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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

ポケットの窓 - 2019.06.17(ポケットの窓から)


はる 6620
 私たちの若い頃は表現するとか、メッセージを出すにしてもほとんど限られた手段しかなかった。それでも街中で詩集を売るとか大学でアジ演説をするとか、たまたま恵まれればラジオに出て何かしゃべるとか、その程度しかなかったな。一番手っ取り早いのが芸能人にでもなって多くの人の前で、テレビにでも出てインタビューされるとか、そんなことしか手段がなかったな。

 日記を書く習慣があったので、学生時代は日々あった事考えたことなど何でもかんでも大学ノートに書いていった。高校時代からのノートの数は100冊ぐらいあったのではなかろうか。もったいないという気持ちもあったが、2000年に病気していつ死ぬか分からないと思った時に全て処分した。今はもうこのブログしかない。闘病記が最後の日記と言えばそうだな。これは残っている。

 ブログを始めて日記に書くことがなくなった。本当は公開を前提に描くブログと非公開の日記とは内容は違うはずなんだけれど、毎日書いてゆくうちにどんどんその差が無くなっていった。どれだけ隠していても自然と出てきてしまうものだろう。

 ブログとかSNSは個人の新聞のようなものだ。どこの馬の骨とも分からない人間の一日の記録など誰も読みたいとは思わないのだろうけれど、こうやって誰かにむかって発信できる。少し前から見れば夢のような道具だと思うな。ただしいいも悪いも、ピンからキリまで何でもアリの玉石混合で有意義な情報を選ばなければならないので、かえって難しくなったところもあるな。

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今日のアトリエ - 2019.06.16(ポケットの窓から)



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ポケットの窓 - 2019.06.15(ポケットの窓から)


はる 6618
 モンスーン地帯ならではの雨にけむる鬱蒼とした雑木林。

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今日のアトリエ - 2019.06.14(ポケットの窓から)


はる 6617
澤田ふじ子の「将監さまの橋」の中にこんな一句があった。古い中国の詩人の歌らしいけれど、水を手ですくったらその手の中に月がいた、花と手折ったら香りが衣についてはなれない。経済至上主義で失ったものはこんな詩情ではないだろうか。ここにお金では得られない豊かな生き方があるように思う。・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 「水を掬すれば月手に在り、花を弄すれば香衣に満つ掬水月在手、弄花香満衣(虚堂録)この句は唐の詩人干良史(うりょうし)作の『春山夜月』の詩より『虚堂録』に引かれているもので、本来は春の夜の優雅さを詠じた句です。
「水を掬す」とは、水をすくうこと、「花を弄す」とは、花と戯れること。顔でも洗おうかと思ったのか、ふと水鉢の水を両手で掬うと、両手の掌の中に鮮やかに月が映っているではないか。行きずりの道の傍に咲く花があまりに美しいのでちょっと戯れると、その香りが衣に移って、いつまでもいつまでも花の香りを楽しむことができる、というわけです。
水を掬えば仏法の光が輝き、花を弄すれば仏法の教えに触れる。すなわちいつでも、どこでも、見るもの、聞くもの、在るものすべてが何一つとして仏法の真理から離れたものは無いことを言おうとしています」 
 http://ryuun-ji.or.jp/learns/z019.html  より抜粋

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今日のアトリエ - 2019.06.13(ポケットの窓から)


はる 6616
 日本は物凄いお金持ちの国だった。そんな実感はまるでないけれど、たぶんそうなんだ。今はその残り香が多少ある程度だな。一気に貧乏国に成り下がってしまった。その責任はもちろん権力を好き勝手に使っている政治家や資本家にあるのだが、それを許している我々一般の国民にも大いにある。持ちなれないお金を持ったがゆえにその使い道が分からなかったと言うべきかな。

 なんだろうな。我々の基本的な生活スタイルは良くも悪くも「今がすべて」といったところがあるな。一見カッコいいけれど刹那的だ、長い目で見れば結局何も残らない。あれだけ世界中からお金が集まってきていたのに、結局終わってみれば手元には何も残ってはいない。文字通りあぶく銭だったんだ。生き方がどうにも下手くそだ。スマートでない。

