探しの一環なんですね。この歳になっても新しい?画材と出会うことで新しい自分を発見してワクワクします。螺旋階段のように同じところをぐるぐる回っているだけですが、少しは登っているのでしょうかね。。

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- 2017.05.21(未分類)

はる  5874
 「沈黙」2017 F4
 今日は朝から裸婦くろっき―に出かけました。前回から墨と筆という道具に替えてぼかしやにじみを生かすといったやり方を試しています。試しに一点アップしましょう。残りは明日。
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 なんだろうな。随分昔に筆でクロッキーを試した時にまるで描けなかったのをトラウマのように覚えていてたぶん全く絵にならないのだろうと諦めていたのだが、浮世絵師のように矢立と巻紙ですらすらと線が引けるのは憧れだよな。

 洋画のデッサン道具は木炭にしろコンテやパスや鉛筆にしても硬いものだな。それを画面になすりつけて、もっと言えば削り取ったものを何らかの物で定着させるわけだ。まぁほとんどが粉っぽいものでそのままでは画面に定着すうることは出来ない材料だ。いままで絵を描き始めてずっとほとんど、疑うことなくそういった洋画材で絵を描いてきた。ミクストメディアになってからもそうだな。

 ただミクストになってからは墨を使うことが多くなって、この画材の素晴らしさというのか洋画材にはない懐の深さみたいなものを感じてはいた。どこがと言えば第一にどこまでも水で薄めることが出来て尚且つどんなに薄まってもしっかり色を失わない。濃くすれば本当に真っ黒になる。無段階のグラデーションができる。

 それからもう一つの大きな特徴は染み込むことだ。これは水との相性という事もあるだろうけれど、何よりも画材に直接染み込んで自然に定着する。染み込むことからにじんだりぼかしたりという技法も使える。

 それから筆だ。今回は墨彩画に使うかなり穂先の長い大きめのたっぷりした筆を使っている。なかなか慣れないのだが、意図しないにじみやボケやその扱いづらさが面白い線につながるようにおもうな。

 広い画面の濃淡も鉛筆などと比べると簡単にできる。字を書くように絵を描きたいと思っている。


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- 2017.05.20(未分類)

はる 5873
 大正14年(1926)3月9日の新聞。約90年前。今日の朝刊のようだ。

 日本には権力から独立した機関がない。だから必然的にぶっ倒れるまで突き進むことになる。二次世界大戦がそうだった。戦前のように赤を恐れているわけじゃないよな。まともな活動家など今いないからな。一番恐れているのはモノ言う民だ。結局主権が欲しいのだな。目指しているのは独裁だ。もう少しで完成する


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今日のアトリエ - 2017.05.19(ポケットの窓から)


はる 5872
 テレビで国会中継がやられていないけれど、インターネットでライブ中継をやっている。知らなかった。http://www.shugiintv.go.jp/jp/
 さすがネットの時代だな。共謀罪の強行採決をみていた。もう普通に通ってしまう。違和感なくふつうに。野党などいてもいなくても関係ない。どう反対してもいずれは強行採決で決まって仕舞うというあきらめムードが漂っている。国会の審議など何の意味もない。与党の絶対多数で何でも通る。こんなんでいいのかと腹立たしい想いで見守るしかない。このままで行けば憲法改正もすんなり決まって仕舞いそうだ。

 彼らは何がしたいのか?といえば主権を国に取り戻したいのだ。「眞子さん」でなく「眞子さま」なんて言ってるようじゃマスコミのジャーナリストの資格ないな。

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今日のアトリエ - 2017.05.18(ポケットの窓から)


はる 5871
 もう少し考えてみたい。考えながら書くのであとで修正するかもしれません。あしからず。

 今の日本の憲法は基本はGHQかの指示で当時の内閣が作ったものだ。これだけ民主的な開けた憲法を作くって世の中に通すほど当時の日本は開けていなかった。当時支配していたGHQの力があったから反対にこれだけ民主的な憲法が作くられ公布出来たのではないだろうか。一番考えたのは再び日本が軍備して他国を侵略することがないように徹底的に弱体化する事だった。それには国民を民主的に教育する事、そのことを一番に考えたのではないかな。

 当時の日本人には国民主権という考え方はなかった。基本的人権という考えもなかった。民は国のものであって公が全てに優先した。ゆえに国の最高法規である憲法は公の国が民に従わせる規範として公布した。民もまた真面目に従った。名もない民は一銭五厘でいくらでも替えがきいた。国とって国民を守るなどという考えはなかった。民は鉄砲玉と同じように使い捨てだったわけだ。だから食料の補給も考えないでどんどん海外に送り込むことが出来た。彼らにとって大事なのは今の役人や官僚と同じように目上の人意向であって、それが全てであった。けっして全体を見ている訳ではない。

 幸いなことに戦争にボロ負けして世の中がひっくり返った。自分達で勝ち取った自由ではないけれど、上がひっくり返ったおかげでタナボタ式に得た自由だったが解放感に喜んだ。

 この憲法で一番重要ななのは主権在民だろう。この国は国民が主人公なんだと高らかにうたっていることだ。だから公が民を支配してはならないと言っている。よってある意味民の希望や権利が述べられているわけで、こうしてはならないという規制が掲げられているわけではない。自分達はこうありたい。こんな国を作りたい。だから国はじゃするなというのがこの憲法じゃないか。

 戦争はしない。武器は持たない。戦いたくない。というのは当然の事じゃないか。民の方から戦争してもいいよ。やられたらやり返せなどというのはおかしい。

 国は隙あらば国民の権利を押さえつけようとする。憲法が邪魔で仕方ない。そりゃそうだろう。権力側にとって嫌な事ばかりかいてある。じわじわと無きものにしようとしてくる。

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- 2017.05.17(未分類)

はる 5870
 写真のような絵画が今ブームだ。学校でたてのアマチュアでさえ結構なひきがあるらしい。そんな記事がアップされていたので覗いてみて驚いた。その作家は最近日展でも続いて特選を取っている若手だけれど、恥ずかしげもなくパソコンの画面に大きく美しい女性の写真がアップされていた。写真を見て描くのではなく、最近はパソコンの画面を観て描くのだ。なるほど、そうすればかなりの細部まで拡大することが出来る。毛穴の一つ一つまで描けるわけだ。それで納得した。

 パソコンを使う事を否定はしない。私も資料として画像を参考にすることはある。新しい技法としてパソコンにしか出来ない方法というのもあるかもしれない。でもしかし、パソコンの画面をみてそっくりそのまま描くということにどんな意味があるのだろうか。それならそのまま出力すれば済むことじゃないの。そっくりそのまま描くということに技術以上にどんな特別な意味があるのかさっぱりわからない。それにそれをありがたがるコレクターのおつむの程度も知れるというものだ。


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