 世界をみればお金はないけれどもっと豊かに充実した生き方をしている人々がたくさんいる。派遣だ、少子化だ、年金だなんだ騒いでいるけれど、もちろん政治のせいもある、けれど本質的には自分なりの「生き方」を見つけることが出来ないからだ。皆と同じでなければとそんな教育しかしてこなかったからだな。

 考えてみれば自分たちの人生を考える大きなチャンスだとおもうな。

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ポケットの窓 - 2019.06.11(ポケットの窓から)


はる 6614
 ジャングルの中の陽だまりのような私の菜園です。何故か私はこういった鬱蒼とした雑木林が好きなんです。2x4の新築の綺麗なお家を見ているとこんなんで人は棲めるのか?と思ってしまう。建築屋さんが設計した建物というのは案外というのか当たり前だけど建物が主体なんですね。そこに棲む、ひびそこで暮らす住人の事は二の次なんですね。

 こういったジャングルにしてしまうと、蚊が多いのです。住むのには適していないのかもしれませんね。でも何か懐に囲まれたような安心感があるのです。私の家はトトロのいえのような大きな樹に囲まれています。湿気が多くて蚊も多いけれど好きだからしかたないな。

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今日のアトリエ - 2019.06.10(ポケットの窓から)

はる 6613
 まぁそうだな。政治的なメッセージはなかなか公には書きにくいところがあるわな。政治の事、宗教の事は話題にしないというのが、こういった場合の暗黙の了解というふうに言われるのだけど、だからと言ってそれを避けていればいつまでたっても民は政治的に練れた人間にはなれないのじゃないかね。一時的に険悪な状態になったとしても、日常的な生活の場で政治や宗教のことに触れていかねばならないように思うな。そうでなければお上はやりたい放題だ。

 この籠池という人は、たぶん今回捕まらなければ色んなところで人を丸め込んで、犯罪ギリギリのところで上手く立ち回ってそれなりの成功を収めていたのかもしれんな。それこそカケイと同じようにAB側の人間としてその取り巻きとして恩恵をたっぷりと得ていたとおもうな。たまたま運が悪い事にABのたくらみが悪いところで引っかかって芋ずるてきに悪者になってしまった。

 人相が悪いのでまぁあまりいい生き方をしてきてはいないととはおもうのだけれど、ここにきてあるいみABつぶしの急先鋒になるかもしれんな。けっして教育者として仁徳はないけれど、何も失うものが無くなった今こそ意に反していい顔になってきた。おもしろいぞ。

 内部にいたからこそ知りえたことをどんどん暴露している。ABには痛い事だろう。

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2019/6/9らふクロッキー - 2019.06.09(裸婦クロッキー)


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ポケットの窓 - 2019.06.08(ポケットの窓から)


はる 6611
働き方改革とかいってフリーターなどという、如何にも自由で素晴らしい労働形態のように勧めておいて、実際のところは安い労働力の確保をねらった企業にとって都合のいい改革でしかなかったのじゃないの。それに踊らされた方も浅はかだけど、そのために確かに企業の収益はあがったけれど、労働者、特に若い人が疲弊している。

 失業すれば人生の落伍者(自己責任)みたいに言われて親元に引きこもるか、更に条件の悪い仕事につかざるを得ない。結婚はもちろん子育てなど論外になってしまった。

 日本の少子化は国への最大の抗議だとおもう。こんな政策ではこの国の将来はありませんよという抗議だ。どこまで持ちこたえられるか、国がつぶれるかどうかの真剣勝負だな。いっそ、もっと出生率落ちた方が、今何を一番にすべきか分かるかもね。ABだけのせいではないけれど、国全体が真剣に考えんと本当にこの国は無くなるよ。

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今日のアトリエ - 2019.06.07(ポケットの窓から)



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